
化石燃料からの転換や適応資金の拡充、対策の「実施」を担う非国家アクターの役割が焦点となる国連気候変動枠組条約第31回締約国会議(COP31)が11月9日、トルコ・アンタルヤで開幕する。これに先立ち、企業や自治体、NGOなどが参加する気候変動イニシアティブ(JCI)は都内で「気候変動アクション日本サミット2026」を開いた。ツムラ、大東建託、日本生命保険の経営層に加え、豪雨の被災地で再エネ事業を営む当事者や研究者らが登壇した。エネルギー危機や自然の損失、資源制約が同時に押し寄せる中で、企業や地域は何を優先し、どう判断するのか。サミットの様子をレポートする。
「地球の回復力が低下し始めた」
基調講演はビデオ出演のポツダム気候影響研究所所長、ヨハン・ロックストローム氏から始まった。ロックストローム氏は、国連環境計画(UNEP)のオーバーシュート報告書により、世界の長期的な平均気温上昇が今後5~10年以内に、パリ協定の目標である産業革命前比1.5度を超えることは避けられないとの見方を紹介した。9月公表の2026年版「プラネタリー・ヘルス・チェック」では、地球環境の安定を支える9つのプラネタリー・バウンダリー(地球の限界)のうち、気候変動や生物多様性の損失など7つが安全な範囲を超えたことが確認されたと述べ、地球の回復力が低下し始めた兆しだと警鐘を鳴らした。

続く東京大学未来ビジョン研究センター 特任教授の石井菜穂子氏は、問われているのは経済システムの設計だと指摘した。石井氏らの研究は、エネルギー、都市、生産/消費、食料の4つのシステム転換を特定している。統合評価モデルの試算では、エネルギーだけを変えても安全な領域には戻れず、食料と資源循環の転換を重ねて初めて、安全な範囲に戻れる可能性が見えてくるという。
災害が変えた再エネの意味
セッション1では、脱炭素に加え、エネルギー安全保障や災害への備えという再エネの役割が議論された。
熊本県球磨村は2020年の豪雨で球磨川が氾濫し、橋7カ所のうち5カ所が流失。ほぼすべての集落が孤立し、解消まで最長9日を要した。復興計画に災害に強い村づくりを掲げた同村で、球磨村森電力は避難場所に指定された施設から優先して太陽光発電と蓄電池をPPA(電力購入契約)で導入した。蓄電池は集会室などの設備に接続され、停電時には自動で電気を供給する。球磨村森電力取締役の高橋充氏は「再エネをいったん取っ払って、課題は何だろうというところから入る」と語り、地域課題の解決手段として再エネを位置付ける発想を示した。

NTTデータグループ サステナビリティ経営推進本部の佐伯健氏(Sustainability Business Office部長)は、データセンターの電力需要が急増する中で、再エネ由来電力の使用率を2023年度の54%から2025年度に71%へ高め、排出量を減らしてきたと報告。その上で「AIを使うか脱炭素をするかという二択ではない」と強調し、AIとデジタルの進展を前提に、それを支えるエネルギーをどう持続可能にするかが問いだと述べた。
再エネは脱炭素のための電源にとどまらず、デジタル社会と世界経済を支える基盤になったという認識だ。データセンターの排熱をヒートポンプで高め、周辺地域に供給するドイツ・ベルリンでの事業も紹介し、電力を使う側から地域に価値を返す発想の転換もあり得ると語った。
産地と事業は切り離せない
セッション2では、脱炭素、ネイチャーポジティブ、サーキュラーエコノミーを一つの戦略として扱う実践が共有された。キリンホールディングスは生物資源、水資源、容器包装、気候変動の4テーマを、個々ではなく相互に関連するものとして環境ビジョンに掲げる。CSV戦略部長の大島健太氏は、同じバリューチェーンの中で相互に影響し合うからだと説明した。

