
FIFAワールドカップ(W杯)2026が6月11日に幕を開ける。カナダ、アメリカ、メキシコの北中米3カ国で開催される今大会に関して、盛んに懸念されているのが、「暑さ」だ。また、気候への適応が求められる今は、イベントという目先の目的だけでなく、その先を見据えた計画と投資が必要となる。
今こそは、大規模スポーツイベントが果たすべき社会的な役割を問うていかなくてはならない。W杯2026はこれからのスポーツ業界のあるべき形を試す試金石となるだろう。(翻訳・編集=遠藤康子)
開催地の決定時に想定外の気候条件
米マイアミで行われるW杯の準々決勝は、暑さ指数(気温や湿度から算出される指標)が33度に達すると予想されている。国際プロサッカー選手会(FIFPRO)が試合延期を推奨する28度を大きく超えた数値だ。試合は3カ国16会場で行われるが、極度の暑熱ストレスにさらされるリスクが非常に高いとされる会場は10カ所に上る。
事前報道でもっぱら取り上げられているのは現地の暑さで、試合を安全に開催できるのか、予定時間にキックオフが可能か、選手はミスト扇風機や給水タイムだけで乗り切れるのか、といったことに終始している。どれも考慮すべき問題だが、目が向けられているのはあくまでも開催期間の6週間だけだ。
数年前までは、W杯や五輪といったメガスポーツイベントの持続可能性に関する議論で主に話し合われていたのは、コンプライアンスや環境フットプリントだった。取り組むべきはFIFAが掲げる温室効果ガス(GHG)排出量の削減目標を達成することで、その多くが必要不可欠であったのは間違いない。それは今も同じだが、風向きは変わった。その理由の1つは、開催地が10年も前に決まることだ。つまり、試合が行われる実際の気候条件を見極められるようになるのは10年も先なのだ。
5年前に設計されたスタジアムは今、計画段階では想定されていなかった気候条件下で運用されている。
熱波、洪水、落雷、地盤沈下 スタジアムが抱えるリスク
MSCIインスティテュートは2026年1月、W杯2026の各会場に対し、自然災害にさらされる危険度に応じて順位を付けたレポートを公開した。レポートによると、熱波リスクが最も高いのはダラス会場(AT&Tスタジアム)とロサンゼルス会場(SoFiスタジアム)、大雨による洪水リスクが最も高いのはサンフランシスコ会場(リーバイス・スタジアム)、落雷リスクが最も高いのはマイアミ会場(ハードロック・スタジアム)だった。また、フィラデルフィア会場(リンカーン・フィナンシャル・フィールド)はスタジアム下の地面が徐々に沈み込む地盤沈下リスクが最も高かった。

気候リスク情報プラットフォームのクライメートXが2024年10月に発表した別の分析によると、NFL(米アメリカンフットボールリーグ)のスタジアムでは、気候変動で被る累積損失が2050年までに最大110億ドル(約1兆7400億円)に上る恐れがある。こうしたスタジアムが建設される時点の気候は、完成後のスタジアムが運用される50年間の気候と同じではない。目下資金が投じられているインフラが、運用開始後の気候に耐え得る設計かどうか分からないのだ。
こうした事情がある中、W杯2026はまもなくキックオフを迎える。現在の計画はおおむね、運用上の喫緊の課題に的を絞って立案されており、多額の資金はたった6週間使われただけで終わるインフラへと消えていく。
昨年米国で開催されたFIFAクラブW杯2025では、4試合で暑さ指数が試合を延期すべき基準を超えていた。6月21日の試合では、ピッチが暑すぎて危険との判断から、ドルトムントが前半中、控え選手をロッカールームで待機させたほどだ。そうした措置は現実的であり、必要でもある。とはいえ、そんな話をしても、W杯2026がレガシーとして後に何を残すべきかは見えてこない。
レガシーを求める声
そのレガシーに関する議論がようやく関心を集め始めている。2026年4月、テキサス州ダラスで行われた地球環境と持続可能性を話し合うEarthXに出席したFIFA26の環境部門責任者サラ・フセイン氏はダラス市当局に対し、大会終了後も会場のスタジアムをより良い形で活用することは可能だが、その根拠となる情報やデータはいまだ明示されていないと述べた。
また、ロサンゼルス市内に木陰を増やす活動を行う団体ShadeLAのエディス・デ・グスマン氏は地元ラジオ局で、「W杯2026を機に施策を試し、2028年ロサンゼルス夏季五輪でそれを拡張すればいいのでは」と述べた。
議論はこのように今まさに行われている。しかし、スタジアムへの巨額投資を地元コミュニティが永続的に享受できる価値へと変える仕組みはまだ整っていないのが現状だ。
レガシーという言葉は見直すべきだ。カタールで開催されたW杯2022では7つのスタジアムが新設され、どれもがレガシーとなる資産だと喧伝された。ところが、それから3年後に規模縮小や改装を余儀なくされたり、活用不足に陥ったりしたスタジアムは1つではない。
