
東京・大手町の高層ビル群の一角に、約3600平方メートルの森が広がる。東京建物が開発した「大手町の森」は、単に緑を配置するのではなく、自然の森を都心に再現することを目指して2013年に完成した。植栽当初117種だった植物は208種に増え、昆虫や鳥類も数多く確認されている。森は生物多様性の保全に加え、都市の暑熱緩和や雨水貯留にも役割を果たし、施設のテナントや来訪者との接点を生む資源としても機能する。約13年を経て育った森は、どのような環境的・社会的価値を生み、その価値を不動産事業や街づくりにどう生かせるのか。大手町の森の歩みから、都市の緑が持つ可能性を探る。
「緑化」ではなく「森の再現」を選んだ開発

涼しげな木陰の合間に置かれた木製のベンチでは、人々が思い思いにくつろぐ。キッチンカーも出店し、まさに都会のオアシスといった趣の「大手町の森」。最初からここにあったように見えるが、実はコンクリートの上に人の手でつくられた森である。
コンクリートの上に土を入れ、その土地本来の環境で成立する「潜在自然植生」に基づいて樹種を選んで植えた。ただ植えるだけではない。まず都内に残る森林や緑地を調査し、自然の森をつくるための方策としていくつかの特徴を導き出した。それが、木々の密度に変化をつける「疎密」、さまざまな樹齢の木を共存させる「異齢」、常緑樹と落葉樹を交ぜる「混交」の3つである。
その方法で森が維持されることを確かめるため、実際の植栽に先立ち、「プレフォレスト」と呼ぶ取り組みを3年間実施した。千葉県君津市の土地に、実際に大手町の森の3分の1の規模で同じ計画・施工を行い、地下の状態や、樹木の密度や種類などを検証した。その結果を踏まえ、大手町の森を整備した。
完成から13年がたった森には、明るい場所と暗い場所が点在し、7割を占める落葉樹が季節ごとに森の表情を変える。 通常の緑化に比べ、コストも手間もかかる自然の森の再現だが、都市再生特別地区制度を活用し、隣接するビルの高層化を図る一方で、開発の初期段階から自然環境を事業に組み込んだ。
森が育つことで何が変わったのか

開発から13年がたち、大手町の森がもたらす効果はさまざまな側面で明らかになってきた。植物類は当初の117種から208種に増え、昆虫類は129種、鳥類13種が確認され、皇居に隣接する生物のネットワークの拠点の一つとなっていることがうかがえる。
ヒートアイランド現象の緩和という面でも、当初の予想を上回り、平均気温が敷地内で1.7度、森の周りでも0.3度の低下がみられた。また、地下には25mプール約2杯分の雨水を貯留する機能を備え、豪雨時に下水道への負荷を抑える役割を担っている。東京建物の説明によると、この雨水は植栽への潅(かん)水などに利用するほか、上階オフィスのトイレ洗浄水にも再利用している。
同社は、植物の月次調査やAIを活用した昆虫の調査アプリなどを通じて生物多様性に関するデータを蓄積している。森林総合研究所などの研究機関との連携では、温熱環境やウェルビーイングへの影響も検証中だ。同社では今後、自然の価値を可視化して管理や事業判断に生かす仕組みを整え、次の事業計画にも活用する考えだ。
自然への投資は事業価値につながるのか

こうした自然資本の整備は、事業価値にどのようにつながっているのだろうか。
大手町タワー最上部に位置する外資系ホテル「アマン東京」は大手町の森があることも進出を決めた理由の一つだという。現在は、宿泊者向けに森を紹介するプログラムを実施したり、森をイメージしたクリスマスケーキを作成したりする。「企業のサステナブルな取り組みと掛け合わせて大手町の森を発信するなど、森を有効的に活用いただいている」と森の管理、イベントなどを担当している東京建物の川嶋祥之氏は話す。
さらに、「森の市」などのイベントを開催する中で、森を通じて地方の森林関係団体や王子ホールディングスなどの企業との連携やコラボレーションも活発になっている。川嶋氏は「地方と都市の森をつなげるために、大手町の森が地方にある森の入り口のように機能してほしい」と話す。
行政などからの評価も高く、2023年にはネイチャーポジティブ実現に向けた取り組みとして環境省の「自然共生サイト」に認定された。また、2025年にはグリーンインフラ大賞で国土交通大臣賞を受賞した。
緑が生み出す環境的・社会的価値を広げる
環境省によると、日本の都市は世界の都市と比べて緑地の充実度が低く、緑地の減少傾向も続いている。一方、緑被率の向上に積極的に取り組み、都市部の気温上昇への対応を進める都市もある。
例えば、米ニューヨーク市は、樹木の枝葉が地表を覆う「樹冠被覆率」を2040年までに30%にする目標を掲げている。2026年度には市が1万8261本の樹木を植え、2016年度以降で最多となった。極端な暑さの影響を受けやすい地域を優先して植樹している。気候変動によって猛暑がより頻繁に、より激しくなるにつれ、都市部の緑地の重要性はますます高まっている。
日本でも2024年の都市緑地法等の改正や、東京都が一定規模以上の開発に緑化を求める緑化計画書制度などが設けられている。しかし、自治体による計画や開発時の緑化義務が中心で、都市全体の緑地の質や量を国の方針の下で戦略的に確保し、民間投資につなげる仕組みは弱い。同時に民間事業者にも緑地確保が収益を生み出しにくいという認識があり、これまで取り組みが限定的だったといえる。
大手町の森では森が育ったことで、暑熱や豪雨、生物多様性の損失といった都市の課題への対応に加え、施設のブランドやテナントとの関係、来訪者との接点を生む資源になるなど社会的価値も生まれている。
都市の緑化は、今や都市開発の付加的な要素ではなく、緑が持つ環境的・社会的価値をどう測り、事業に生かすかが問われる段階に入っている。
箕輪 弥生 (みのわ・やよい)
環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。
東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。 著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」(文化出版局)「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。JFEJ(日本環境ジャーナリストの会)会員。 http://gogreen.hippy.jp/










