
国連が定める「世界海洋デー」の6月8日、東京大学駒場リサーチキャンパスに国内のトップシェフ32人が集まり、海と食の未来を体感するイベント「THE BLUE FEST (ブルーフェス)」が初めて行われた。主催は、料理人らでつくる一般社団法人Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー)。イベントの6日前には「魚が手に入らない」と海洋資源の危機を訴え、日本政府に提言書を出したばかりだ。料理人と生産現場が手を取り合い、「持続可能な海と食」へ向けて発信を強めている。
ピーク時の3分の1以下に
水産庁の「水産白書」によると、日本の漁業・養殖業の生産量は1984年の1282万トンをピークに下落し、2022年にはピーク時の3分の1以下に減少。1995年の漁獲量を「1」とした場合、2020年の漁獲量はサケ類0.22倍、サンマ0.11倍、アサリ0.09倍といずれも激減しているという(「農林水産省 魚種別漁獲量」を基にChefs for the Blueが作成)。
多くの郷土料理に欠かせない魚。その姿が急速に市場から消えつつある現実に、フードジャーナリストの佐々木ひろこ氏は「このままでは日本の食文化を未来につないでいけない」と危機感を覚え、2017年5月、料理人らと勉強会を始めた。そうして誕生したのがChefs for the Blueだ。現在、東京と京都の料理人45人がメンバーとなり、政策提言や次世代人材の教育事業、自治体・企業との協働プロジェクトなど、多彩な啓発活動を展開している。
水産物の減少が現場を直撃
Chefs for the Blue は2025年5月、全国の飲食事業者を対象として、水産物調達のインターネット調査を実施。1301人の有効回答のうち98.1%が、今後の仕入れに「危機感がある」と回答した。また、10年前と比較した場合、95.2%が流通する物量が「減った」、価格については99.5%が「高くなった」と答えるなど、魚価高騰や物流減少が現場を直撃している実態が浮き彫りとなった。
これらの調査結果を踏まえ、Chefs for the Blueは6月2日、森健・水産庁長官と小泉進次郎・農林水産大臣を訪ね、水産資源の回復と食文化の維持継承に向けた提言書を提出した。提言は5項目から成り、資源調査・評価体制の強化、漁獲可能量(TAC)管理の着実な推進と未成魚保護の徹底、情報発信の強化とトレーサビリティの推進――などを訴えている。
調査と合わせてまとめた「飲食業界の声」には、「このままでは10年後、本物の鮨(すし)屋は一握りになる」「この先、水産物を扱うことに不安を感じる」「地元の水産物が全く並ばない日を見ることが年々増えているように感じる」「持続可能な漁業のために、漁獲量やサイズの制限をより厳格に運用することが不可欠」などの切実な声が並んだ。
料理人が持つ「2本の手」
6月8日の「ブルーフェス」では、32人のシェフがジャンルを横断した「サステナブルなシーフード料理」を提供。大西洋クロマグロを使った握りずし、ヨシキリザメの麻婆豆腐、ホタテ貝などを使ったスープドポワソン、宍道湖のシジミと山菜のにゅう麺など、シェフ渾身(こんしん)の料理が次々と振る舞われた。昼夜合わせて260人の来場者はそれらに舌鼓を打ち、料理人による食材解説に耳を傾けながら、海洋資源の現状への理解を深めた。

同日、報道関係者に向けた「プレス会」では、 Chefs for the Blueの代表理事も務める佐々木氏が漁獲量減少の背景として、ダムの建設など国土開発、気候変動、再生産能力を超えた漁獲などを列挙した。水産政策の柱である漁業法が70年ぶりに改正され、資源管理の強化や海面利用制度が見直されたことを踏まえ、「いま動かなければ日本の海は死んでしまう、食文化も死んでしまう。ターニングポイントはいまだ」と強調。TAC設定の厳格化や順守、漁業者の自主的管理を科学的根拠に基づいた内容にする必要性などを訴えた。
また佐々木氏は「料理人は生産者とつなぐ手と、食べ手(消費者)とつなぐ手の『2本の手』を持っている。生産者と消費者をつなぎ合わせることもできる」と述べ、食の課題解決に向けて、料理人の果たす役割と可能性の大きさを指摘。この間のChefs for the Blueの活動を振り返りながら、その広がりに期待を示した。

その後のトークセッションには、料理人や漁業者ら6人が登壇し、北海道のミズダコ漁や宍道湖のシジミ漁の様子を動画で紹介。漁獲制限の取り組みや、鮮度保持に向けた漁業者と料理人の協働事例などが語られた。
水産資源の深刻な変わり様を、料理人は肌身で感じてきた。その動向は経営の死活問題であるだけに、危機感を募らせる。しかしながら、当事者は料理人だけではない。水産資源の減少は私たちの食卓を直撃し、食文化の継承にも関わる喫緊の課題だ。海と食文化を未来へつなぐために、料理人発のさらなるアクションに注目したい。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。