TBSホールディングス執行役員CSO(最高サステナビリティ責任者)
TBSテレビ取締役
サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー

環境や人権を巡る社会課題の解決に、メディア企業はどんな役割を果たせるのか。JNN系列28局のキー局として「報道のTBS」とも呼ばれてきたTBSは近年、SDGsキャンペーンや報道・情報・ドラマなどさまざまなコンテンツ、さらには自ら再生可能エネルギーを生み出す事業まで、幅広くサステナビリティに取り組んでいる。その先頭に立つのが、報道カメラマンや特派員として世界の現場を歩いてきた井上波・TBSホールディングス執行役員CSO(最高サステナビリティ責任者)だ。テレビが直面する葛藤も率直に語る井上氏に、サステナブル・ブランド国際会議サステナビリティ・プロデューサーの足立直樹氏が聞いた。
ワシントンと北京で見た「社会を変える力」
足立直樹・サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー(以下、足立):井上さんはずっと報道畑を歩まれて、そこからサステナビリティのご担当になりました。米国と中国という対照的な2つの国を内側から見てこられて、今の日本の立ち位置をどうご覧になっているか、まずお聞かせいただけますか。
井上波・TBSホールディングス執行役員CSO(以下、井上):ワシントン支局にいたのは2005年から2009年で、ちょうどオバマ大統領が誕生した大統領選の時期でした。キング牧師の「I Have a Dream」の演説が1963年ですから、そこからわずか45年で歴史が動いた瞬間を目の当たりにしたわけです。演説を直接聞いた方や、あの頃に運動をした方々にも取材することができ、自分にとって非常に大きな影響を与えた出来事でした。

私は入社以来27年間報道におりまして、最初はカメラマン、その後は記者やディレクターをやってきましたが、ベースにはやはり、社会から虐げられている人に光を当てたいという思いがありました。学生時代に留学などを通じて人種差別という不条理に関心を持ってきたので、記者時代も、難民認定や子どもの虐待、犯罪被害者など、社会の中で取り残された人たちに光を当てる取材に力を入れてきました。
足立:その後、2014年から北京支局長を務められます。
井上:北京では、民主活動をする弁護士やその家族がいかに抑圧されているかなど、監視の目をかいくぐって取材しました。帰国後にサステナビリティを担当するようになりましたが、そうした思考は今も自分のベースに色濃くあります。今までは取材をして伝えることが仕事でしたが、今の立場になると、その一歩先、社会課題の解決に向けて動かす仕組みを作ることにも関われます。メディアであり報道機関であるTBSだからこそ、それができるのではないかと思いました。世間的にサステナビリティというと「環境」が注目されがちですが、ベースには人権の尊重や多様性という価値観がなくてはならないものだと思っています。
同調圧力の国・日本、弱みを強みに
足立:価値観がぶつかり合う現場を見てこられた井上さんから見て、今の日本社会はどう映りますか。

井上:やはり日本は、浮いてはいけない、輪を乱してはいけないという同調圧力が強く働きがちな社会だと感じています。サステナビリティの推進には、新しい価値観や少数派の意見を取り入れて社会を大胆に変革していくことが大事ですが、それが起きにくい。そこが日本の明確な弱みになっているのではないでしょうか。
ただ、この弱みは逆に強みに変えられるとも思うのです。一つの方向に進もうというコンセンサスがひとたび取れれば、力を合わせて進んでいく力が日本にはある。そういう前向きなエネルギーが加われば、日本はもっとサステナビリティで世界をリードできる存在になれる。そこに関わっていきたいと考えています。
足立:かつての日本にも社会的なダイナミズムがありました。今はむしろ制度が準備されているのに、問題を解決して変えていこうという力が弱くなっている気がします。
井上:すごく思います。メディアの立場からは、同調圧力に加えて教育の問題とメディアの問題が大きいと感じています。生活が安定し、日本が先進国として地位を確立していく中で、将来をもっと良くしよう、悪いところをなんとかしようという気持ちが薄れていってしまったのではないか。そうしたものを維持していく役割は教育とメディアが担うべきで、今もそれを果たせているのかという忸怩(じくじ)たる思いがあります。インターネットやSNSが台頭する中で、「オールドメディア」という言葉も出るくらい、私たちの報道がメインストリームではない世の中ができあがりつつある。そこへの焦りはすごくあります。
視聴率か、伝えるべきことか
足立:私はむしろ、玉石混交の情報があふれる今こそ、きちんとキュレーションして届ける「オールドメディア」の意味が出てきたと思っています。
井上:そこはわれわれの中でもせめぎ合いがあります。民間放送はビジネスモデルの転換期にあり、テレビを見る人が減る中でも、今なお広告費が一番の収入源で、視聴率が大事になる。視聴率のためには視聴者の関心があることを取り上げがちですが、必ずしも関心がないかもしれないけれど知っておくべきことを報道するのも私たちの役割だと思うのです。ただ、全体の中で、それを伝えられる割合が十分ではないのがもどかしい。

