• 公開日:2026.08.31
ファイナンス・リーダーズ
「非財務ではなく未財務」東京ガスCFOが語るサステナビリティと資本効率の両立
  • 眞崎 裕史
interviewee
南 琢

東京ガス 常務執行役員CFO

interviewer
田中 信康

SB Japan 総責任者/サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサー
Sinc 代表取締役社長兼CEO

南琢氏

サステナビリティ経営において、CFO(最高財務責任者)の役割に注目が集まっている。財務と非財務の統合や、経営資源・資本配分へのサステナビリティの反映、さらには投資家との対話における非財務情報の位置付けなど、ファイナンスの視点から取り組むべき課題は広がり続けている。サステナブル・ブランド ジャパンでは、サステナビリティ経営に財務・金融の視点から迫る新たなインタビュー企画を始動する。

初回は、CFOとしてサステナビリティ推進部門も所管するという特徴的な立場にある、東京ガス常務執行役員CFOの南琢氏。同社は創立140周年を迎えた2025年10月、新しい中期経営計画(2026〜2028年度)を発表し、ROE目標の引き上げやROIC経営の導入を打ち出した。財務規律の追求とサステナビリティの両立をどう描くのか。サステナブル・ブランド ジャパン総責任者の田中信康が聞いた。

ROE「必達」、意思ある資本経営へ

田中信康・サステナブル・ブランド ジャパン総責任者(以下、田中):これまでサステナブル・ブランド ジャパンではCSO(最高サステナビリティ責任者)の方々にお話を伺ってきましたが、今回はファイナンスの視点からサステナビリティに迫る新企画です。南さんはファイナンスとサステナビリティの両方を統括していらっしゃいますが、これを経営にどうインストールしてドライブをかけていくかというのは非常に重要な視点だと考えています。まず、2024年のCFO就任以降を振り返っていただけますか。

南琢・東京ガス常務執行役員CFO(以下、南):就任当時は、東証から資本コストと株価を意識した経営の要請を受けている状況で、PBR(株価純資産倍率)は1倍割れが続いていました。2024年度は利益水準も低く、総還元性向を引き下げたことで投資家からかなり厳しいご意見をいただいていた状況です。最優先課題は、前中計(2023〜2025年度)で掲げたROE(自己資本利益率)8%の達成でした。社長と相談し、早い段階で「必達だ」と打ち出しました。これまでROE目標の扱いは結果にこだわる姿勢が欠けていました。これを、経営の意思を持って能動的に達成するものに変えたのです。

田中:「必達」と宣言されたことで、取り組みの質も変わりましたか。

:やれることは全部やろうということになりました。一つ大きかったのは、自己資本をコントロールしなければROEは上がらないので、かつてないぐらいのエクイティマネジメントに取り組んだことです。これは結果として多額の自社株買いにつながりました。もう一つは、戦略的な価値が変わった資産を売却し、出てきたキャッシュを資本の適正化や成長投資に回すということです。事業・資産の「仕分け」を経営会議メンバー全員で議論し、優先順位を決定しました。

前中計の最終年度にはROE8%を大幅に上回る実績を達成できました。数字の達成以上に、目標をしっかり立て、意思を持って実行し、結果にこだわったことが非常に価値のあることだったと思っています。ただ、一時的な利益も含まれており、稼ぐ力が本当に伸びたかというと、まだ道半ばです。

マテリアリティを中計の「羅針盤」に

田中:資本市場と向き合うという意識が、新中計の策定にもつながっていますね。2025年にはマテリアリティも改定されましたが、これは中計との連動という点で非常に重要なポイントです。

:グループ経営理念として「人によりそい、社会をささえ、未来をつむぐエネルギーになる。」を掲げていますが、理念は大きな方向性を示すものです。中計につなげるにはもう一段階ブレイクダウンして、現場が理解しやすい言葉に落とし込む必要がありました。社長の強い思いのもと、取締役会・経営会議のメンバーで10カ月ほど議論を重ね、7つのマテリアリティを特定しました。

東京ガスグループ マテリアリティ

これらは大きく、社会課題解決のために「創出する価値」とその実現に必要な「変革」に分かれます。創出する価値として掲げた2つが、「エネルギーの安定供給とカーボンニュートラル化の両立」と「『脱炭素・最適化・レジリエンス』に貢献するソリューションの提供」。残り5つはそれを実現するための自社変革です。個々の活動がどのマテリアリティにひもづくかを見ていくことで、行動の「羅針盤」にしたいと考えています。

