
サステナブル・ブランド ジャパンのユースコミュニティ「nest」第5期は2026年8月26〜27日、富山県黒部市でフィールドワークを実施した。YKK APとの共創プログラム「2040年の“ありたい未来の暮らし”を実現する“パッシブ”な住まい・まちをデザインしよう」のインプットフェーズとして、nestメンバー23人が参加。初日はYKK AP技術館の見学や講義、パッシブタウンの視察を通じて同社の技術や「パッシブデザイン」の基礎を学び、2日目のワークショップでは2040年の暮らしを実現するパッシブな住まいの構想に挑んだ。プログラムは12月の最終発表を経て、2027年2月のサステナブル・ブランド国際会議での成果発表へとつながる。
日本の住宅を変えてきた窓の歴史
北陸新幹線の黒部宇奈月温泉駅を出ると、そこには立山連峰の深緑がまぶしいほどに広がっていた。バスでYKK AP技術館へ向かう道中、車窓には頭を垂れ始めた稲穂が続く。ただ、近年の記録的な猛暑や季節の変化を思えば、この実りの風景も当たり前ではない。nestの2026年度テーマ「四季が揺らぐ時代のライフデザイン」を象徴するかのような光景だった。
YKK AP技術館に到着すると、同館スタッフが笑顔でnestメンバーを迎え入れた。YKK APは、YKKグループの建材事業を担うメーカーだ。住宅用窓や玄関ドア、ビル用カーテンウォールなど建築用製品を幅広く手がけ、「Architectural Productsで社会を幸せにする会社。」をパーパスに掲げる。

スタッフの案内でメンバーは、1959年に米国から導入した巨大なアルミ押出機を起点に、アルミサッシの量産で日本の住宅を変えてきた同社の歴史を追体験した。実際の押出機や窓の展示を通じて、窓の進化が省エネと快適性の両方を支えてきたことを肌で感じた。
窓は「壁に空いた穴」
続いて「『窓』から考えるサステナビリティ」と題し、YKK APサステナビリティ統括部サステナビリティ推進部長の三浦俊介さんが窓の断熱性能を軸に講義した。住宅に出入りする熱のうち、夏は68%が窓から流入し、冬は50%が窓から流出する。窓は、熱的には「壁に空いた大きな穴」だと三浦さん。サッシの素材をアルミから樹脂に、ガラスを複層からトリプルに変えるだけで断熱性能は大幅に向上するが、日本の既存住宅約5100万戸の7割は、いまだアルミ窓に単板ガラスのままだという。

三浦さんはさらに、窓の性能を「電気代」ではなく「健康への投資」として捉え直すよう訴えた。熱中症による救急搬送は住居での発生が多く、冬季のヒートショックで命を落とす人も後を絶たない。結露はカビやダニの温床となり、アレルギーの原因にもなる。
こうした課題に対する設計手法が「パッシブデザイン」だ。機械設備だけに頼らず、建物周辺の環境づくりや建築自体の工夫によって、外部環境の変動を段階的に緩和し、快適な室内環境をつくる。まず周辺環境(配置・緑化・水辺)を整え、次に建築的工夫(断熱・気密・日射制御・通風)で変動を抑え込み、残った負荷だけを高効率な設備で補う。この3段階の考え方が基本となる。


YKK APが約10年かけて黒部に整備してきた「パッシブタウン」は、このパッシブデザインを実際のまちづくりに落とし込んだ実証の場だ。山から海へ吹き抜ける冷涼な卓越風「あいの風」、立山連峰の雪解け水がもたらす豊富な地下水、地域が育む県産木材。こうした黒部ならではの自然条件を再現性ある建築技術で最大限に引き出し、住まい手が能動的に関わる暮らしを重ねる。
現在、第1街区から第5街区まで5つの街区が完成。三浦さんの説明に好奇心をかき立てられたメンバーらは、期待を膨らませてパッシブタウンに向かった。
自然・技術・住まい手の調和を体感する
きれいに整えられた芝生、石畳の間に湧き出る地下水……。YKK AP渉外課のスタッフの案内で、パッシブタウンを歩く。立山連峰の雪解け水に由来するこの地下水は、年間を通じて15度前後を保ち、街区内で放射冷房などの熱源として活用されているという。

朱色の外壁も美しい第5街区は、2025年3月に竣工した。3棟64戸からなる集合住宅は、木材が炭素を長期間貯蔵できることに着目。建設時のCO2排出量削減を目指して木材を積極的に用い、使用木材の87%を富山県産材でまかなった。設計段階から県と木材利用の協定を結び、先行調達を進めたという。
モデルルームに足を踏み入れると、木の香りがふわりと漂った。天井や壁に県産材がふんだんに使われた2LDKの空間が広がる。「めっちゃ静か」とメンバーの一人が声を漏らした。トリプルガラスの木製窓がもたらす遮音性は高く、「嵐でもガラスに直接雨が当たらない限りはほとんど気付かない」とスタッフ。断熱性能も優れており、冬場でも暖房なしで過ごせる日もあるという。

木造ゆえの心配点として、メンバーから「木材の防火はどうしているんですか?」という質問も飛んだ。スタッフの説明によると、第5街区は耐火建築物として必要な性能を確保し、外壁の木材はあえて燃えることを前提に設計されているという。表面を燃え落ちさせることで、内側の耐火壁を守る仕組みだ。「燃えてはいけない」ではなく「燃えてもいい部分をつくる」という逆転の発想に、メンバーは興味津々な様子だった。
第5街区のもう一つの特徴が、「パワー・ツー・ガス(P2G)」システムだ。春から秋にかけて太陽光発電の余剰電力で水を電気分解し、水素を生成。水素吸蔵合金に貯蔵することで、日照の乏しい北陸の冬に取り出して発電する「季節間シフト」の仕組みだ。見学時の説明によると、P2Gを導入した1棟では、竣工後約1年の検証で電力自給率100%を達成したという。
続いて訪れた第3街区は、対照的なアプローチをとる。昭和時代に建てられたRC造の社宅を、建築家の森みわさんがリノベーションした物件だ。躯体の強度を生かしつつ、外側を発泡ポリスチレンの断熱材で包み込み、窓はすべて高性能断熱窓に取り替え。ドイツのパッシブハウス基準を満たす性能を実現した。

