• 公開日:2026.10.21
熱波の代償は11億ポンド超――英国の1週間で失われた2400万時間
  • Antonio Vizcaya Abdo
Photo by Thomas Kinto on Unsplash

欧州が熱波に見舞われ、最高気温が塗り替えられたというニュースはもはや珍しくない。森林火災や農作物の不作、主要河川の水位低下、医療現場の混乱といった話はよく聞かれるが、影響は職場にも及んでいる。国際エネルギー機関(IEA)によると、欧州は家庭用エアコンの普及率が20%程度、英国に至っては一桁台とのデータもあり、労働者の健康を蝕(むしば)んでいるからだ。

気候変動を研究する英国と欧州の2機関は今夏、英国の労働者を対象に、猛烈な暑さに襲われた6月の1週間について共同調査を実施。失われた労働時間と生産性を定量化し、多額の経済損失が生じていたことを明らかにした。暑さの影響は水面下でも広がっており、実際の損失はさらに膨らむだろう。企業はこれまでの暑さ対策を見直し、範囲を広げてリスクに備える必要がある。(翻訳・編集=遠藤康子)

暑さで労働時間が減少

欧州は2026年夏、記録的な熱波に見舞われた。西ヨーロッパでは6月の平均気温が観測史上最高を記録し、1991年から2020年までの平均を3度以上も上回った。月間の最高気温が塗り替えられたり、観測史上最も高い気温を記録したりする国が続出したほか、干ばつが深刻化し、山火事の拡大や医療体制の逼迫(ひっぱく)が起きた。

暑さはすぐさま人間に影響を及ぼす。とりわけ深刻なリスクにさらされたのは、高齢者や基礎疾患のある人、高温下で作業する労働者だ。病院や救急医療は増加する患者の対応に追われ、夜になっても気温が下がらず、人々は寝苦しいせいで疲労が取れない日々が続いた。

その一方で、職場や経済全般では目に見えにくい損失も蓄積していた。

英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのグランサム気候変動環境研究所と欧州地中海気候変動センター(CMCC)が2026年7月に発表した共同研究の試算で、6月に熱波に見舞われた英国では、暑さによる生産性の低下で生じた経済的損失が1週間で約11億5000万ポンド(約2414億円)に上ることが明らかになった。

同研究では、英国で働く成人1950人を対象に、2026年6月22日からの1週間の労働時間、睡眠時間、健康状態、職場環境などを調査した。その結果、1週間の労働時間が平均で0.47時間(約28分)減少していたことが明らかになった。この減少分を英国の全労働人口に当てはめると、労働時間の損失は約1600万時間、生産性の損失は7億7000万ポンド(約1616億円)になる。

労働時間が減っただけではない。「暑さを理由に丸1週間、仕事を休んだ」と回答した人は約3.6%だった。これは約125万人に相当し、800万時間の労働時間と、推定3億8000万ポンド(約798億円)の生産性がさらに失われた。

労働時間の減少と欠勤を合わせると、熱波に見舞われた1週間で失われた労働時間は2400万時間、生産性の損失は11億5000万ポンドに達する。目を見張る数字だ。

熱波による目に見えにくい損失

損失の額には驚くが、これはほんの序の口だ。暑さによる集中力の低下や作業ペースの鈍化、ミス、遅れ、業務の混乱などで低下した生産性を定量化するには異なる手法が必要なため、今回の試算には反映されていない。

損失の出所は、職場の閉鎖や従業員の欠勤ばかりではない。暑さで眠れず、睡眠不足のまま出勤すれば、集中力や判断力、体力が低下する恐れがある。屋外で働く人は、休憩の増加や勤務時間の短縮が必要になったり、安全な機械操作や作業服・保護具の適切な装着が難しくなったりすることがある。作業に要する時間が長くなれば、納期が延び、サプライヤーや顧客、請負業者まで混乱が波及していく。

また、暑さによるしわ寄せは必ずしも均等ではない。

建設業や農業、肉体労働の従事者や、高温下で作業をする人は、リスクの低い人より労働時間が大幅に減っていた。そうした労働者の多くは、勤務時間や作業環境を自分で調整することが難しく、一般的に賃金も低い。また、女性や35歳未満の労働者、基礎疾患のある人も、暑さの影響を受けたという回答が多かった。

結果的に、熱波は既存の格差を押し広げると同時に、経済損失を拡大させる可能性がある。労働者は身体に直接的な影響を受け、企業は生産性の低下や業務の遅れ、コスト増を余儀なくされる。政府は医療費の増加と税収減、公的サービスの需要増加で、追加の負担を迫られる。

企業は暑さ対策の見直しが必要

こうした研究結果を踏まえれば、企業が気候リスクの管理体制を再考すべきなのは言うまでもない。事業の運営計画や労働方針、安全衛生手順、施設管理、調達、財務リスク評価に、暑さへの備えを織り込む必要がある。暑さの影響を受けやすいのはどの職務、どの現場、どのサプライヤーなのか、猛暑が数日や数夜続いた場合にどんな状況が起き得るか、的確に把握しなくてはならない。

具体的には、勤務時間を見直す、負荷の高い作業を涼しい時間帯に移す、休憩の頻度を増やす、水分補給のタイミングや日陰、風通しのいい場所、体を冷却する手段を確保する、などが考えられる。そのためには、建物・設備に投資したり、作業ペースを落とす指示を出したり、スケジュールを再調整したり、作業の中断に関する手順を明確に定めたりする必要が出てくるだろう。

また、よりよいデータが得られれば、財務への影響を把握しやすくなる。従業員の欠勤や生産性、納期、現場事故などは定期的にモニタリングしていても、その結果を暑い時期に照らし合わせて検討している企業は少ない。データと暑さとの関連性を見極めない限り、気候に起因する損失は部門ごとに分散して発生し、通常の業務コストに紛れ込んで見逃されたままとなる。

リスクを見渡して全体像を把握

猛暑以外の気候災害でも同じことが言える。干ばつが起きれば、農業生産量が減り、食品価格が引き上げられ、産業活動にブレーキがかかる。洪水が発生すれば、住宅や工場、交通網が損壊する。山火事が発生すれば、観光客が減ったり、物流と電力供給が遮断されたりする。熱波で気温が上昇すれば、生産性が落ち、インフラに影響が及び、公共サービスへの負担が増す。

災害はそれぞれ異なる形で経済に打撃を与えるが、いずれは家計所得や企業の財務諸表、政府予算に影響が波及していく。気候変動の議論ではどうしても環境への悪影響が中心になるが、そこにこだわってばかりいると、リスクの全体像を十分に描くことができない。気候変動が経済活動を支える基本的な枠組みを揺るがし、人が安全に働ける場所はどこか、企業が安定して商品を生産・配送するにはどうすればいいのか、政府は緊急時にどのくらいの支出を求められるのか、どのコミュニティが最大の損失を被るのか、といった前提は変わる一方だ。

英国を襲った1週間の熱波で11億5000万ポンドもの経済損失が生じたというデータは、気候変動が幅広い経済に与える重圧を浮き彫りにした。熱波はいまや毎年のように発生しており、適応に向けていっそう力を注ぐか、あるいは、繰り返す混乱に耐え続けるか、企業と政府は選択を迫られている。

熱波の代償は大きい。そして、そのつけは所得の減少や生産性の低下、健康の悪化、企業と政府への財政圧力増大という形になって表れている。

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