• 公開日:2026.07.13
理念から実行へ 熊本のグローバル・ネイチャーポジティブ・サミットで問われること
  • 足立 直樹
「GLOBAL NATURE POSITIVE SUMMIT 2026」のウェブサイトより

2026年7月14日、15日の2日間、熊本で「第2回グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット(GNPS2026)」が開かれます。主催はネイチャー・ポジティブ・イニシアティブ(NPI)と国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)です。環境省、農林水産省、国土交通省、一般社団法人イクレイ日本などが共催し、一般社団法人企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)も後援団体に名を連ねています。

私はこのサミットのアドバイザーの一人であり、後援団体であるJBIBの事務局長、そして長らく企業と生物多様性の分野を専門としてきた立場から、今回のサミットの注目点について解説したいと思います。

GBF実施に向けた重要な一里塚

同サミットは、2024年10月にシドニーで開かれた第1回を引き継ぐもので、アジアでは初の開催となります。2022年12月に採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の実施に向けた、重要な一里塚となるサミットです。「2030年までに自然の損失を止め、回復へ転じる」というネイチャーポジティブの約束は、2026年10月19日から30日にアルメニア・エレバンで開かれる生物多様性条約第17回締約国会議(COP17)に向けて、いよいよ実行状況を問われる段階に入ります。

その直前に、企業・金融機関・地方自治体の貢献に焦点を当てて開かれるところに、今回のサミットの意味があります。理念を語る段階から、誰が何をどこまで実行したのかを問う段階へ。今回の会場で問われるのも、まさにこの点でしょう。

今回の見どころは大きく3つあります。第1に、ネイチャーポジティブを測定可能にする「自然の状態(SoN)」指標の実装。第2に、熊本の地下水に象徴される地域・流域スケールでの自然資本管理。第3に、COP17へ向けて企業・金融・自治体の貢献をどう可視化するかです。

ネイチャーポジティブを「測れるもの」に

まず主催のNPIについて、説明した方がいいでしょう。NPIは、IUCN、TNFD、SBTN、GRIなど27の中核団体が連携する国際的な連合体で、ネイチャーポジティブという世界目標の共通理解を広げ、その測定・評価の方法論を整備してきた中心的な存在です。

ネイチャーポジティブという言葉は、今では企業のサステナビリティ戦略でも頻繁に使われるようになりました。しかし、目標を掲げるだけでは足りません。気候変動対策に「排出量」という物差しがあるように、自然にも物差しが要ります。

ところが自然を測る指標は世界に極めて多数存在し、どの指標を使えばよいのか、何をもって自然の回復と見るのかについて、共通の基準が十分に整っていませんでした。この空白を埋めるために生まれたのが、State of Nature(自然の状態、以下SoN)指標です。ネイチャーポジティブを標語ではなく、測定可能な目標へと変える――NPIの、より難しい仕事がここにあります。

最大の焦点は、SoNが「実装」に入ること

今回のサミットで最も注目すべきは、このSoNをめぐる議論です。SoNは、2020年を基準年に置き、そこからの差分で自然が回復に向かっているのか、なお失われ続けているのかを測るための指標群です。

ベースラインと差分。この2つが定まって初めて、企業の活動や投資が、特定のサイトやランドスケープにおける自然の回復にどの程度貢献しているのかを、より客観的に語れるようになります。企業も、自らの影響を測り、貢献を数字で明確に示すことを求められるようになるのです。SoNは、その土台です。

SoNは2024年10月のシドニーで初版が示され、2025年に世界各地の企業・セクターで実地検証(パイロット)が行われました。2026年には、その成果を踏まえ、広く活用できる指標群としての整備が進められています。

見落とせないのは、これがTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)など既存の開示枠組みに接続していく点です。TNFDは「何を開示すべきか」を示す枠組みであり、水使用量や土地利用の改変といった「影響要因」の指標は扱っています。一方で、肝心の「自然の状態」そのものをどのように測るのかについては、なお発展途上の部分がありました。

実際、TNFD、GRI、SBTNは2026年、NPIのSoN指標をそれぞれの開示・評価・目標設定の枠組みにどう組み込むかについて協議を進めています。SoNは、TNFDの「次」にあるものではなく、TNFDをより実質的な自然の状態評価へ接続するための重要な「部品」になりつつあります。日本の実務者の多くはTNFDまでは追ってきたはずですが、その先に進むための基盤が、まさにここで形を取り始めています。

image credit: Unsplash

注目のセッションは、2日目午後の「『自然の状態』パイロット事業から学ぶ:科学から行動へ、初期の知見が示唆すること」です。NPIエグゼクティブディレクターのギャビン・エドワーズ氏の進行で、キリンホールディングス、王子ホールディングス、ブラジルの鉱業大手ヴァーレ、豪州のオーストラリアン・アグリカルチュラル・カンパニー(AACo)が、指標を現場で試した手応えと難所を語ります。

