
救援物資を運ぶドローン、ブロックチェーン、精密農業、人間と議論するAI――。これらはみな、世界経済フォーラム(WEF)がここ10年ほどの間、近い将来に社会を変えると予測してきた技術だ。その予測通り、これらはもはや珍しい技術ではなく、幅広い場面で活用されている。
同フォーラムが2026年版報告書「新興テクノロジー・トップ10」を発表した。エネルギー転換や有害物質の除去を促進するものから、医療、創薬、デジタルインフラを支えるものまで、今後の活用が待たれるテクノロジーが選ばれている。
技術と繁栄を議論する場「サマーダボス」
世界経済フォーラムが主催する第17回ニュー・チャンピオン年次総会、通称「サマーダボス」が2026年6月23日から25日まで、中国の遼寧省大連市で開催された。サマーダボスは、起業やイノベーション、次世代の成長について話し合う場で、90を超える国・地域の政界やビジネス界、学術界のリーダーら1700人以上が一堂に会した。
今回は「Innovating at Scale(イノベーションの波及拡大と深化)」というテーマの下、貿易と産業の構造が変化する中でいかに繁栄していくか、技術を実体経済でどう生かすか、経済成長を次世代の雇用創出や機会拡大にどうつなげていくか、などの問いを柱に議論が交わされた。
世界経済フォーラムの総裁で、最高経営責任者(CEO)のアロイス・ツヴィンギ氏は、「イノベーションの次なる段階は、技術の可能性と実際の経済活動への影響との間にある隔たりを埋め、画期的な技術を形ある進歩へとつなげて産業と人々に役立てることです。今回のサマーダボスでは、全ての人が成長できる実用的な解決策に重点を置いて議論が交わされました」と述べた。
サマーダボスでは毎年、「新興テクノロジー・トップ10」も発表される。今後3年から5年以内に社会を大きく変革させる可能性を秘めた、10の新しいテクノロジーを取り上げた報告書だ。過去に選ばれた技術の中には、生成AIをはじめ、実際に大躍進を遂げて社会や経済を大きく変えたものもある。今後の技術発展を占う上で参考になる報告書だと言えよう。
持続可能な社会の実現に役立つ新技術
では、2026年版新興テクノロジー・トップ10から、環境負荷の低減や資源保全への貢献が期待される4つのテクノロジーを紹介していこう。
エブリシング・トゥ・グリッド・エネルギー
電力の需要は、人が帰宅してエアコンを入れたり夕食の準備をしたりする、夕方から宵の口にかけてピークを迎える。この頃はまた、日が沈んで太陽光発電の出力量が減り、電力の需給が逼迫(ひっぱく)する時間帯でもある。通常は、化石燃料を使用するピーク発電所(電力需要のピーク時のみ稼働)を稼働させて発電量を増やし、供給量を確保している。
この現状の打開策として期待されているのが「エブリシング・トゥ・グリッド・エネルギー(Everything-to-grid energy)」だ。夕方以降は、電気自動車(EV)や工場・データセンターのバッテリーに蓄えられた小規模エネルギー源の多くが未使用状態になる。そうした分散型エネルギー資源(DER)を集約して供給網に戻し、不足分を補おうというわけだ。あらゆる建物や車両、工場に蓄えられている全ての電力が送電網に組み込まれることになる。
米カリフォルニア州ではこの技術がすでに導入されている。太陽光発電と蓄電池が設置された住宅1万6000戸以上が分散型エネルギー網に接続されており、2024年7月には4日連続でピーク時間帯に電力を供給。ある日の最大出力は51メガワットに達し、複数の化石燃料ピーク発電所の合算容量を超えた。温室効果ガスを排出しないエネルギーシステムとして大いに期待されている。
直接リチウム抽出法
リチウムは蓄電池に不可欠で、エネルギー転換の鍵を握る金属だ。しかし、化学反応性が高く、単体の金属としては自然界に存在していないため、現在はリチウムが豊富に含まれた塩水を地下からくみ上げて天日干しし、抽出されている。問題は、この塩水蒸発法では抽出に最長で2年もかかることだ。また、大量の水と土地を必要とし、地理的な条件も限られていることから、リチウムの生産は現在、4分の3が中国に集中している。
塩水蒸発法よりも短期間でリチウムを抽出でき、広く応用が可能で、持続可能性に優れた技術として注目されているのが「直接リチウム抽出法(DLE)」だ。さまざまな方式があり、吸着材や膜(まく)、溶媒を用いて塩水からリチウムだけを取り出す。抽出に数時間から数日しかかからず、残った水は地下に戻せる。
