
私たちはみんな同じじゃない。だからこそ意味がある。
組織の文化や変革に10年以上携わる中で、「私たちは平等を信じている」と語るリーダーたちに、私は何度も出会ってきました。彼らは確信を持ってそう言います。大きな声で、何度も。企業のウェブサイトにも、戦略資料にも、研修動画にも、その言葉は並んでいます。けれど実際に、意思決定が行われる“部屋”をのぞいてみると、そこにいる人たちは驚くほど似た顔ぶれだったりするのです。
2025年の初めに報じられたフジ・メディア・ホールディングスのスキャンダルを見たときに、そのことについて考えさせられました。第三者委員会の調査によって、元タレントの中居正広氏が女性社員に対して性的暴力を行っていたこと、そしてより広範なハラスメント文化が組織の中に根付いていたことが明らかになりました。50社を超える広告主がCM出稿を停止し、同社は1997年の上場以来、初めての最終赤字を計上する事態となりました。
その後に起きたのは、まさにガバナンスの再点検でした。株主からの圧力、企業としての謝罪、そして11人の新しい取締役会。そのうち5人が女性で、ほぼ半数を占めています。ビジョンそのものが変わったわけではありません。ただ、「同じような人ばかりで構成されていること」の代償が、ついにバランスシート(貸借対照表)上に現れた、ということです。
多くの企業が、1つのスキャンダルで崩壊すると言いたいわけではありません。ただ、フジ・メディア・ホールディングスの事例は、多くのリーダーが見落としがちなことをよく示していると思います。それは、「平等は大切だ」と掲げることと、それを本当に実現できる環境をつくることとの間には、大きな隔たりがあるということです。
“見えていないこと”に気付けるか
私はかつて、あるCEOとのやり取りの中で、そのギャップを間近に感じたことがあります。彼は変革を望んでいることを、会話の中で何度も繰り返すようなタイプのリーダーでした。正直に言えば、少し強調しすぎではないかと思うほどでした。なぜなら、経営陣が全員男性であることを私が指摘すると、彼は「私たちは性別で判断しない。ただ、その仕事に最もふさわしい人を採用しているだけだ」と答えたからです。彼は声高に宣言していましたが、それを実現するための仕組みは何一つ築いていませんでした。
そして何より私が懸念したのは、そのギャップそのもの以上に、彼自身が“見えていないこと”に気付いていなかったことです。組織の下から見上げている、いわゆる“標準的な人物像”に当てはまらない人たちにとって、その見えなさがどれほど深く心を蝕むものなのか、彼には見えていませんでした。

このCEOが見落としていたのは、「その仕事に最もふさわしい人」を惹きつけるためには、まずその人が「ここに自分がいていい」と思える環境をつくらなければならない、ということです。
調査でも、女性は男性に比べて、募集要件をほぼ全て満たしていると感じなければ応募しにくい傾向があることが、繰り返し示されています。つまり、キャリアブレイクを一度も経験していないことを前提にした応募条件、無意識に男性向けとして受け取られやすい表現を含んだ求人票、そしてリーダー層に男性ばかりが並ぶ企業サイト——これらは決して中立ではありません。それらは明確なシグナルなのです。「この場所は、あなたのために設計されたものではない」。そうしたメッセージを、優秀な人材の多くに伝えてしまっているのです。
これこそが、平等を支える“見えないインフラ”です。そしてすでにその型に当てはまっている人たちには、ほとんど見えないものでもあります。
これをどう受け止め、対応するかは、決して抽象的な問題ではありません。とりわけ、日本ではなおさらです。2035年までに、日本国内では384万人の労働力不足が生じると予測されています。この文脈において、リーダーシップの多様性は、単なる“理念の表明”ではありません。それは現実の構造に対する、きわめて戦略的な対応です。女性、外国籍人材、そして従来とは異なるキャリアを歩んできた人たち——これまで十分に生かされてこなかった人材層に目を向けること。それは「あると望ましいこと」ではなく、そうしなければ単純に人が足りなくなる、という現実への対応なのです。
多様な視点は、思考そのものの幅を広げる
数字だけでは測れないけれども、確かに存在するものもあります。本当に多様な視点を受け入れる組織は、単に人材の幅を広げるだけではありません。思考そのものの幅を広げていきます。キャロル・ドゥエックの「マインドセット」に関する研究は、このテーマを考えるヒントになります。
固定型マインドセットを持つ組織は、優れたアイデアは既存の限られた人たちから生まれると考えます。一方、成長型マインドセットを持つ組織は、そうではないことを知っています。性別や背景、文化、経験、さらには物事への向き合い方を含めて、ダイバーシティとは、単に誰がその場にいるかという話ではありません。大切なのは、その場が“似た人ばかりの集まり”ではなくなったときに、どんな発想や可能性が生まれるのか、という点です。
