
組織変革の現場に長年関わってきて、痛感していることがあります。変化が生まれるのは、リーダーが価値観に突き動かされるか、追い詰められて他に道がないかのどちらかです。そして後者の場合、その時にはすでに優秀な人材の多くは組織を去ってしまっています。私自身も、その一人でした。だからこそ、自分にこう問いかけるようになりました。
「自分にもたらす喜びが、払っている代償を上回っているだろうか?」
前回のコラムでは、自分たちを想定して作られていない”型”に合わせようとすることの代償について書きました。好奇心や共感、自分らしさを押し殺し、「ちゃんとした人」として見られるために自分を小さくしていく——そうして静かにすり減っていくものについて。
こうした話をすると、反応はたいてい「難しすぎる」、「ほとんど不可能に感じる」といったものです。そして決まって続く問いがあります。「じゃあ、実際にどうすればいいの?」
このコラムは、その問いに対する私なりの答えです。
声を上げるという行為には、様々なかたちがあります。その人がどんな立場にいるか、組織のどこに位置しているか、どんな文化の中にいるか。それによって、大きく変わります。調和や上下関係が職場のコミュニケーションの”文法”を形づくる日本では、その傾向はさらに強いでしょう。そして、パワーハラスメントが社会に深く根づき、法律で定義されるまでになった今、声を上げることのコストは現実的であり、人によって大きく異なります。
このコラムは、「勇気を持とう」という話ではありません。「どう戦略的に動くか」の話なのです。
それが自分に起きたとき、どう応じるかは選べる
無意識の偏見がにじむ発言を受けたとき、私たちは選択を迫られます。その場で直接指摘するのか、それとも別のアプローチを取るのか。どちらも間違いではありません。大切なのは、どの方法を選ぶべきかを見極めることです。
活動家であり研究者でもあるロレッタ・ロスは、TEDトークや著書『Calling In: How to Start Making Change with Those You’d Rather Cancel』を通じて、この問いへの向き合い方に大きな影響を与えてきました。彼女が提唱するのは、「コーリングアウト(calling out)」とは異なる「コーリングイン(calling in)」というアプローチです。
コーリングアウトとは、公の場で直接指摘する方法です。その場で行動を名指しし、多くの場合は他者の前で行われます。効果的なこともありますが、相手を身構えさせやすく、その場で考えを変えることにはつながりにくいとされています。
一方、著書『Calling In』で示されるコーリングインは、より静かで関係性を重視したアプローチです。後から相手を個別に呼び、率直な対話を行います。相手の善意を前提としつつも、その発言や行動が与えた影響はきちんと伝えます。ロスが強調するように、コーリングインは「優しくすること」ではありません。メッセージをより届きやすくするために伝え方を変える。それは一種のケアの実践です。
上下関係が強く影響する職場文化の中で働く人にとっては、「イエス・アンド(Yes, And)」で会話の方向を変えるアプローチもあります。偏見に真正面から対抗するのではなく、いったん受け止めたうえで視点をずらします。例えば、「それも一つの見方だと思いますが、私の経験では全く異なる形でうまくいったケースもあります」といった具合です。
この方法は、会話の流れを止めることなく、勝ち負けの構図も生みません。そして、相手に違和感の種をそっと残すような、角の立たない形で気付きを促します。小さなアプローチですが、意味のある一歩といえます。
誰かにそれが起きている場面を見たときに

バイアスについての議論で、あまり語られていないことがあります。それは、声を上げる負担は、被害を受けている本人だけに委ねられるべきではない、という点です。目撃している側にも責任があります。たしかに、最初は居心地の悪さやリスクを感じるかもしれません。ですが、本当にしなやかでインクルーシブな職場をつくりたいのであれば、こうした難しい場面を、すでに影響を受けている人だけに任せ続けるわけにはいきません。
バイスタンダー・インターベンション(第三者による介入)のトレーニングを先駆的に展開してきた「Right To Be」は、「5Dモデル」として知られるフレームワークを提唱しています。これは、バイアスやハラスメントを目撃したときに取りうる、具体的な5つの対応方法を示したものです。
Direct(直接):その場で行動を指摘する
例:「すみません、まだ彼女の話が終わっていなかったと思います」
Distract(気をそらす):対立せずに流れを変える
例:話題を変えたり、会話を遮ったりして場の空気を切り替える
Delegate(委ねる):第三者に助けを求める
例:自分で対応するのが難しい場合、周囲の人や権限のある人に任せる
Delay(後で関わる):後からフォローする