地熱流体(マグマの熱で熱せられた高温で高圧の熱水)や油田廃水でも利用可能で、いずれは、バッテリーのリサイクル工程で使われた溶液からもリチウムを抽出できるようになるという。自然塩水への依存度が軽減され、サプライチェーンの多角化にもつながる技術だ。DLEは現在、アルゼンチンや米国、オーストラリアなどですでに稼働している。
パッシブ放射冷却素材
都市部では、太陽が照り付けてコンクリートやアスファルトに熱が溜まり、建物のエアコンが熱を吐き出して、ヒートアイランド現象が起きている。この悪循環を解消するために開発されたのが「パッシブ放射冷却素材」だ。
この素材は、ごく狭い赤外線波長だけを吸収せず宇宙へと放出するよう設計されている。また、太陽光の95%以上を反射し、熱になる前に拡散させる働きも持つ。この二重の効果によって、得るエネルギーより失うエネルギーの方が多くなり、表面温度が周辺の気温より低く保たれる。その結果、電力で冷やす必要はなくなる。
この素材は塗料やコーティング、フィルム、建築部材に加工でき、価格も高くない。既存の建物にも使用が可能で、米国のスーパーマーケットや小売店で導入したところ、15%から20%の省エネ効果が得られたとの事例も報告されている。また、カリフォルニア州ではグリーン建築基準の一環として、新築物件を対象にクールルーフ(屋根冷却)素材の使用が義務付けられている。
永遠の化学物質「PFAS」の分解技術
PFAS(ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物)は、水や油をはじき、熱や摩擦に強く、化学分解されにくいという優れた性質を持つ。しかし、北極圏など人があまり住まない地域や飲料水から検出されるなど、人体への蓄積や環境への残留が懸念され、今では深刻な問題と化している。
飲料水に含まれているPFASを除去する方法はあるが、PFASそのものを破壊することは不可能だ。炭素とフッ素が強力に結び付いていて、環境中に残り続ける。「永遠の化学物質」と呼ばれるゆえんだ。PFASを無害化するには、その結合を切断するしかない。
しかし今、新しい手法がいくつか実証されている。臨界点を超えるまで水を熱して水中のPFAS分子を溶解させる方法や、PFASに汚染された水を特殊な電極に通して電子を引きはがす方法、紫外線で触媒反応を起こしてPFASの結合を破壊する方法などだ。米ミシガン州では、埋立地から流れ出る水に含まれるPFASを分解する設備が2023年から動いている。また、米スタートアップのクラロス・テクノロジーズはPFAS製造大手のダイキン・アメリカと共同で、紫外線を用いた手法によりPFASを99.99%破壊したと発表した。
医療やAIの分野で期待される新技術も
2026年の新興テクノロジー・トップ10には、他にも以下のような技術が選ばれた。
精密発酵
微生物の力を借りてたんぱく質や酵素、医薬品を生産する技術。必要なものを効率的かつ迅速に製造できるようになる。
エクソソームによる薬物送達システム
細胞から放出される微粒子エクソソームを使って、治療薬を特定の部位に正確に届ける技術。治療の難しい疾患やアルツハイマー病、パーキンソン病での活用が期待されている。
個別化mRNAがんワクチン
個々の患者特有のがん細胞を認識して攻撃するよう、免疫系を訓練する技術。再発や死亡のリスク低下が期待される。
創薬のための量子シミュレーション
量子コンピューティングで、分子同士の相互作用を高精度でモデル化する技術。治療効果の高い医薬品を予測しやすくなる。
AIによる世界モデル
物理世界の動きを複数のデータソースを基に理解・予測するためのAI技術。パターンを認識するだけでなく、より直観的で柔軟に判断できるようになる。
格子ベース暗号
進歩した量子コンピューティングにも対応できる、暗号化の新技術。データが格子(複雑な数学的構造)の中に隠されて見分けにくくなる。
今後、こうした新しいテクノロジーがどう活用され、社会を変えていくのかが楽しみだ。
| 新興テクノロジー・トップ10報告書(世界経済フォーラム) https://reports.weforum.org/docs/WEF_Top_10_Emerging_Technologies_Report_2026.pdf |
遠藤 康子(えんどう・やすこ)
フリーランス英日翻訳者。英語講師、日本語講師を経て、現在はウェブニュース、雑誌記事、書籍の翻訳を手掛ける。訳書に『子どものためのセルフ・コンパッション』(創元社)など、共訳書に『これからの「社会の変え方」を、探しに行こう。』(SSIR Japan)などがある。