田中:マテリアリティはまさに生き物ですから、中計といかに連動させるかが肝ですね。新中計自体はどのような方針で策定されたのですか。

「東京ガスグループ 2026-2028年度 中期経営計画」より抜粋

:「中計は誰に向けたメッセージか」という問いに対して、今回は早い段階で投資家に向けた明確なメッセージにしようと決めました。ROEの効率目標と利益目標を同時に示し、お金の使い方をいかに効率良くしているかを示すためにキャッシュアロケーションも提示しています。ただ、それだけでは絵に描いた餅になりかねません。社内カンパニーや子会社のメンバーが目標を自分ごと化して、効率を上げながら利益を上げるために、ROIC(投下資本利益率)管理を導入しました。

ROIC浸透は「不断の取り組み」

田中:ROIC管理では事業別にWACC(加重平均資本コスト)も設定されていますが、各カンパニーの方々に理解を深めていただかないと、真の意味での資本効率は上がってきません。現場への浸透はいかがですか。

田中信康

:エレベーターに乗っていると、「今度の中計、難しいね」という声が聞こえてきたんです。私がいるのによく言うな、と思いましたが(笑)。資本市場、財務寄りの目標は実際に働く人には伝わりにくいし、伝わらなければ自分ごと化できない。真の意味での変革は、そう簡単にはできません。絶え間なく努力していかなくてはいけないところです。

田中:具体的にはどう進めていますか。

:2段階で進めています。まずPBRという会社全体の価値目標を達成するために、それを現場のアクションに結び付くROICツリーに分解し、さらに各カンパニーで個々のKPIを意識した個社のツリーを作ってもらいます。その上で、経営用語を現場の言葉に翻訳していきます。

ROEやROICと言われてわからなくても、「売上=単価×販売量だよ」などと言えば、「高く、たくさん売ればいいんだね」となる。さらに「固定費は減らさなくてはいけないから、無駄なお金を使ってはいけないよね」「どうせお金を使うなら効率よく稼ごう」と、だんだん自分ごとになっていきます。ROICを中心とした効率的な経営は、中計期間だけでなく、その先もずっと続ける不断の取り組みだと思っています。

長年築いた独自の「3つの強み」

田中:御社が統合報告書の価値創造モデルでも示されている独自の強み、つまり成長ドライバーについてお聞かせください。

:3つあります。1つ目は「顧客基盤」です。われわれはずっと、お客さまとの絆を何より大切に事業を展開してきました。電力も合わせて約1300万件のアカウントがあり、この接点は大事にしていきたいと考えています。2つ目は「エネルギーアセット」です。導管ネットワークや発電所、LNGの調達基盤は、長い時間をかけて築き上げてきたインフラであり、一朝一夕には構築できない独自の強みです。3つ目は「オペレーション能力」。経済情勢やマーケットの変化に応じて、持っている資産を最大限に生かせるかどうか。この3つに共通するのは、いずれも長い歴史の中で培ってきたものであり、短期間では築けない、ライバルがまねしにくいということです。

田中:本当に御社ならではの強みが明確にあります。

:ただ同時に、この強みも将来にわたって強みであり続けるかは課題です。競合がいきなり1300万件のアカウントを持つことは難しいですが、われわれがお客さまを失うのは簡単です。強みを維持し、マーケットの状況に合わせて変化させ続けることが非常に大事で、それがマテリアリティの考え方につながっていると思います。

成長投資と還元のキャッシュ配分

田中:キャッシュアロケーションの考え方をお聞かせください。投資1.1兆円は過去と比べてもかつてない規模です。

:キャッシュインは営業キャッシュフロー1.2兆円、資産売却等を含め計1.5兆円を見込んでいます。投資は1.1兆円で、過去の8000億〜9000億円から一段増やしました。還元は2000億円、戦略的資金として2000億円。戦略的資金というのは、今はまだはっきりとは読めない、良い成長投資案件に備えた枠です。厳選した上でそれに見合う投資が出てこなければ、自社株買いの資金にすることもあり得ます。経営としては、成長投資で良い案件が出てくることを期待していますので、その探索が非常に重要です。

田中:株主還元のやり方も変えられましたね。

:従来の総還元性向方式を改め、配当は累進配当としました。中計最終年度は140円を提示し、投資家の予見性を高めた上で、成長投資とエクイティコントロールの間で柔軟性を持たせています。

田中:投資案件の選定プロセスについても教えていただけますか。

:全投資のうち、ガス導管や既存インフラの維持投資など基盤部分が一定程度必要です。残りの投資決定については、ロングリスト、ショートリスト、投資委員会、経営会議とかなりのステップを踏みます。将来の企業価値向上と足元の経済性の両面で厳しくスクリーニングしており、「厳選投資」を強く打ち出しています。

責任あるトランジションの投資規律

田中:カーボンニュートラルのロードマップを2050年まで引いていらっしゃいますが、成長と還元のバランスを両立させながら、トランジションの投資も進めていかなくてはなりませんね。

:短期的には、2030年度にe-メタンやバイオメタン(RNG)をガス小売供給量の1%相当まで導入する目標を掲げ、準備を進めています。また、2050年に向けた発電設備の持ち方は大きな課題ですが、必ずしも自前で設備を持つこと自体は目的ではありません。パートナーシップや調達スキームの構築など、バリューチェーン全体でお客さまにカーボンニュートラルエネルギーを届けることが大事だと考えています。

