
四方を海に囲まれた日本は、世界有数の3700種にも及ぶ多様な魚を育む海洋国家だ。しかし気候変動や乱獲を背景に、漁業・養殖業の生産量はピーク時(1984年)から大幅に減少し、サンマやスルメイカといった大衆魚の不漁も常態化しつつある。こうした水産資源を巡る危機感を背景に、一般社団法人Chefs for the Blueは次世代人材育成プログラム「ブルーキャンプ」を主催している。2025/26期の集大成として、2026年3月に東京と京都で学生主導のポップアップレストランを開催。来店客と学生は、100年後も魚を食べ続けるために何ができるかを探った。
トップシェフが伴走する5カ月の実践プログラム
Chefs for the Blueは2017年に発足し、国内のトップシェフら約40人を中心に活動。自治体・企業との協働やダイニングイベント、政策提言などを通じ、「日本の豊かな海を取り戻し、食文化を未来につなぐ」ことを掲げて活動している。
その教育プログラムが「ブルーキャンプ」だ。2023年に始まり、今年で3回目を迎えた。全国から選抜された大学生・専門学校生16人(東京・京都各8人)が、約5カ月にわたり水産サプライチェーンを上流から下流まで学習。オンライン講座、漁港や漁船での産地フィールドワーク、トップレストランでの研修を経て、6日間限定のレストランを学生自身が企画・運営する仕組みだ。「サステナアワード2024」で農林水産大臣賞を受賞している。

代表理事の佐々木ひろこ氏(フードジャーナリスト)は、プログラムの核心的価値を「分野横断のチームづくり」だと語る。「漁業、加工、流通、小売、飲食、消費者。水産物に関わるステークホルダーは数多く、それぞれが視点や価値観を固定しがちだからこそ、水産課題は解決の糸口が見つからず、長く膠着(こうちゃく)していた部分もある」。和食、フレンチ、水産、社会学、都市工学など、専攻も背景もばらばらな8人で構成された東京チームの議論も、当初はなかなか噛(か)み合わなかったという。それでも諦めずに対話を重ね、互いの「靴を履く」術を身につけた卒業生こそが、明るい海の未来をつくる。それが佐々木氏の願いだ。
「魚食リテラシー」を持ち帰ってもらうレストラン
東京チームのメンターは、ミシュラン一つ星「クラフタル」の大土橋真也シェフと、広尾「メログラーノ」の後藤祐司シェフ。学生たちは関東各地の漁港や市場を巡る中で、成長段階で価値が大きく異なるコノシロや、市場価値のつきにくい未利用魚ブダイなど、流通の現場でこぼれ落ちている魚たちの存在に出会った。
3月中旬、東京・代官山に開店した店の名は「Conscencore(コンサンコール)」。「より良い選択」という意味を込めたconscience(良心)と「おかわり」を意味するencoreを組み合わせた造語だ。また、客に持ち帰ってもらいたいキーワードとして「魚食リテラシー」を提案した。自分の知識を見直し、魚の背景を踏まえて選ぶ力。それを来店客と一緒に考えるためのコース料理が組み立てられた。

ターゲットに据えたのは「親子」だ。フィールドワークで「お子さまランチに魚があまり使われていない」という気付きを得たことに加え、子どもが「もっと食べたい」と思えば家庭の食卓にも変化が生まれると考えたからだという。冒頭は紙芝居によるイントロダクションで、客の意識を一気にコース料理の世界へと導いた。
5魚種が2魚種に――皿の上で可視化される海の変化
前菜は鳥取産マイワシのカッペリーニ。身近な大衆魚を主役にしたのは、明日の食卓から行動を変えてもらうためだ。学生は「現在水揚げされているマイワシの約8割が養殖業の餌になっている」と説明。食用としての需要が増えれば、「数を取る漁業」から「一匹の質を大切にする漁業」へと変わる可能性がある。その回路を、前菜を起点に描き出した。
メインの「海のプレート」はコース全体のクライマックス。最初に運ばれてきた「今」のプレートには、お子さまランチから着想を得た構成で、アサリ、マアナゴ、コノシロ、マダイ、スルメイカの5魚種が、クスクスの砂浜とノリの岩場とともに彩り鮮やかに盛り付けられた。

一通り味わったところで、同じ皿の上にソースが流され、コノシロのエスカベッシュとマダイのムニエルが盛り付けられた。これが「未来」のプレートだ。資源が安定しているとされるマダイとコノシロの2魚種だけが残り、資源状況の悪化したアサリ、マアナゴ、スルメイカは姿を消している。「このままだとこういう未来になってしまう可能性がある」。同じ皿が変容する演出によって、干潟の喪失や湾の埋め立てなど、食卓と海をつなぐ複雑な背景が可視化された。
学生たちが見つけた「自分なりの問い」
メンターの大土橋シェフが学生に伝えようとしたのは、「現状を知ること、未来に希望を持つこと、諦めないこと」だったという。「絶望的な状況の中にも希望や可能性を見出し、決して未来を諦めず、小さな一歩を踏み出し続けることが大切」。プログラムを通じてシェフ自身も「誰しもがメディアになり得ること、発信に責任が伴うことを改めて実感した」と振り返る。

北海道から毎回参加した、北海道大学水産学部2年の加藤桃香さんは、プログラムを終えてこう語る。「これまでは、海の問題は海というフィールドの中だけで解決するイメージを持っていた。でも、それぞれが違う方向から、自分の立場だからこそ見える切り口で真正面から問題に向き合うことの強さを知った」。海の問題は複雑で幅広いからこそ、どこにいても関わり、行動できる課題なのだと捉えるようになったという。
水産資源を守るのは個人の小さな選択の積み重ねだ。普段使わない魚で料理に挑戦してみる。MSC認証などのエコラベルを意識する。魚の価格変動や水産関連のニュースに関心を持つ。コンサンコールが客に手渡したのは、そうした日々の選択へとつながる問いだった。明日、魚売り場の前に立ったとき、私たちはどんな基準で何を選ぶだろうか。100年後の食卓は、その積み重ねの先にある。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。