もちろん、W杯2026のケースはそれらとは構造的に異なる。W杯2026北米会場の大半は既存のスタジアムだ。NFLやメジャーリーグ・サッカー(MLS)、大学の施設に、設備を一時的に追加しただけであって、大会終了後に使い道を探さなくてはならない新設のスタジアムではない。とはいえ、大会側が投じた運営資金で、後に何かが残されるのだろうか。
大会終了後も地域に役立つインフラに
スタジアムのアップグレードに投じられた莫大な資金は、地元コミュニティに還元されるのか、それとも一過性の消費で終わるのか。
GHG排出削減を目指す気候緩和の観点からは、イベントをどう開催するかが問われる。実際に生じている気候変動の影響を軽減させる気候適応の観点に立てば、開催地が何を受け継ぐかが問われる。スポーツ業界はここ10年ほど、前者については検討を重ねてきたが、後者については、ほとんど時間を割いてこなかった。
気候への適応を考える場合もさらに、次の2つを切り離して考えなくてはならない。
1つ目の適応は、イベント自体に備えて態勢を整えることを指す。大会が開催できるよう日程の調整を行う、冷却設備を完備する、選手の安心安全を守る手順を決める、などの段取りで、W杯2026の計画はほぼこれらを意味する。全てが必要かつ重要だとはいえ、一時しのぎの対応だ。
2つ目の適応は、大会終了後も開催地コミュニティが役立てられるインフラの設計を指す。例えば、スタジアムは熱波の襲来時にクーリングシェルター(暑熱避難施設)として活用でき、周辺地区に熱を放出するヒートアイランドと化すようなことにならないか。自然災害が発生した際には避難所に転用できるか。都市の暑熱を緩和したり、雨水を管理したりするグリーンインフラになるか。そうしたことを念頭に設計する、永続的な適応だ。
他スポーツでは気候レジリエンス強化にも活用
前例はある。NFLと米連邦緊急事態管理庁(FEMA)が手を組み、災害発生時にNFLのスタジアムを任務即応型の拠点に指定する国家戦略を2024年にスタートさせた。NFLチームの本拠地で、W杯2026の会場になっているニューヨーク・ニュージャージー会場(MetLifeスタジアム)もそうした拠点の1つだ。スタジアムのような建造物は、空調管理された環境に膨大な人数を収容できるよう設計されており、すでに送電網と道路網につながっている。ほとんどの開催地にとって、スタジアムは近隣一帯で最も堅牢な公共インフラなのだ。
民間資本もこの機に乗じようと動いている。2026年3月、ビザカード、ストリートサッカーUSA、バンク・オブ・アメリカは、W杯が開催される米国の全11都市にビザ・ストリートサッカー公園を設置すると発表した。全てに学習センターが併設された、地元コミュニティが永続的に活用できるアセットであり、W杯が終了してから何十年もの間、残っていくだろう。ストリートサッカー用ピッチでそれが可能なら、スタジアムにできないはずがない。
フランス政府とパリ市は2024年にパリ夏季五輪が開催されるのに合わせ、雨水・排水インフラに14億ユーロ(当時レートで約2400億円)を投じてセーヌ川の浄化に取り組んだ。そして1年後、セーヌ川の一部エリアで100年ぶりに一般遊泳が解禁された。セーヌ川は今、熱波襲来時に市民が暑さから逃れられる遊泳スポットとして、気候レジリエンスの強化に役立っている。五輪は、市当局単独では賄えなかったであろうインフラ事業の資金源となり、その成果は引き続き市の財産となった。
W杯2026の会場に一時的なミストステーションを設置するために投じた1ドルは、持続年数30年という永続的なクーリングシェルター構築に充当できたであろう1ドルである。セーヌ川を巡る取り組みこそ目指すべき好例だ。
W杯2026が示すべき手本とは
今この時に下される決断が、その後に続く先例となる。W杯は、2030年にモロッコ、スペイン、ポルトガルの3カ国で、2034年にサウジアラビアで開催されることが決まっていて、気候変動による影響はそれまでにいっそう悪化するだろう。両地域は気候リスクがより深刻で、インフラ整備の必要性も増す。
気候適応策は運営上の一時的な応急措置だという先例をW杯2026で作ってしまえば、今後の開催国もそれに倣うだろう。しかし、メガイベントへの投資は開催国に永続的な気候レジリエンスをもたらすという先例を打ち出せれば、スポーツ業界が果たし得る社会貢献の定義を書き換えることができる。
筆者自身、数々の主要スポーツイベントに関与し、インフラや投資について意思決定が下される現場を間近で見てきた。しかし、気候変動を想定した計画が議論される様子を目にしたことは一度もない。議論は常に現行の気候条件を前提に進められてきた。あたかも、施設が運用されていくその後の50年間も、世界が建設当時と変わらず続いていくかのように。気候変動は想定を大幅に上回る速さで進んでいる。スポーツイベントの計画に今着手するなら、2040年、2050年になっても開催できるものを目指さなくてはならない。
さらには、開催が実現可能かどうかを検討するだけでは不十分だ。50年から70年にわたって使う前提でW杯のスタジアムを計画するなら、今後の気候を念頭に入れた設計になっているかどうかを吟味する必要がある。スポーツには、気候への適応を加速させられるだけの規模と設備、地域に働きかける力があるのだから。














