• 公開日:2026.09.02
ネイチャーポジティブに「微生物多様性」を BIOTAが示す新視点
  • 長嶺 真輝
微生物多様性の調査の様子(写真提供:BIOTA)


ネイチャーポジティブへの関心が高まる中、その実現に向けた取り組みを評価・開示する枠組み「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」への対応や、生態系の保全・再生に対価を支払う「PES(生態系サービスへの支払い)」など、自然の価値を企業の経営や投資につなげる動きが注目を集めている。そうした中、微生物を軸に研究・解析や都市の空間デザインを手掛けるスタートアップ、BIOTA(バイオタ)は今年5月、ネイチャーポジティブに「微生物多様性」の視点を組み込む重要性を提唱する論文を発表した。生物多様性の土台を支えながら、これまで十分に目を向けられなかった微生物を、企業・自治体の取り組みや投資にどうつなげるのか。代表取締役の伊藤光平氏に話を聞いた。

interviewee
伊藤光平(いとう・こうへい)

BIOTA 代表取締役

1996年生まれ。山形県鶴岡市出身。慶應義塾大学環境情報学部卒。高校時代から慶應義塾大学先端生命科学研究所にてマイクロバイオームを対象としたバイオインフォマティクス研究に従事。ヒトだけでなく都市や建築物における環境マイクロバイオームも対象とした。大学卒業後、2019年に株式会社BIOTAを創業。

微生物を都市デザインに、15歳から続く創業の原点

――微生物多様性に焦点を当てた事業はとてもユニークです。BIOTAを創業した経緯を教えてください。

私の地元である山形県鶴岡市には、ライフサイエンスを幅広く研究している慶應義塾大学の拠点があり、高校生の時に「研究を通じて勉強する意味を考えてみたい」と思い、研究生として入れてもらいました。指導してくれた研究者の方が微生物を研究していたことがきっかけで、自分の研究テーマも微生物になりました。

口や腸など人の体にいる微生物のバランスが崩れたり、その多様性が低下したりすると、さまざまな疾患につながることが分かっており、最初は人の体にいる微生物を研究しました。大学では都市や室内など体の外に対象を広げ、都市でも微生物多様性の低下が人の健康に影響するのではないか、という問題意識を持つようになりました。

BIOTAを創業した代表取締役の伊藤光平氏(写真提供:BIOTA)

――その問題意識が卒業後の起業につながったというわけですね。

研究成果を社会実装しながら、自分の好きな研究を続けていくためにつくった会社です。今は、都市全体にどう微生物多様性を組み込んでいくかを考えています。その視点から、微生物多様性やその影響を可視化する研究開発事業、微生物多様性についての認知を拡大するための文化醸成事業、微生物多様性を高める空間創造事業という3つの事業領域に取り組んでいます。

例えば、日本酒では酒蔵にいる「蔵付き菌」を可視化して新たな価値をつくる研究をしたり、アートを通して微生物の世界観を伝えたりする取り組みも行ってきました。

空間創造事業では、建築やランドスケープの設計・施工を通じ、微生物多様性が高まる都市づくりに力を入れています。気密性の高い建築物が多い都市部では、自然由来と人由来の微生物のバランスが崩れ、感染症などのリスクにつながるケースもあります。多様性を保ち、適切な微生物環境に人を曝露(ばくろ)させ、健康維持につなげていくことが大事です。

ただ、単純に緑や土を増やせばいいということではありません。そこにどう生態系を生み出せるのかを意識して設計し、他の生き物も立ち寄れる回遊性のある空間をつくっていきたいと考えています。

「見えない生態系」を定量化 投資判断の指標に

――今年5月には、微生物多様性をネイチャーポジティブ・ファイナンスや都市開発の評価に組み込むアプローチを提唱した論文が、国際学術誌『npj Biodiversity』に掲載されました。背景にはどのような問題意識があったのでしょうか。

生物多様性やネイチャーポジティブの取り組みは、人の健康や利益とのつながりがなかなか語られていません。例えば、生物多様性が豊かになることで特定の感染症や特定の宿主に寄生する寄生虫が増えすぎないといったことは実際に研究事例がありますが、その関係性が見えにくい。結果として、生き物が好きな方や、自然資本に大きな影響を与える企業など、取り組む主体が限られているのが現状です。

ただ、直接的か間接的かという違いはあっても、どんな企業も基本的には自然資本に依存しています。そこで、自然資本を支える生態系を考えたとき、目に見える生き物や特定の絶滅危惧種を増やそうという取り組みは以前からある一方、その土台となる微生物にはほとんど目が向けられていません。

微生物は目に見えませんが、地球上にものすごい量が存在していて、人の体にも一人当たり約38兆個の微生物がいるとされます。それほど重要な存在がネイチャーポジティブの議論から抜け落ちていることに、大きな問題意識を感じています。

論文のFigure 1を日本語に翻訳(写真提供:BIOTA提供)

――今回の論文では、PES(Payments for Ecosystem Services=生態系サービスへの支払い)に微生物多様性を組み込むことも提唱しています。どのような考え方なのでしょうか。

自然資本を消費している人が、自然資本を回復させる人や事業へ投資するという考え方です。その中で、お金を支払う自然資本の対象として微生物が出てこないのはおかしいよね、ということです。微生物に投資することで、土壌が豊かになったり、人の免疫調整につながったり、水資源の浄化につながったりと、都市やビジネスにさまざまな価値を生むことが期待できます。

例えば、良質な水を生む森林を守るために飲料メーカーが保全費用を負担したり、きれいな海を象徴するサンゴの保全活動にダイビングショップや自治体が費用を出したりする事例がありますよね。微生物多様性についても、それを守る人と、そこから利益を得る人を結び付ける必要があります。