ところで、このセッションの登壇者からも想像できるように、SoNは、陸域が先行して設計されました。一方で、淡水・海洋についてもスコープには含まれており、適用可能性や追加的な論点の整理が進められています。つまり完成品というより、育ちつつある枠組みです。

なぜ熊本か――水の都市が抱える緊張

開催地が熊本であることには、明確な意味があります。熊本市は約74万人の水道水源の全てを地下水でまかなう、世界でも希有(けう)な都市です。阿蘇に発する水を、上流域の水田にあえて張って地下へ還す「涵養(かんよう)」の営みが、企業と農家と行政の協働で長らく続けられてきました。

だからこそ緊張もあります。半導体産業の進出です。菊陽町のTSMC系工場に象徴されるように、半導体・データセンター・AIを支えるテクノロジー産業の急成長は、地下水をはじめとする自然資本に新たな負荷をかけかねません。

サミットはこの「矛盾」にも真正面から挑みます。初日夕方の「テクノロジーセクターが直面する自然関連課題とその対応策」は、開催地・熊本の地下水への懸念を正面から議題に据え、ソニーグループ、ソフトバンク、みずほフィナンシャルグループ、TNFDが対応策を論じます。自然の恵みと自然への負荷。この緊張にどう対応するかが、ネイチャーポジティブの実務的な成熟度を映します。

2日目午後の「ウォーター・スチュワードシップの実践:流域協働が切り拓くネイチャーポジティブな未来」は、熊本の事例を中心に据えます。ウォーター・スチュワードシップとは、企業が自社工場での節水にとどまらず、流域全体の水の健全性に責任を持ち、他の利用者や行政と協働して水を管理する考え方です。サントリーホールディングス、ソニーセミコンダクタソリューションズ、八千代エンジニヤリングらが、敷地を越えて流域スケールで動く実践を共有します。

さらに、「流域治水」によって希少種の保全と減災を両立させる試みも扱われます。堤防だけで水を制御するのではなく、湿地や遊水地など自然の仕組みを防災に生かす発想は、「自然に根差した解決策(NbS:Nature-based Solutions)」と呼ばれ、いま世界的に広がりつつあります。

そして、これらを貫くのがランドスケープアプローチです。個々の敷地や事業ではなく、森・川・農地・集落を含む地域を一つのまとまりとして捉え、多様な主体が連携して生態系と暮らしを同時に立て直す。点の努力を面へ広げなければ、自然の回復は測定できる成果として現れにくいのです。

海外の声と「熊本宣言」

登壇者は日本企業が中心ですが、その中で海外からの登壇者がどのような視点を持ち込むのかにも注目したいところです。

その筆頭が、元ユニリーバCEOで『Net Positive』の著者、ポール・ポルマン氏です。2日目の座談会「政治的・経済的逆風の中で」で、NPIを主導するマルコ・ランベルティーニ氏、東京大学の石井菜穂子氏とともに登壇します。米国を中心にESGへの逆風が強まる中、自然への取り組みは減速するのか、あるいは形を変えて続くのか。今の世界情勢を映すセッションです。

再生型農業の実践者としては、AACoにも注目したいところです。豪州最大級の畜産企業であるAACoは、初日の「ネイチャーポジティブにおける企業の役割」にCEOのデイブ・ハリス氏が、2日目のSoNパイロットセッションに環境・サステナビリティ責任者のナオミ・ウィルソン氏が登壇します。広大な土地で家畜を育てる事業と自然の回復は両立し得るのか。再生型農業の現場からの知見は、食と農にネイチャーポジティブを接続しようとする日本企業にも示唆が多いはずです。

サミットを締めくくるのは「熊本宣言」の発表です。ポルマン氏、生物多様性条約事務局長のアストリッド・ショーメーカー氏、COP17開催国アルメニアの交渉団長らが登壇し、エレバンへ引き継ぐ方針を示します。

この宣言が、次の局面でどこを目指すのかを指し示す羅針盤になります。言葉が抽象的な決意にとどまるのか、それとも「測り、貢献を定量化する」という具体へ踏み込むのか。そこに注目しながら、熊本からの発信を受け止めていただきたいと思います。

このように、ネイチャーポジティブは、もはや理念だけでは語れません。これから問われるのは、自然の状態をどのように測り、その変化に対して企業、金融機関、自治体がどのような責任と役割を果たすかです。熊本での議論は、その問いへの出発点になるはずです。

<参照サイト>
GLOBAL NATURE POSITIVE SUMMIT 2026
https://events.nikkeibp.co.jp/event/2026/GNPS_jp/index.html#about-congress

written by

足立 直樹(あだち・なおき)

サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー / 株式会社レスポンスアビリティ代表取締役

一般社団法人企業と生物多様性イニシアティブ理事・事務局長。東京大学・同大学院で生態学を学び、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア国立森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、独立。2006年にレスポンスアビリティを設立し現在に至る。2008年からは企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長も兼務。

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