最近は地上波だけでなくネットも活用していて、「TBS NEWS DIG」や、経済を中心とした「TBS CROSS DIG with Bloomberg」を運営しています。系列も含めると全国に何百人もの記者がいて、自分の足で取材し、精査して発信する。いかに信頼していただける情報を提供できるかが、われわれにとっても社会のサステナビリティの方向性にとっても死活問題だと思います。
足立:社会の意識を変える力という点では、報道番組以外にも可能性がありそうです。
井上:一つ、「これは良かった」と思う事例があります。2025年に放送されたドラマ『御上先生』です。文科省のエリート官僚が高校教師となり、教育現場のリアルな課題に直面していく内容で、ヤングケアラーや「生理の貧困」といった社会問題をストーリーに織り交ぜています。エンターテインメントの力で心を揺さぶることは、私たちならではの強力なアプローチです。われわれはコンテンツ企業ですから、さまざまなコンテンツを通じて社会へのメッセージを発信していくことが重要だと考えています。
人権DDで見えた「無意識の力関係」
足立:TBSは番組を通じてだけでなく、自分たちの足元からもサステナビリティに取り組まれていますね。
井上:われわれはSDGsキャンペーン(注1)を通じて、気候変動や人権尊重などを伝え、行動を呼びかけています。視聴者に呼びかけている以上、自分たちも率先して行動しなければならない。伝える側が実践者にならなければ説得力は生まれません。“きれい事を、きれい事でなくす”ことが一番の課題です。
例えば人権です。私たちの業界の人権状況はここ数年、世間から厳しい目で見られています。特定の会社の問題ではなく、業界全体を良くしていかなければならない。何よりも、社員だけでなくスタッフも含めて一緒に働く仲間が安心して仕事ができなければ、そこから生まれるコンテンツにも説得力が持てないと自覚しています。そこで2025年12月に、TBSホールディングスおよびグループ基幹各社の全社員約4600人を対象に「社内人権デュー・ディリジェンスアンケート」を実施しました。

足立:反応はどうでしたか。
井上:回答率が87%以上でした。全く予想していなかった数字で、それだけ関心を持っているのだと実感しました。結果からは、長時間労働の問題や、社員以上に立場の弱い外部スタッフがハラスメントのリスクに遭いやすいことが改めてわかりました。今はその結果をもとに各職場でアクションプランを作ってもらっています。ベースとなる「約束」も作りました。キーワードは「挑戦は果敢に、関係はフェアに」です。グループ内やサプライチェーンとの関係の中で、発注側・受注側の無意識の力関係がハラスメントの温床になっているとわかったので、働く仲間を互いにリスペクトすることにフォーカスを当てています。
足立:調査して終わりではなく、気付きを約束やアクションプランという仕組みにしているのは素晴らしいですね。
「感動発電」再エネを物語で届ける
足立:環境面では、TBS GX(注2)の設立が大きな取り組みですね。やってみて気付かれたことはありますか。
井上:最初のきっかけは単純で、非化石証書を買うだけで環境課題を片付けるのは実感が湧かない、お金で解決するようで嫌だなと思ったのです。「みんな電力」を運営するUPDATERさんと2018年頃から一緒にやってきていたので相談したところ、営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)の話が出てきました。