田中:エネルギー企業として、トランジション期の戦略も問われます。

:2020年代後半から2030年代前半は、石炭や石油などから天然ガスへの燃料転換を進めること自体にも価値があるため、それを「責任あるトランジション」と位置付けて「安定供給」と「脱炭素化」を両立させていきます。その間にe-メタンなどの原料そのもののカーボンニュートラル化により、既存のインフラを生かしながら段階的な脱炭素化を進めていきます。

電力では、再エネ拡大に加え、2040年代以降は火力発電所の燃料となる水素の準備も一定程度必要かと考えています。ただし、どの技術が導入拡大していくか現時点で不透明であることから複数のオプションを持ちつつ、社会コストを抑えながら確実な脱炭素を実現できる手段に、規律をもって投資していきます。カーボンニュートラルに貢献する投資であっても、しっかりしたリターンがなければ厳しく選別しなくてはいけません。

「非財務」ではなく「未財務」

田中:財務の担当の方でこれだけサステナビリティについてお話しできる方には、なかなかお目にかかったことがありません。CFOがサステナビリティも所管するという体制そのものが、御社の経営の考え方を表していると思います。改めて、財務と非財務の関係をどう捉えていますか。

:サステナビリティの要素は、今この瞬間はコストです。ただ、コストではなく未来のキャッシュにつながる資産だと思えるようにしなくてはいけない。非財務という言い方がありますが、財務では「ない」のではなく、まだ財務になっていないという意味での「未財務」だと思うのです。未財務の資産への投資であり、将来リターンがあるという見方が必要です。しかし、言うは易しで、財務担当とサステナ担当の2人が別々に判断すれば当然コンフリクトが起きます。どうしても短期的な答えが出やすい財務側に視点が寄りやすくなる。だからこそ、CFOである私がサステナビリティも統括し、この2つをトレードオフではなく『一本の成長ストーリー(一体経営)』として社内外に描き、実行していく。それが私に課せられた役割だと考えています。

今年初めて選定いただいたSX銘柄2026では、カーボンニュートラルといった長期的な社会課題の解決と、企業の持続的な成長の両立に向けた取り組みをご評価いただきました。エネルギー事業者としては初の選定です。こうした資本市場からの評価や期待を社内で共有し、未財務の資産を確かな財務価値へ接続させるよう、より一層身を引き締めてまいります。

論語と算盤を時間軸で追う

田中:最後に、東京ガスの創業者・渋沢栄一の「論語と算盤(そろばん)」にも通じるCFOとしてのビジョンをお聞かせください。

:渋沢栄一は、経済は公益性があって初めて成り立つと言っています。その精神は東京ガスのDNAとしてずっと受け継がれてきました。「算盤」は短期的な目に見える財務情報であり、「論語」は社会全体に対する責任、すなわち非財務につながります。論語と算盤を追いかけることは、財務と非財務を、時間軸を持って追いかけるのと同じだと考えています。経済がきちんと成り立たなければ長期投資はできませんし、短期だけを見ていれば変化に対応できなくなる。社会そのものが健全でなくなれば、もう元も子もありません。

そしてもうひとつ、「論語」と「算盤」に加えて大切にしているのが「現場の力」です。日々の業務の中で、自分の行動が、「会社の資本効率やサステナビリティにどうつながっているのか」を結び付けて行動する。この現場の実行力こそが、真の価値創造のエンジンなのです。

私自身がCFOとして実現したいビジョンは、「企業価値向上」を財務部門だけの閉じたテーマにしないことです。グループの全てのメンバーが一体となって企業価値に正面から向き合い、成長に向けた議論ができる組織風土を創り上げていくこと。それが私の使命だと考えています。

interviewee
南 琢

東京ガス株式会社 常務執行役員CFO

1988年入社。エネルギー企画、総合企画、人事、原料調達、財務など要職を歴任、2024年より現職。財務・経理・サステナビリティ推進部を統括し、企業価値向上と脱炭素の両立、資本効率改善、統合報告の強化を推進。持続可能な成長に向け国内外のステークホルダーと協働している。

interviewer
田中 信康

SB Japan 総責任者/サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサー
株式会社Sinc 代表取締役社長兼CEO

大手証券会社にて株式、デリバティブ取引、リサーチマーケティング、人事、財務・IR、広報部門など管理部門を幅広く経験し、資本市場に長く精通。大手企業の財務・IRコンサルタント、M&Aアドバイザー、コーポレートコミュニケーション支援業務の責任者として従事。財務・非財務コンサルティングのキャリアを活かし、統合思考、情報開示の支援業務を中心に、幅広くコンサルティング業務に携わる。

written by

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。

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