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日本では2040年に向けて介護を必要とする高齢者が増え続ける一方、それを支える現役世代は急速に細っていく。介護施設の増設が難しくなる中、仕事と介護を両立する「ビジネスケアラー」による生産性損失は、2030年に9.2兆円に上ると経済産業省は推計する。要介護前の「フレイル期」(※)は可逆性があり、適切な行動で機能を取り戻せると分かっているにもかかわらず、社会にはまだ浸透していない。
この空白に挑むのが、パナソニック ホールディングスが内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で開発する「高齢者と遠隔家族をつなぐデジタル同居サービス(健康寿命延伸ソリューション)」だ。AIの活用によって離れて暮らす親の状態を把握し、専門家チームが個別の介入プランを設計、行動変容まで伴走する。2027年度の事業化を目指すこの取り組みについて、同社の山岡勝氏に聞いた。
(※)フレイル:加齢に伴い心身の機能が低下し要介護に至りやすい状態。可逆性があり、適切な介入で改善できるとされる。
パナソニック ホールディングス DX・CPS本部 事業開発センター スマートエイジングケア部 部長
政策の空白「ビジネスケアラー予備軍」
――家電で培った技術を持つパナソニックが、いまDXによる介護予防に挑んでいます。その背景と問題意識から聞かせてください。
現在の人口動態から見て、2040年まで要介護高齢者は確実に増えます。一方で支え手の現役世代は減っていく。さらに重要なのは、2040年以降は全体の人口減少から要介護高齢者そのものが緩やかに減ること。すると、いま介護施設を増やすわけにはいきません。15年後に需要が減る建物は作れない。結果として在宅の要介護高齢者が増え、重度化が進み、子ども世帯の負担はいっそう高まってしまいます。
そこで生まれるのが、仕事と介護を両立するビジネスケアラーです。彼ら・彼女らによる2030年の経済損失は9.2兆円と試算されていますが、その大半は介護離職ではなく、両立による生産性の低下、いわゆる「プレゼンティーズム」なんです。企業にとっては、ここが最大の課題になります。
――その損失を減らすには、すでに介護を担う人だけを見ていては足りない、と。
そうです。これから介護に直面する人にいかに寄り添い、両立そのものをいかに遠ざけるか。つまり介護予防です。ところが国も自治体も企業も、政策のほとんどはビジネスケアラー対応に偏っています。

まだ親が要介護認定を受けていない「予備軍」への仕組みは、日本中を探しても相談窓口くらいしかない。その窓口も、介護が始まったら何をすべきかを案内するのが主で、介護を遠ざける支援にはなっていません。予算にも表れていて、介護全体で約14兆円に対し、自治体の一般介護予防事業などは数千億円規模。すでに介護が始まったハイリスク層への対処は手厚いのに、将来介護になる人へ先回りするアプローチは、政策として十分にできていないんです。
――フレイルは適切な行動で改善できると、厚生労働省も可逆性を認めています。なぜ社会に浸透しないのでしょうか。
率直に言えば、お金にならないからです。機能回復は可能なのに、当のユーザーが必要性を感じていない。だから取り組む人が少なく、始めても収益が出ずやめてしまう。明らかに必要なのに市場原理だけでは進まない領域だからこそ、税金を投じてでもイノベーションを起こす意味があります。私たちが目指すのは2つ。要介護やビジネスケアラーを生み出しにくくする「社会的寛容性の向上」と、機能回復に自ら踏み出す「高齢者の自律性の向上」です。
不安に寄り添う「デジタル同居」
――内閣府のテーマ名にある「デジタル同居」をどう捉えていますか。
核家族化が進み、親子が同居することはほぼなくなりました。それでも、離れて暮らす子世代が親の状態を健康面まで把握し、コミュニケーションできる。テレビ越しに同居するイメージではなく、そうした関係性を指していると捉えています。
キーワードは「不安」です。ビジネスケアラー予備軍の最大のネガティブ要因は、いつ介護が始まるか分からず、何をすればいいかも分からない不安なんです。私たちのサービスはデータの裏に専門家集団がいて、その見立てで高齢者の自律性を促し介護を遠ざける提案をします。場合によっては地域包括支援センターや外来の受診を促すこともある。そうやって子ども世帯の不安に確実に寄り添うことを目指しています。