それで2年ほど前、栃木県の現場を視察させていただきました。営農支援に取り組むグリーンシステムコーポレーションの阿久津昌弘社長が、炎天下で熱く語ってくださった。日本は食料自給率が低い上に肥料も海外に依存している、農家がどれだけ薄利でやっているか、この一帯の耕作放棄地を見てごらんなさい、と。太陽光発電と有機農法によって持続可能な農業を追求する、という阿久津さんの事業に大変感銘を受けました。最初は再エネを作るという発想だけだったのが、「これは一石二鳥にも三鳥にもなる話かもしれない」と思った、かなり衝撃的な体験でした。それがTBS GX設立のきっかけです。
足立:実際の発電はもう始まっているのですか。
井上:今年6月から福島県矢吹町の牧草地で発電した電力をコンテンツ制作拠点の緑山スタジオ(横浜市)に供給し始めています。面白い伝え方もしていて、日曜劇場『VIVANT』のサイドストーリー『ドラムーVIVANT THE ORIGIN STORYー』(U-NEXTで配信中)がちょうど6月に緑山で撮影されたことから、エンドロールの最後に「#感動発電」とクレジットし、登場人物ドラムのスマホ音声で「VIVANTはTBSの再エネ発電で制作されています」というメッセージを入れてもらいました。コンテンツに付加価値を付けるだけでなく、メディアならではの伝え方で視聴者にわれわれの取り組みを知ってもらって、社会全体のムーブメントにつながっていくといいなと思っています。

社会課題解決の「ハブ」を目指して
足立:最後に、メディアが持つ最大の強みは何か、そしてTBSで何を実現したいとお考えか、お聞かせください。
井上:SDGsキャンペーンを2020年から続けてきて、TBSがメディア・コンテンツ企業であることで、SDGsの目標17番「パートナーシップで目標を達成しよう」が得意だと感じています。企業、研究機関、学校、自治体、NGOなど、さまざまな方々とつながり、社会の動きを知り得る立場にあり、それをつなげる立場にもある。だから社会課題の解決においてハブになれるのではないかと思っています。自分たちだけが頑張るのではなく、課題解決に向けたムーブメントを作っていくことが重要で、そこに貢献するのが目指す姿です。

もう一つ、阿部龍二郎社長が昨年から掲げているのが、「日本をウェルビーイングのリーディングカントリーにすることにTBSが貢献する」というものです。SDGsという言葉は日本では子どもから大人まで知るほどポピュラーになりましたが、アクションにつながっていないという課題もある。そこで次のキーワードとして「ウェルビーイング」が出てきています。
SDGsがマイナスをゼロにすること、社会課題を解消することだとすれば、ウェルビーイングはゼロをプラスにすること、個人の生きがいや健康を社会に広げていくこと。これは車の両輪です。SDGsが社会のためという利他的なものだとすると、ウェルビーイングは自分が生きがいを持って働きたいという利己の実現で、この利己の実現がSDGs推進の絶対条件になる。自分が満たされれば人のためにも何かができる。ビジネスの力で社会課題を解決するという考え方ともつながります。
足立:利己的なことのほうが、社員一人ひとりには身近に感じてもらえるでしょうからね。
井上:そうなんです。社員に「SDGsをやりましょう」と言っても伝わりにくくなっている時に、「まずあなたたち一人ひとりのウェルビーイングが大切です。それを整えて、“幸福な挑戦”=失敗を恐れず挑戦できる環境を作りましょう。その上で、自分たちの仕事やコンテンツで社会を良くしていきましょう」というロジックに組み直せる。大それた目標かもしれませんが、これによって私たちが社会をより良く動かすエンジンになれるのではないかと思っています。
足立:井上さんの原点にある、社会の日陰になっている部分に光を当てるというところに、また近づいてきていますね。本日はありがとうございました。