例に挙げたのはスリランカの紅茶葉産地だ。同社によると、日本が輸入する紅茶葉の約4割をスリランカ産が占めている。産地には気候変動の影響だけでなく、生態系や農園の持続可能性という課題もある。同社はレインフォレスト・アライアンスと共同で「リジェネラティブ・ティー・スコアカード」を開発し、2024年12月から大農園1カ所と小農園30カ所で運用。水源地の保全活動も進め、2025年末までに35カ所で取り組みを実施した。
一方、大島氏は自然への取り組みを評価する難しさも指摘した。脱炭素にはCO2/トンという共通の単位があるが、自然は場所ごとに状況が異なり、同じ尺度で比べられない。それでも「見えないままにせず、とりあえず見えるようにして出す。分からなくても少しだけやってみる」ことが、前に進む糸口になると強調した。また、コウノトリと共生する農業を地域振興につなげてきた兵庫県豊岡市の宮垣均・コウノトリ共生課長は、環境と経済を両立させるには、関係者の意思と共感が欠かせないと語った。
環境リスクを財務に翻訳する
最後のセッションは、CDPジャパンの松川恵美氏の進行で、複合課題の時代に企業は何を優先し、どう判断するのかを経営の立場から議論した。
ツムラの杉井圭・代表取締役COOは、漢方製剤の原料となる生薬119種類の9割が植物の一部で、製造工程でも大量の水を使うとして「自然資本なしでは事業が成り立たない」と述べた。同社の温室効果ガス排出量の85%は、原材料調達など自社以外の事業活動に伴う間接排出(スコープ3)が占め、その大半は産地で収穫した生薬の乾燥工程に使うエネルギーに由来する。
同社は気候変動と生物多様性を別々に捉えず、事業リスクを起点に対策を検討している。例えば、生薬の産地を分散させることは、自然災害への備えだけでなく、品質の維持にもつながるという。2025年度には全役員を対象に勉強会とワークショップを行い、リスクと機会を評価して順位付けした。気候や自然のリスクは顕在化が長期で、洗い出しから漏れやすいという問題意識が背景にある。

大東建託の竹内啓・代表取締役社長執行役員CEOは、管理する約135万戸の入居者約150万人とアプリでつながっており、災害時には地域を限定して必要な情報を届けられると紹介した。2026年の熊本地震では、断水した地域の近隣で水道が使える空室を無料のシャワールームとして開放し、約750人が利用したという。
環境面では2019年にRE100に加盟したほか、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)やLCCM(ライフサイクルカーボンマイナス)住宅の供給を推進。こうした取り組みは、短期の事業性と長期の環境価値を両立させる選択だったと説明した。株式の5割超を保有する海外機関投資家との対話でも関心が高いという。
日本生命保険の岩本昌弘・環境経営推進担当部長は、熱中症による保険金の支払いがここ数年で急増し、台風や洪水による支払いも増えていると述べた。総資産118兆円を運用する機関投資家としては、個別企業の収益変化に加え、気候や自然の「劣化」が複合して利回りに及ぶシステムリスクも注視。経営を動かす最大の要因は財務影響の定量化だとし、熱中症は国立環境研究所、感染症は長崎大学と組んで2050年や2100年の見通しを算出していると紹介した。
岩本氏は「定性分析ではだめで、金額的にどうかが極めて重要」と語り、多くの企業の開示で定量分析が充実することが最も重要な解決策になる、との見方を示した。
COP31と非国家アクター
COP31では、適応資金の拡充や公正な移行に加え、化石燃料からの転換をどう具体化するかが焦点となる。COP30議長国のブラジルは11月3日、化石燃料からの転換を加速させるための国際ロードマップを公表した。各国が自主的に移行を進めるための道筋を示すもので、法的拘束力を持つものではない。
ただ、国際交渉での合意を実際の行動につなげることは容易ではない。その実行を担う企業や自治体などの非国家アクターの役割も、COP31で注目されている。気候変動アクション日本サミットでは、気候変動や自然資本、資源循環を一体的に捉え、企業や地域の取り組みに生かしていく重要性が示された。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。