――金融機関や投資家の投資判断には定量的なデータの開示も求められます。微生物は目に見えませんが、PESの根拠となる指標の提示は可能なのでしょうか。

これまで微生物は「測定が難しい」とされてきましたが、最新のゲノム解析技術によって、ビジネス指標への転換が可能になっています。私たちの「BIOTA Pack」というサービスでは、公共空間や商業ビルなどのさまざまな場所から微生物を採取し、多様性を定量化してレポートにまとめています。植林や土壌改良をする前に◯◯種類の微生物がいた場所で、施策後に△△種類まで増えて多様になった、といった形で定量的な変化も示すことができます。

また、微生物は都市部でも増やしやすい特徴があります。都市で生物多様性を本気で高めようとして、小動物まで増やしていくのは現実的には難しいですよね。また、定量的に測るにしても鳥などは人が現地で観察して数える必要があり、労力が非常に大きいです。

一方で、微生物は土壌や植物を整備することで多様性を促すことができ、定量的な評価もしやすい。都市のネイチャーポジティブにおいて、微生物の多様性を向上させることが有効なアプローチだと思っています。

企業・自治体をどう動かすか 事業につなぐ鍵

――一方で、微生物多様性を企業の投資や事業に結び付ける上での課題感はありますか。

都市環境の中でも、微生物多様性を高めることが人の健康につながると論文でも示されています。その恩恵を受けるのは、そこにいる住民です。ただ、都市デザインにはなかなか実装されておらず、その理由の一つは誰が経済的なメリットを得るのかが見えづらいことだと思います。

企業や自治体による微生物多様性を高める事業、投資を活発化させるためには、先ほどの森林保全やサンゴ保全の事例のように、「供給者」と「受益者」の関係性に微生物多様性をどう組み込むかが非常に重要です。

――都市の空間創造に微生物多様性を取り入れている実例はありますか。

高輪ゲートウェイシティでは、JR東日本が「100年先の心豊かな暮らし」をテーマに街づくりをしていて、100年後も街が持続するためには、自然資本やサステナビリティ、プラネタリーヘルスが重要だという考えと、私たちの取り組みがうまく重なっています。実際に、私たちはこの街のビルや外構空間の大規模な微生物コミュニティ調査を行なっています。

このように微生物の重要性を理解してもらえる事業者もいますが、そうでない方には「このルートで微生物が事業に関係している」「微生物多様性がそこで暮らす人々の健康を高める」「微生物多様性は定量化しやすく、コストパフォーマンスも高い」といった、微生物多様性を高めることに取り組むメリットを分かりやすく示していく必要があります。

――自治体との連携にも可能性はありますか。

自治体はむしろ相性が良いかもしれません。例えば米づくりでは、水田にいる膨大な微生物が肥沃(ひよく)な土壌を支えています。その米から日本酒もつくられる。先ほど触れたサンゴも、多様な微生物を共生させることで健康を維持しています。地域の農業や産業、生態系を支える微生物を自治体が守っていく、そういう働きかけは考えられると思います。

「排除」から「共生」を当たり前に

BIOTAのサービス概要(写真提供:BIOTA提供)

――長期的には、微生物と人間がどのように付き合う社会をつくりたいですか。

今は微生物というと、「除去するもの」「危ないもの」というイメージが強いと思います。コロナ禍で除菌、殺菌という方法がさらに社会へ浸透したことも影響しているでしょう。

でも、まずは人の体内も含め、地球上に微生物が満ちているという事実に気付くことが大切です。微生物とは切っても切れない関係にあり、付き合っていかなければいけない存在です。もちろん人の病気や製品の劣化などの原因になることもあり、取り除く必要がある時もあります。でも、排除しきれないのであれば、良い関係性をつくった方が豊かだし、素敵(すてき)だと思うんです。

そもそも、人間社会は自然資本がなければ成り立ちません。だからこそ、微生物と「どんな関係性でいたいのか」を考えていく。その一つとして、建築デザインや街づくりのベースに「微生物多様性」の観点が当たり前に組み込まれ、持続可能な都市が形成される。時間をかけて、そうした文化をつくっていきたいと思っています。

written by

長嶺 真輝(ながみね・まき)

フリーランス記者

地方紙記者として10年間、地域の経済や政治、スポーツを取材。現在はweb媒体や雑誌への寄稿、書籍の執筆などを手掛ける。取材・文を担当した「日本バスケの革命と言われた男」(双葉社)が沖縄書店大賞優秀賞を受賞。

News
SB JAPAN 新着記事

ネイチャーポジティブに「微生物多様性」を BIOTAが示す新視点
2026.09.02
  • インタビュー
  • #ファイナンス
  • #ESG投資
  • #生物多様性
nestが王子製紙の工場でフィールドワーク 紙の循環の現場から脱炭素を考えた
2026.09.01
  • SBコミュニティニュース
  • #気候変動/気候危機
  • #資源循環
  • #カーボンニュートラル/脱炭素
「非財務ではなく未財務」東京ガスCFOが語るサステナビリティと資本効率の両立
東京ガス株式会社
2026.08.31
  • インタビュー
  • #ファイナンス
  • #ESG投資
  • #ガバナンス
企業のサステナビリティは「レジリエンス戦略」へ リスク対応と成長をどう両立するか
2026.08.27
  • ワールドニュース
  • #情報開示
  • #ブランド戦略

Ranking
アクセスランキング

  • TOP
  • ニュース
  • ネイチャーポジティブに「微生物多様性」を BIOTAが示す新視点