(注1)地球を笑顔にするWEEK:TBSが2020年11月に立ち上げたSDGsキャンペーン。井上氏は会社横断のSDGsプロジェクトのリーダーとして企画を主導した。
(注2)TBS GX:TBSホールディングスとUPDATERが2025年6月に共同で設立した、グループの気候変動対策を推進する新会社「TBS Green Transformation」。再エネを新規に生み出す「追加性」を重視し、営農型太陽光発電などを手掛ける。
インタビューを終えて
足立直樹
今回、印象に残ったのは、TBSの取り組みそのものよりも、井上さんが報道記者として何を大切にしてきたのか、ということでした。そんな井上さんが報道部門からサステナビリティの仕事へ異動となったときは、「相当ショックだった」といいます。27年間、報道の世界を歩き、「一生ジャーナリストとしてやっていく」と思っていたからです。
けれど井上さんは、そこで立ち止まりませんでした。新しい立場で自分に何ができるのかを考え始めた。そして、新しい仕事の中に、これまで自分が大切にしてきたことの続きを見出していったように思います。
記者時代の井上さんが大切にしていたのは、社会の中で取り残され、なかなか世間の目に触れない人や問題に光を当てることでした。つまり、それまで見えていなかった社会課題を「可視化する」仕事です。サステナビリティの仕事では、その一歩先へ行けるのではないか。単に問題を伝えるだけではなく、それによって人が考え、行動し、社会が実際に変わっていくための仕組みをつくる。井上さんはそれを、「社会課題の解決に向けて動かす仕組みを作ることにも関われる」と語っています。
私には、これは報道から離れたというより、「光を当てる」ことから「変化を起こす」ことへ、井上さんの仕事が深化したように見えました。そして興味深いのは、井上さんがそのために、TBSというメディア企業が持つ力をかなり意識的に使おうとしていることです。例えばドラマなら、それほど関心のなかった人にも、物語を通じて社会問題を自分事として感じてもらえるかもしれない。『御上先生』はまさにその好例でしょう。
さらにTBSは、きわめて多様な主体との接点を持っています。井上さんは、その力を生かして社会課題解決の「ハブ」になり、ムーブメントをつくりたいとも語っていました。
そう考えると、問うべきなのは、テレビが「オールドメディア」なのかどうかではなく、メディアが持っている力を、今の時代にどう使い直すかでしょう。
そして、これは井上さんやメディアだけの話ではないと思います。サステナビリティに仕事として携わる私たちも、情報開示だけが仕事ではありません。自社と接点のある社会課題を見つけ、可視化し、自らもその変化の中に入っていく。自分たちの組織が持つ力を使って、変化をつくる側になる。井上さんのお話を聞きながら、サステナビリティに携わるということは、本来そういう仕事なのではないかと改めて思いました。
もう一つ感じたのは、希望です。井上さんはワシントン時代に、キング牧師の「I Have a Dream」の演説から45年を経て、アフリカ系の大統領が誕生する瞬間を目の当たりにしました。「社会は変えられる」。それは井上さん自身が、歴史の現場で実感したことでもあるのでしょう。 そして私たちも、自分たちが思っている以上に、社会に変化を生み出す力を持っている。
井上さんが新しい役割の中に可能性を見つけていった姿から、そんなことを感じたインタビューでした。
TBSホールディングス執行役員CSO(最高サステナビリティ責任者)
TBSテレビ取締役
1991年TBS入社。報道カメラマン、社会部記者、「筑紫哲也NEWS23」ディレクターなどを経て、2005年~09年アメリカ・ワシントン特派員。帰国後は外信部デスク、「報道特集」ディレクターを務めたのち、14年~18年中国・北京支局長。北京支局時代は北朝鮮取材も担当する。帰国後、社内でSDGsへの取り組みについて提案を始め、20年8月に新設されたSDGs企画部の部長になるとともに、会社横断のSDGsプロジェクトのリーダーとして、同年11月にキャンペーン「地球を笑顔にするWEEK」を立ち上げた。23年7月サステナビリティ創造センター長、24年6月サステナビリティ推進担当特任執行役員、25年1月TBSホールディングス執行役員(グループサステナビリティ推進統括)、TBSテレビ取締役。26年6月より現職。
サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー
レスポンスアビリティ代表取締役
東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。持続可能な調達など、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。









