
取材現場で心を動かされた言葉、記事にはならなかった小さな発見、そして、日常の中でふと感じたサステナビリティのヒント。本コラムでは、編集局メンバーの目を通したそんな「ストーリー」を、少し肩の力を抜いて、ゆるやかにつづっていきます。
今回の担当は木村です。
おいしい鹿肉の背後に
「食べるということは、時に他の生き物の命をいただくこと」。頭では分かっているつもりでも、スーパーのトレーに並ぶお肉を手にするとき、私たちはその事実をどこまで意識できているでしょうか。
生態系のバランスを保つために、野生動物を駆除せざるを得ない現実がある一方で、その命を無駄にしないために動く人たちがいます。今回私が参加した1泊2日のプログラムは、猟師とのジビエランチから始まり、実際の狩猟現場を歩き、自らの手で鹿肉を解体し、その命を夕食でいただくという濃密な食体験ツアー。
生命が食卓に並ぶまでのプロセスをさかのぼり、リアルに向き合った体験をお伝えします。

ツアーを企画した「罠ブラザーズ」は、罠のオーナーとなることで、狩猟からジビエ肉をいただくまでの過程を追体験できるコミュニティ。長野県上田市を拠点に活動し、2022年にグッドデザイン賞、2025年に環境省グッドライフアワード「EXPO2025いのち動的平衡賞」を受賞しています。
ツアーの1日目はまず、山小屋に集合。運営を担い、猟師でもある川端俊弘さん・小川大暉さんたちを囲み、鹿肉をいただくランチから始まりました。鹿肉のローストとリエットのサンドイッチは、ジビエ特有の臭みやパサつきがなく、しっとりなめらか。シンプルな味付けなのに、噛むたびにしっかりとした旨味が湧き出てくる、うっとりするほどのおいしさでした。


しかし、そのおいしさの背後には、山と狩猟に関する現実があります。長野県では近年、鹿が急増。2024年度、同県内の農林業被害8億4千万円のうち、ニホンジカによる被害が35.5%と最多となっています。手塩にかけた作物を奪われることは、農家にとって死活問題です。
農作物を守るため、山林と農地の境界には総延長1000キロメートルに及ぶ防護柵(野生動物の侵入を防ぐ金網や電気柵)が張り巡らされていますが、倒木や雪による破損、雑草による漏電など、防護柵の維持管理は困難で、突破されるケースも後を絶ちません。
このため長野県では2021年度〜2025年度の5年間、年間4万頭もの捕獲計画が立てられていました。一方で、捕獲された鹿が食肉利用される割合はわずか24%。多くは狩猟によって仕留められた後、そのまま山に廃棄されているといいます。鹿は家畜に向かず、1頭から取れるお肉が10〜15キロほどしかない上、おいしく安全に食べるには、「止め差し」後30分以内の解体が理想とされるなど、流通のハードルが非常に高いのです。

自らの手で行う食肉処理
ランチの後、まさに先ほど一部をいただいた鹿の最期の様子を、動画で観ました。罠にかかり、頭を叩かれ、止め刺しされて命を落とす瞬間。足がちぎれそうになるまで逃げようとする鹿の悲痛な鳴き声と、血を流して動かなくなる姿に、いたたまれない気持ちになります。
特に印象に残ったのは、猟師・川端さんの姿でした。罠に絡まった鹿の足をそっとなでて「痛いよね、すぐ外すからね」と声をかけ、絶命を確認すると目を閉じて合掌する。そこには「処理」という言葉では表せない、命への真摯(しんし)な向き合い方がありました。
「かわいそうだから食べない」と決めるのは簡単ですが、背後には農家の暮らしや生態系崩壊の現実があり、どの視点に立つかで「正義」は変わります。そんな問いについて参加者同士で語り合う時間には、涙をこらえきれない方もいらっしゃいました。

その後は処理場に移動し、私たちが実際に鹿を精肉していきます。解体された後ろ足の部位が目の前に置かれた瞬間、「食材としての鹿」と「生き物としての鹿」が同じ個体であることを実感し、言葉を失いました。

しかし、包丁を手に取り、部位ごとに肉を分けていくうちに、不思議なことにおなかが空いてきます。さっきまで涙をこらえていたのに、いつの間にか「生き物」ではなく「食材」として向き合い、みんなで「おいしそう〜!」と笑いながら楽しく作業をしていました。

「いただきます」の響きが変わった
午後は山へ移り、罠をかける体験をしました。直径12センチほどの丸い罠で、足を踏み入れるとワイヤーが締まる仕組みです。小川さんは「鹿がここを通ったみたいだね」と言いながら、落ち葉のへこみ方やフン、足跡から個体のルートを予測していきます。私も手探りながら場所を考えて、設置しました。


鹿の気持ちになり、「このルートを通るだろう」と考えながら罠を仕掛けるのは、心理ゲームのようで楽しい時間でした。でも、ふと「私がかけた罠に本当にかかってしまったら」と思った瞬間、喜々として生き物を殺すことに加担している自分に気付き、急に怖くなりました。
夜ご飯はジビエ料理店で、自分たちで精肉したお肉を料理していただきました。プレートが出た瞬間、鹿の鳴き声が脳裏によみがえり、「ごめんなさい」と言いたくなると同時に、おなかが鳴ります。私は(非情にも)お肉を食べる生き物でした。
みんなで手を合わせ、「いただきます」と声をそろえます。それはランチの時とは全く違う重みを持つ言葉でした。感謝の気持ちがあふれ、自然と目を閉じます。いただいたお肉はとてもおいしく、私はお肉を食べることをやめられないな、と思いました。
企業の社員研修にも展開

このツアーのメッセージは、「感謝して食べよう」というものではありません。実際に命をいただき、山を歩き、猟師の思いを共有する中で、「私はどう食べるか」という問いに自ら向き合う時間です。
狩猟への向き合い方も多様で、鉄砲猟のほうが個体が苦しむ時間が短いと考える人や、血抜きの方法にこだわる人もいます。川端さんは「罠で捕まえたあと、頭を叩いて気絶させ、心臓を突いて止め刺しするのが一番個体に恐怖を与えない方法だと思っている。でも自分が経験しているわけではないから、これが本当に一番いいのかも分からない。命を奪っている事実は変わらないけどね」と、悩む心を言葉にしてくれました。
ある大手メーカーでは、イノベーションの視点を社員に育んでほしいという思いから、「わくわく」を刺激しながら社会課題も体感できる社員研修として、このプログラムを実施しているそうです。
私自身も、サステナビリティに関わる仕事をしていても、食の現場からこれほど遠くにいた自分を知りました。「いただきます」の言い方も気持ちも、この日を境に変わりました。命をいただいて生きている全ての人に、ぜひ体験してほしいと感じます。
木村 倫子(きむら・りんこ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局
愛知県岡崎市出身。サステナブル・ブランド ジャパンのコミュニティ・プランナー。2020年から事務局として関わる。関心領域は、食と農、地域と文化、教育など。アートと音楽、お祭りごとが好き。














