
GX(グリーントランスフォーメーション)の進展に伴い、企業の排出量取引制度「GX-ETS」が本格化していく中、企業によるカーボンクレジット需要が高まっている。中でも森林整備によって生み出される森林由来J-クレジットは、CO2吸収量の取引に加え、水源涵養(かんよう)などの環境価値や地域への貢献を併せ持つクレジットとして注目を集めている。
一方で、創出手続きの複雑さや、購入者にその価値が十分伝わりにくいといった課題もある。こうした課題を踏まえ、住友林業はドコモビジネス(旧NTTコミュニケーションズ)と連携し、創出から審査、売買、データ管理までを包括的に支援する「森林価値創造プラットフォーム(森かち)」を2024年から展開してきた。サービス開始から2年、創出者と購入者とをつなぐ「森かち」は森林クレジット市場にどのような変化をもたらし、今後どのような役割を担おうとしているのか。住友林業資源環境事業本部 森林技術部 森林ソリューショングループリーダーの曽根佑太氏に話を聞いた。(環境ジャーナリスト 箕輪弥生)
森林の価値を最大化する
住友林業は、国内約4万8000ヘクタールの社有林で培った森林経営のノウハウを基に、自治体や森林組合、民間企業向けにコンサルティングを行っている。「森かち」は、その延長線上にある事業だ。曽根氏は立ち上げの背景をこう説明する。
「森林の価値を最大化しようというテーマから始まった。森林は木材生産だけでなく、水源涵養や土砂災害防止など、多面的な価値を持つが、まず制度として確立しているCO2吸収から取り組もうと考えた」
日本のスギ・ヒノキなど人工林の約6割が樹齢50年を超えている。適切な間伐や主伐・再造林などの更新が行われなければ、CO2吸収量の低下だけでなく、林床の荒廃による水源涵養や土壌保全といった多面的機能も低下してしまう。
そこで同社は、森林整備によって生まれるクレジット収益を森林所有者や自治体に還元し、クレジットを森林管理の財源として循環させることで、持続可能な林業を後押しし、地域経済の活性化にもつなげる仕組みを推進している。
「クレジット創出者、購入者、そして審査機関それぞれに課題があるので、それらを解決して森林クレジットの創出量と流通量を増やすのが『森かち』のミッション」と曽根氏は説明する。
最大の壁は複雑すぎる申請
■森林管理プロジェクトによるJ-クレジット認証量の推移(累計)

森林由来J-クレジットの認証量はここ数年で大きく伸びている。しかし、創出には、膨大な事務作業が伴う。申請書は多数のExcelシートで構成され、森林の位置情報や林齢、過去の施業履歴などを詳細に入力しなければならない。例えば、市町村では林務担当者が1〜2人しかいないケースも多く、通常業務と並行して対応するのは容易ではない。
森かちでは、ウェブ上で必要事項を入力すると申請書類へ自動転記される機能を備える。さらにGIS(地理情報システム)と連携し、過去の施業履歴や測量図面を地図上で管理できるため、管理・審査の効率化や同一森林での重複申請(ダブルカウント)の防止につながる。創出者と審査機関の負担を大幅に軽減できる点が、同サービスの大きな強みとなっている。
認証対象期間は8~16年で、この期間中、森林によるCO2吸収量に応じて毎年クレジットが発行される。森林由来J-クレジットはCO2の吸収・除去系クレジットであり、SBTi(Science Based Targets initiative=科学的根拠に基づく温室効果ガス排出削減目標を認定する国際イニシアティブ)などに基づきネットゼロを目指す企業からも関心が高まっている。
「どこの森か」が重要

「森かち」の特徴は、購入者向けの情報開示にもある。各プロジェクトには専用ページが設けられ、森林の写真や、事業者・地域の情報に加え、GISで森林の位置を確認できる。「購入者が最も重視するのは、『どこの森林で創出されたクレジットなのか』という点だ」(曽根氏)。購入者は地域や環境への貢献といった森林だからこその価値を知りたいというニーズが高いという。
従来のJ-クレジット制度事務局のデータベースでは、PDF形式の申請書類が中心で、森林の現状や地域の取り組みを把握しにくかった。森かちは、こうした情報を豊富なビジュアルや記述で可視化することで、「なぜそのクレジットなのか」を説明しやすくしている。