新築、リノベーション、地下水や木材といった地域の自然資源を生かした循環の仕組み。それぞれのアプローチで理想の暮らしに挑み続けるYKK APの姿勢に、メンバーは大きな刺激を受けながら初日のインプットを終えた。
2040年の「好き」をかなえる家を構想
2日目は、前日のインプットをアウトプットに転換するワークショップだ。メンバーはまず、nestオリジナルの「パッシブデザイン図鑑」づくりに取り組んだ。前日の見学で学んだ技術を、「自然の力」「技術の力」「生活者の参加」の3軸で整理し、さらに「その技術は住む人や地域にとって何の役に立つのか」という価値・便益の視点を加える。


現在の技術をまとめた後は、2040年への発展を想像する。「性能を伸ばす」「スマート化する」「トレードオフを壊す」といった切り口で付箋にアイデアを書き出し、AIも活用しながら「未来のパッシブデザイン図鑑」を完成させた。
昼食でエネルギーを充てんしたメンバーらは、2040年の暮らしを実現する、パッシブデザインを取り入れた住まいを考える演習に入る。テーマは「気候変動が進んだ時代でも、一緒に暮らす人たちがそれぞれ好きなことに没頭できる暮らし」。各チームはまずこれを「誰が・いつ・どこで・何をしている」という具体的な生活シーンに落とし込み、気候変動の影響を踏まえた住まいの条件を洗い出す。さっき作った「図鑑」からパッシブデザインを選び、一つの家として形にするという逆算型の設計プロセスだ。


ただ、このワークはメンバーにとって決して容易ではなかった。建築や住宅設計にはなじみがなく、特に高校生にとって「住まい」は実感の薄いテーマだ。生活シーンからパッシブデザインを逆算する思考に頭を抱える場面もあった。それでも、YKK AP社員のサポートも受けながら模造紙にまとめた構想は、それぞれの「好き」が起点になったユニークなものだった。各チーム3分の持ち時間で発表に移った。
生まれた5つの「パッシブな住まい」

チーム「いろどりみどり」は、暑くて外に出られない犬が家の中でも元気に遊べる家を考えた。床下に地下水のパイプを巡らせて床を冷やし、グリーンカーテンで日射を遮り、葉の蒸散によって周囲の温度上昇を抑える。人間よりも床に近い犬の視線に立った設計だ。チーム「crew」は、子どもがピアノやギターを全力で楽しめる家を構想。高気密化や複層ガラスなどを組み合わせて防音性を高め、全館空調とともに、AIが温度センサーのデータを学習して住人ごとの快適温度を自動調整する仕組みを提案した。
チーム「MNB」のコンセプトは「まるで外、寝られる縁側」。外で寝るのが好きだが温暖化で難しくなる、という発想から、特殊な金属膜で熱の出入りを抑えるLow-Eガラスや発電窓を使い、室内にいながら五感で外を感じられる空間を設計した。視覚は空と緑、聴覚は風や鳥の音、嗅覚は木の香り、触覚は木材の質感と、五感を一つずつ条件に落とし込んだ点がユニークだった。

チーム「pachacodis」は「ネコがネコをやれる空間」と題し、猫が窓辺で自由にくつろげるよう、太陽光センサーと気象予報を連動させて日光と室温を自動調整する家を描いた。チーム「はなまる5」は、夜に一人で有酸素運動をしたいという母親の願いを起点に、地下水を利用した床冷房と通風設計で、涼しく湿度の低い運動空間を実現する家を提案した。
「今の技術の延長」を超えて
発表を終え、講評に立った三浦さんは「朝からずっと頭がフル回転だったと思う。仲間と意見を出し合うのは良い経験だったのではないか」とメンバーをねぎらった上で、「2040年を見据えたとき、今の技術の延長線上で考えていないか。イノベーションの種になるような、今の私たちがかなえたいこととのギャップを出してほしい」。どう実現するかは今後十数年かけて考えればいい。まずは「足りないもの」を見つけ出すことが大事だ、というメッセージだった。

nestメンバーに2日間伴走した、YKK APサステナビリティ統括部サステナビリティ戦略部長の大野木輝明さんは、視点をさらに広げた。「あれもやりたい、これもやりたいと考えるとき、それには地球何個分のエネルギーが必要なのかという視点を忘れないでほしい」。快適さの追求と地球1個分の資源制約をどう両立させるか。その問いは、最終発表まで通底するテーマとなるだろう。
力を出しきれなかった悔しさ、抱えたモヤモヤ感は、そのまま次への推進力になる。9月以降のプログラムでは、メンバー自身が「2040年のありたい未来の暮らし」を定義し、それを実現する架空のパッシブタウン「第6街区」を街のスケールで設計していく。
フィールドワークで手にしたパッシブデザイン図鑑と、黒部で体感した「自然・技術・住まい手」の三位一体の思想を、どう自分たちの言葉で形にするか。11月の中間発表、12月の最終発表、そして2027年2月の「サステナブル・ブランド国際会議 2027 東京・丸の内」での成果発表へ。次世代が五感をフルに使って感じ、考え抜いた構想が動き出す。

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。