私自身の仕事を振り返っても、プロジェクトの流れを変えたり、見落としていた視点に気付かせたり、問題の捉え方を変えたり、誰も思いつかなかった可能性を開いたりした瞬間は、必ずしもその場で最も立場の強い人から生まれたわけではありません。むしろ、それまでとは異なる視点を持ち込んだ人から生まれることが多くありました。違う経験や経路を通ってきたからこそ、見えているものが違っていたのです。
違いが力として生きる条件
フジテレビの取締役会が変わったのは、ある日突然、経営陣が新しいビジョンに目覚めたからではありません。同質的な組織がもたらす問題を、もはや無視できなくなったからです。
その一連の出来事を経て、それまでほとんど存在しなかった女性取締役が5人選任され、取締役会の構成は大きく変わりました。どの組織にとっても、そしてどのリーダー層にとっても問われているのは、そうした多様な視点を持つ「場」を今のうちから築くのか、それとも変わらざるを得なくなる瞬間まで待つのか、ということです。
平等とは、みんなを同じにすることではありません。違いが力として生きる条件をつくることです。そして今ほど、それが切実に求められ、同時に実現可能になっている時代は、これまでなかったと思います。
| 参照文献・サイト Fuji Media — net loss and advertiser withdrawal The Japan Times, 16 May 2025 Fuji Media Holdings posts net loss for first time since going public https://www.japantimes.co.jp/business/2025/05/16/companies/fuji-media-forecast-loss/ Fuji Media — new board composition including five women News on Japan, 26 June 2025 Fuji Media Wins Shareholder Battle https://www.newsonjapan.com/article/146236.php Japan 2035 labour shortage — 3.84 million figure Chuo University / Persol Research and Consulting Co., October 2024 Labour Market Future Forecasts 2035 (primary source — use this one, it’s the original report) https://www.chuo-u.ac.jp/english/news/2024/11/77298/ Women and job application confidence https://www.cipd.org/globalassets/media/knowledge/knowledge-hub/guides/2023-pdfs/inclusive-recruitment-employers-guide_tcm18-112787.pdf Carol Dweck — mindset framework Dweck, C. (2006). Mindset: The New Psychology of Success. Random House. — cite the book directly rather than a secondary source. |
本コラムは今回が最終回となります。これまでコラムをご愛読いただいた皆さま、ありがとうございました。
本連載では、オランダを拠点する弊社の取締役CSO ベッティーナ・メレンデスが、欧州をはじめとする世界のサステナビリティの動向や事例を通じて、企業や社会の未来について考える視点をお届けしてきました。
連載は一区切りとなりますが、ニューロマジックはこれからもサステナビリティを重要なテーマとして捉え、企業や社会の前向きな変化につながる取り組みと発信を続けてまいります。今後ともよろしくお願いいたします。

ベッティーナ・メレンデス
戦略立案、マーケティング、ビジネスデザインを専門に国際的に活躍。オランダ領キュラソー島政府観光局やベルリンのスタートアップで経験を積み、10代の頃からNGO活動に携わるなど、社会貢献にも積極的に取り組み、サステナビリティに関する幅広い知見を持つ。2021年に顧客体験を重視した幅広いデザインを提供するニューロマジックに参画。2024年からはニューロマジックアムステルダムのCEOおよび東京本社の取締役CSO(Chief Sustainability Officer)に就任し、持続可能な未来の実現に取り組む。 現在はオランダ・アムステルダムを拠点に活動中。社会・環境・経済のバランスを考慮したビジネスの推進に尽力している。