例:「さっきの件、大丈夫でしたか?」と声をかける
Document(記録する):状況を記録する
例:安全な範囲で内容を記録し、必要に応じて共有する
これらのアプローチは、必ずしも対立を生むものではなく、状況や自分の立場に応じて選べる「選択肢の引き出し」です。多くの場合、直接対峙しない方法も含まれており、安全性を重視して設計されています。
直接的に異議を唱えることで角が立ちやすい職場文化においては、Distract(気をそらす)やDelay(後で関わる)は、決して“次善の策”ではありません。むしろ、より効果的な場合もあります。重要なのは、勇気を示すことそのものではないのです。目の前の誰かを守ることなのです。
そして、「マイクロアファメーション(micro-affirmations)」(意識的に行われる小さな肯定的なアクション)というアプローチもあります。これは私が個人的にもとても有効だと感じている方法です。マイクロアファメーションは、マイクロアグレッションに対する、より静かなカウンターとも言えるものです。
この言葉を1973年に提唱した、メアリー・ロウ(MITスローン経営大学院 非常勤教授)は、これを「小さくても意図的なインクルージョンのサインであり、それが積み重なることで大きな意味を持つもの」と説明しています。
例えば、誰かのアイデアが横取りされたときにその人の名前をきちんと出して評価すること、会議で発言が少ない人に発言の機会をつくること、話を遮られてしまった同僚に後から声をかけること。こうした行動は、どれも対立を必要としません。それでも、一つ一つが積み重なることで、職場の文化を少しずつ変えていきます。
あまり語られてこなかった現実
これら全てには、エネルギーが必要です。そして私たちのエネルギーは無限ではありません。特に、フィードバックがまだ当たり前になっていない職場や、声を上げること自体が暗黙のルールを破る行為のように感じられる環境では、なおさらです。率直な対話の文化が根付いていない場合、ほんの小さな働きかけであっても、とても大きなものに感じられます。それは、個人の弱さではなく、現実として存在する制約なのです。
だからこそ、戦略と同じくらい「持続可能であること」が重要になります。全ての発言に反応する必要も、全ての場面で異議を唱える必要も、組織の中で常に“教える側”であり続ける必要もありません。どの場面で関わるかを選ぶことは、現状を受け入れることではないのです。それは、長く関わり続けるために、自分自身を守るための選択です。
「パワハラ防止法」(2020年施行)は、職場文化が実際に人に害を及ぼし得ることを、制度として正式に認めたものです。しかし、法律が定めるのはあくまで最低限にすぎません。その先にある基準は、一人ひとりやリーダーが日々の中で、どの規範を守り、どの規範には静かに異議を示すのか、その選択の積み重ねによって形づくられていきます。
全ての根底にある問い
このコラムで紹介した全ての手法やフレームワークに共通している私の信念があります。それは、私たちは自分の価値観に従って行動するということです。ここでいう価値観とは、言葉にするだけではなく、会議の場で居心地の悪い出来事に直面したときに、私たちが実際にどう行動するかであらわれる、本当の価値観のことです。
仕事とは、人と人の関係です。私たちは人生の中でほとんどの関係よりも多くの時間を仕事に費やします。そして、全ての関係と同じように、持続可能にするには価値観の一致が必要です。そうでない場合でも、しばらくの間は順応できます。戦略的に動き、戦う場面を選び、エネルギーを慎重に守ることも可能です。しかし、自分らしさを置いていかないといけない環境で、どれだけ長く働き続けられるかには限界があります。
これは「今の職場を辞めた方がいい」という話ではありません。ただ、職場のルールや文化、慣習に縛られすぎず、自分で選択できる力があるということを思い出してほしいのです。
時に、その場に踏みとどまって環境を変えることが、最も力強い行動です。そして時には、その場は変わらないと認めて、自分を優先することが正直な選択です。
肩書きも、給与も、忠誠心も、少しずつ自分らしさを削ってしまうほどの価値はないのです。

ベッティーナ・メレンデス
戦略立案、マーケティング、ビジネスデザインを専門に国際的に活躍。オランダ領キュラソー島政府観光局やベルリンのスタートアップで経験を積み、10代の頃からNGO活動に携わるなど、社会貢献にも積極的に取り組み、サステナビリティに関する幅広い知見を持つ。2021年に顧客体験を重視した幅広いデザインを提供するニューロマジックに参画。2024年からはニューロマジックアムステルダムのCEOおよび東京本社の取締役CSO(Chief Sustainability Officer)に就任し、持続可能な未来の実現に取り組む。 現在はオランダ・アムステルダムを拠点に活動中。社会・環境・経済のバランスを考慮したビジネスの推進に尽力している。