実際、電子材料を製造する有沢製作所(本社:新潟県上越市)は、地域貢献や生物多様性の観点から地元県の「トキの森プロジェクト」クレジットを購入した。また、印刷会社の光陽社(本社:東京都文京区)は、北海道紋別市のクレジットを活用した「カーボンニュートラルプリント」を展開している。「流氷を守るための豊かな森づくり」を通じて、生物多様性の保全や地域林業の活性化、さらに海洋環境の維持につながると考えたからだ。
森林クレジットではこのように、CO2のオフセットだけでなく、森林整備による地域・環境への貢献というストーリー性が求められ、それが企業、製品・サービスの付加価値として使われ始めている。
GX-ETS本格化でJ-クレジットの需給逼迫も
今後のJ-クレジットの市場拡大を左右するのが、GX-ETS(排出量取引制度)の本格運用である。J-クレジット全体の年間発行量は200万〜300万トン程度にとどまる一方、大企業では年間10万トン規模の需要が生じる可能性もあり、「GX-ETSが本格化する2027年以降は供給不足に陥る可能性がある」と曽根氏は予想する。
その場合はクレジット価格も上昇する可能性があるが、足元では、価格は一時的には下落傾向にある。CSR目的の少量購入では1トン当たり1万円台の取引もあるが、大量オフセット需要では政府が示した企業間の排出枠価格を意識した低価格での取引が増えるなど、価格の二極化が見えるという。
価格の変動はあるものの、今後は企業の脱炭素に関する取り組みに対しての開示が求められるため、「企業は複数のクレジットを組み合わせて活用するクレジットポートフォリオの構築も求められるようになる」と曽根氏は予想する。
塩谷町で始まった「私有林バンドリング」

これまでも課題としてあったものの、なかなか実現に進まなかったのが、「バンドリング」と呼ばれる私有林の集約モデルである。町有林だけでなく、遊休化した個人所有林も対象にし、複数の森林を束ねて一つのJ-クレジットプロジェクトとして運営する。クレジット創出にはモニタリング費用や審査費用など多額のコストがかかるため、個人が単独でJ-クレジットを創出することは、事実上困難だったためである。
その突破口となったのが、栃木県塩谷町から持ち込まれた提案だった。特徴は、得られた収益を森林所有者に直接還元する点にある。自らの森林が収益を生む資産として認識されれば、森林管理への関心も高まる。制度説明会では、複雑なクレジット制度をかみ砕いて説明し、過去の施業記録を掘り起こす作業も支援しているという。
曽根氏は「個人一人ひとりの森林は小さいが、日本の森林の50%以上は個人の所有者なので、それらを束ねてプロジェクトにすることが、今後必ず必要になってくる」と強調する。
塩谷町モデルは、小規模森林所有者を巻き込む新たな仕組みとして、全国の森林組合からも注目されている。
次のテーマは生態系サービスの定量化
同社が次に力を入れるのは、水源涵養量や生物多様性など、生態系サービスの定量評価である。2026年3月には林野庁が水資源涵養量を評価するツールを公表しており、こうした指標を販売ページに反映することで、森林クレジットの付加価値をより明確に示したい考えだ。
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)への対応を進める企業にとっても、自然資本への貢献を示す材料となり得る。曽根氏は、「生態系サービスを定量化し、それが価格に反映されるようになれば、販売側も購入側も納得できる適正価格が見えてくる」と語る。
森林クレジット市場は、単なるCO2吸収量の取引から、「どの自然価値に対価を支払うのか」を問う段階へ移行し始めている。「森かち」は、ストーリー性と生態系サービスの定量評価を両立させることでその価値を“見える化”し、森林クレジット市場の流動性を高め、企業と地域を結ぶ新たな循環を生み出そうとしている。
| <参照サイト> 森林価値創造プラットフォーム(森かち) https://www.morikati.com/ 林野庁 林地における水資源涵養量(貯留機能)の簡易評価手法https://www.rinya.maff.go.jp/j/suigen/suigen/260311.html |
箕輪 弥生 (みのわ・やよい)
環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。
東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。 著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」(文化出版局)「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。JFEJ(日本環境ジャーナリストの会)会員。 http://gogreen.hippy.jp/