雑談で集める3つのリスク
――サービスはどんな仕組みですか。
大きく3つのブロックがあります。状態を把握する「データ収集」、機能回復のための「介入プラン作成」、そして「コミュニケーション」です。

データ収集では、WHO(世界保健機関)の定義に沿って身体的・精神心理的・社会的リスクを網羅的に見ます。歩数や外出の有無だけでなく、その外出には交流があったか、うつ傾向や認知機能の低下はないか、社会参加はあるか、などです。質問票をチャットで送ってもほぼ返ってきません。そこでAIチャットボットとの雑談に評価項目をばらして織り込み、自然な対話からデータが集まるよう会話を設計しています。身体活動は毎日、認知やうつは3カ月程度の対話を通じて1回評価できる集め方です。
――対話相手は、LINE上の「おせっかいネコ」というチャットボットだそうですね。
おせっかいネコは、我々の事業共創パートナーであるチェンジウェーブグループのサービスで、これを情報集約のために拡張しています。
もう一つ、担当者がワントゥーワンで寄り添うLINEがあり、おせっかいネコが聞き取った情報を元に一歩踏み出すアドバイスをする。そういうメニューです。
全リスクを見るのは、フレイルが人によってどこから崩れるか分からないからです。膝が痛くて歩きにくい程度では要介護になりません。でもそれで引きこもり、社会性が落ち、うつ傾向が出る。逆に、親しい友人を失って孤立し、うつから始まる人もいる。この連鎖を「フレイルドミノ」と呼んでいて、止めるには入り口がどこにあっても気づけるよう、全てを見る必要があるんです。
専門家が解く「優先課題」
――集めたデータから、どう介入につながるのですか。
専門家の知識で「解くべき優先課題」を見極めます。私たちは、家でゴロゴロしている親に「外を歩いて」と言いがちですよね。でも低栄養の状態であれば、歩かせるのはむしろ危険。まず栄養を補正しなければならないし、背景に強いうつがあればそちらの対処が先です。外形的には同じ「外出していない」でも、裏に何があるかで打ち手は全く変わる。だからエビデンスに基づく優先順位付けが要で、ここに専門家が入っています。
ただ、プランができても「やってください」では動いてくれない。そこでコミュニケーションが効きます。信頼関係を築いた上で、その人の趣味嗜好に合った外出先を提案し、踏み出しやすいコンテンツを届ける。本当に行動変容が生まれるまで伴走する。ここが重要です。
――実際の事例を教えてください。
ある80歳台の女性は、当初よく転んでいました。栄養やうつの課題はなく、優先すべきは下肢筋力の向上。とはいえ転倒リスクがあるので、いきなり外は歩かせられない。自宅でできる体操から始め、安定してから毎日5000〜6000歩の散歩へ。お住まいの場所が分かっているので、その歩数で社会につながれると計算した数字です。
散歩が習慣になると、次は孤立の解消です。対話の中でコーラスサークルへの関心が見えたので、通える場所を調べ、私たちが電話で確認し、見学に行ってもらえました。今では参加が続き、散歩を促す必要もない。先日は、同級生と旅行にも行かれたそうです。フレイルドミノを正しい順番で、逆向きに一つずつ起こしているわけです。
チャットだけで歩き出す高齢者
――9人の事例では、全員に改善が見られたそうですね。
身体・精神心理・社会・栄養の全ての項目で改善が見られました。対面で介入するのと同じ効果が、チャットでも得られるということです。特に認知症気づきチェックシートとうつ尺度で有意な改善がありました。ここから言えるのは、単身高齢者の最大の課題は孤立・孤独だということです。日々自分を気にかけ問いかけてくれる存在があること、子が親の状態を知ることができること。そのコミュニケーションの質的変化が効いています。

孤独・孤立は、近年のエビデンスでは喫煙と同程度の死亡リスクとも言われ、高齢者だけの問題ではありません。生産年齢人口が減る中、これからは高齢者にも支え手になっていただく必要がある。心身が健康なら年齢で線を引く必要はありません。65歳で線を引けば肩車型の苦しい社会ですが、80歳で引けば、全く違う社会が見えてきます。
――この成果は2026年1月のCES(世界最大級のテクノロジー見本市)でも発表されました。反応はいかがでしたか。
