
世界の水リスクは、干ばつや洪水といった一時的な「水危機」としてだけでは捉えきれない段階に入りつつある。2026年5月25日に開催されたセミナー「『水破産』時代に求められるウォーター・スチュワードシップの実践」。記事前編では「水破産」の概念と、企業に求められるウォーター・スチュワードシップの基本的な考え方を紹介した。後編ではサントリー、資生堂、日本コカ・コーラの実践事例などから、企業が流域の一員として水・生物多様性・気候変動のつながりにどう向き合うべきかを考える。
企業の枠を超える水対応
「ウォーター・スチュワードシップとは、施設内の一般的な水管理を超え、自社が立地する流域の水課題に即した行動へと進化させていくことだ」

そう説明したのは、WWFインターナショナルのライラン・ドブソン氏だ。従来の水管理は、工場や事業所内での水使用量の削減や排水管理、法令順守などに重点を置いてきた。しかし水は流域全体で共有される資源であり、自社の敷地内だけで対策を完結させても、水不足や水質悪化、生態系劣化といった事業リスクを十分に減らすことはできない。
ドブソン氏は、企業が水との関係を評価し、事業の意思決定に組み込み、バリューチェーン全体で行動し、必要に応じて政策提言や業界連携につなげるフレームワークを示した。重要なのは、自社拠点、サプライチェーン、社内ガバナンス、流域エンゲージメントの4領域を切り離さずに捉えることだとし、海外企業の事例としてアップルやダノンなどの取り組みが紹介された。
AWS新規格の要点とは
企業がウォーター・スチュワードシップを実践する上で、国際的な指標の一つとなるのがAWS規格だ。AWSセクターコーディネーター・日本の難波圭氏は、2026年3月に公開されたAWS規格バージョン3.0の主な変更点を説明。バージョン3.0では、要求事項を整理して適用しやすくする一方で、生物多様性や気候変動、流域での協働活動、企業レベルの情報開示との連携が強化されたという。
特に生物多様性については、重要な水関連区域を特定するだけでなく、淡水生態系とそこに生息する生物の保全・回復までを重視する内容となった。気候変動についても、将来の洪水や渇水、水不足を評価し、計画に反映することが求められる。また、ダブルマテリアリティの考え方を取り入れ、企業が水に与える影響だけでなく、企業が水にどれだけ依存しているかを評価することも重視されている。
流域の取り組み「1社ではできない」
後半のパネルディスカッションには国内3社が登壇し、それぞれの実践事例を共有した。モデレーターはWWFジャパンの羽尾芽生氏が務めた。ディスカッションでは、水資源保全から見えてきた流域と生物多様性の視点に加え、ステークホルダー協働とコレクティブアクションの重要性がテーマとなった。コレクティブアクションとは、1社だけでは解決できない共通課題に対し、企業や行政、専門家、地域住民、NGO・NPOなどが連携して取り組むことを指す。

サントリーホールディングスの市田智之氏は「本当にいい水がないと、何も製品をつくることができない。良質な地下水は、サントリーにとっての生命線だ」と語り、「天然水の森」の活動を紹介した。同社は2003年に熊本県阿蘇で活動を始め、現在は16都府県27カ所、1万2000ヘクタール超の森で、国内工場がくみ上げる地下水量の2倍以上を涵養(かんよう)している。
活動の中心にあるのは、豊かな地下水を育む「フカフカな土」をつくることだ。手入れされず暗くなった人工林では下草が育ちにくく、雨が降ると土壌が流出しやすい。適切な間伐によって光を入れ、下草や低木、土壌生物が育つ環境を整えることで、森の保水力と生物多様性を高めていく。近年はシカの食害も深刻であり、柵やカメラを活用しながら、専門家や土地所有者、林業関係者、行政などと連携しているという。
市田氏は、流域での取り組みについて「1社でできるものではない」と強調し、「他の企業の皆さんからも学びながら、この取り組みを大きくしていきたい」と力を込めた。
「Think globally, act locally」
資生堂の田口邦彦氏は、栃木県大田原市にある同社那須工場での水資源管理を紹介した。辺りは複合扇状地であり、河川が伏流水として地下を流れ、下流で再び湧出する特徴を持つ。

一方で田口氏は、地下水が豊富に見える地域でも地下水位の低下や湧水地の枯渇が起きているとして、工場内の水使用削減や排水管理にとどまらず、流域全体で地下水を管理する方向へ舵を切ったという。
那須工場では水収支や水質、地域の自然を守る活動などを進めており、水路系統図や環境DNA調査など、科学的なデータを重視している点が特徴だ。地元の高校や農業従事者、行政、研究機関などとのコミュニケーションも進め、工場単独ではなく、地域全体で水を理解し、守る関係づくりを目指している。田口氏は「水の話や生物多様性は非常に地域性が高い。Think globally, act locallyが大事だ」と述べ、地域に根差した取り組みの重要性を強調した。
水を守る活動が生物多様性に結び付く

日本コカ・コーラの李 アンジェラ氏は「私たちの製品にとって、水は原料の一つではなく、事業の基盤そのものだ」と語った。同社は最終製品に使用した水の100%以上を自然と地域社会に還元する目標を掲げており、グローバルでは2024年時点で157%以上を達成しているという。日本国内でも森林保全や草原保全、水田涵養など、全国の工場周辺で活動を展開している。
さらに、WWFジャパンと協働で、水リスクと淡水生物のポテンシャルを可視化し、重要地域の選定や環境DNA調査などを進めてきた。宮城県南三陸町では、放置林の再生を通じて森林の保水力を高め、土砂災害や大雨への備えにつなげるプロジェクトも進行している。水を守る活動が、森林や生物多様性、地域の安全と結び付いていることを示す事例だ。
李氏は「水と自然と地域と真正面から向き合い続けていく」と述べた上で、生物多様性の成果を測る難しさにも触れた。定量的な指標に加え、地域社会のニーズに応じてどのような活動を行っているのかを伝える「ストーリーテリング」も重要だとした。
求められるステークホルダーとの協働
セミナー全体を通じて浮かび上がったのは、水問題がもはや「節水」や「排水管理」だけで語れる段階にはないという現実だ。企業の取水や排水は、流域の生態系や地域社会、農業、サプライチェーン、気候変動の影響と複雑につながっている。
パネルの最後に、羽尾氏はコレクティブアクションに向けて、まず周囲の人に話しかけること、専門家や地域で活動する人、NGO・NPO、市民などとの連携の可能性を探ること、そして調査を通じて現在地と課題を把握することの重要性を確認した。
企業に求められるのは、自社が水に与える影響と、水に依存している度合いを把握し、自社だけで解決しようとせず、流域のステークホルダーと協働することだ。それが、事業のレジリエンスと自然の回復力を同時に左右する時代に入っている。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。