非常に良かったです。介入前後の動画をお見せすると、「チャットだけで、これだけ歩けるのか」と驚かれました。5メートル歩行が6.72秒という方がいましたが、横断歩道を安全に渡りきれる5秒以下(4.68秒)にまで短縮・改善しました。医療費負担の重い米カリフォルニアの来場者は予防意識が高く、カリフォルニア大学デービス校のヘルスケア部門とも展開の議論が始まっています。
生成AIで「1対400」へ
――専門家が一人ひとり対応するのは大変そうです。
現在は理学療法士、作業療法士、栄養士、社会福祉士の4人チームで、被験者100人超を見ています。ここに生成AIが入っています。どう問いかければ動いてくれたかをAIに学習させ、コミュニケーションと介入支援を支えます。2027年度には専門家1人で約100人、2030年には1対400を担えるAI基盤を構築したい。困難なケースはアラートとして専門家に振り分け、それ以外はチェックリストで判断できる形にしていきます。ここまで来て初めて、事業性が出てきます。

――事業化に向けた最大の課題は。
一つは1対100が本当に実現できるか。もう一つは、人がその人となりを理解して寄り添ってきた成果が、AIで生産性を上げても再現できるかどうか。ここを乗り越えなければいけません。
加えてAIの「ガードレール」、つまりAIが踏み越えてはならない一線の設計も欠かせません。深く寄り添うほど、相手がチャットに強い感情を抱くこともある。低栄養の人に「動きなさい」と言わせないなど、「やってはいけないこと」を確実に止める設計が必要です。当社はAI倫理に日本でも早くから取り組んできたので、その点は安心して事業を描けると考えています。
自治体と職域、2つの実装モデル
――社会への広げ方として、どんなモデルを描いていますか。
最終的にはBtoCの事業にしますが、お届けする経路として自治体と企業を考えています。自治体には、すでにある一般介護予防事業の財源を、少額でもDXサービスに使える状況をつくる。助けられる人が増えれば将来の介護給付費や医療費の削減が見込め、それをまた財源に回す好循環です。
もう一つは職域モデルです。企業の福利厚生、例えばカフェテリアポイントにサービスを組み込めば、追加投資なしで従業員に届く。従業員のビジネスケアラー化が遠ざかれば、企業の生産性ロスも防げます。数千人規模まで広がればランダム化比較試験による社会的インパクト評価ができ、企業にはROI(投資利益率)、自治体には給付費削減という形でベネフィットを示せます。
既存の「通いの場」、例えばスマホ教室やフレイル予防体操は、通う方が固定化しやすいという課題があります。DXで接点をつくり、オンラインのつながりからリアルな場へ押し出していければ、こうした政策の使い方も変えられます。
共創で「思いやりが巡る社会」を
――この取り組みは、パナソニックの「技術未来ビジョン」にも位置付けられています。同ビジョンは2040年の社会像として「思いやりが巡る」社会を掲げ、健康寿命延伸を重点領域の一つとしています。
まさに「人との寛容な関係性」という観点で位置付けられています。社会と高齢者、子世帯と親世帯の相互理解が進めば、「分からないから何もできない」状態から、「分かるからこそ何かができる」状態へ変わります。その思いやりの循環は親子の関係を超えて社会へ広がる。地域コミュニティが失われていく中で、これからの時代にふさわしい新しいコミュニティの形まで定義したい。利他的に動ける関係性を、ビジョンの中で目指しています。
――最後に、共に作りたい未来へのメッセージをお願いします。
最後の最後までウェルビーイングが続く社会をつくりたい。そのために、SIPで築いたプラットフォームの価値は、第三者にも開いていくべきだと考えています。そこから金融リスクの問題、栄養、あるいは子どもの健康やウェルビーイングなど、同じ基盤を生かすプレイヤーが出てくるかもしれません。すでに自動車会社や保険会社とも対話を始めています。
一社だけでは、ターゲットが絞られすぎて小さすぎます。だからこそ共創したい。かつての日本にあった良い空気を、いまの時代のコミュニティと思いやりの形に変えて、人が人を理解し、利他的に動くことができる。そういった社会をもう一度つくれるようなサービスを、皆さんと連携しながら生み出していきたいと思っています。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。









