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「日本最古の温泉地」といわれる道後温泉。愛媛県松山市の中心部に湧き出るその湯の歴史は、神話の時代から現代まで3000年を超える。道後温泉に関わる人々が紡いだ物語の証は街の各所に残されているが、中でも特に現代の人々の心にとどまっているのは、夏目漱石の代表作「坊っちゃん」だろう。漱石が実際に通い、作品内にも登場させた「道後温泉本館」は、明治の文豪の筆致そのままに今も堂々たる威容を誇る。
「最古」から紡いできた歴史と文化、それらを象徴する建物や景観、そして物語を次の千年へとつないでいくために。道後温泉街は「最先端」のアートや技術を取り入れながら、新たな改革に着手している。
地域主導のまちづくり
温泉街を取り巻く環境は、さまざまな要因で変化する。景気低迷、物価高騰、自然災害、感染症の流行、少子化といった外部要因から、担い手不足や施設の老朽化などの内部要因まで。温泉地として全国区の知名度を持つ道後温泉であっても、それは例外ではない。実際、2020年からのコロナ禍では宿泊者数が半減する危機的状況を迎えた。
そのような課題を解決し、より強く魅力的な地域へと成長していくための街づくりをリードしているのが、「道後温泉誇れるまちづくり推進協議会」。道後地区の旅館・ホテルや商店街、地元住民、松山市内の企業・大学などで構成する、1992年に設立された組織だ。
「推進協議会の立ち上げは、地域の課題は自分たちで解決していこう、自分たちで街を良くしていこうという思いによるものでした。直接的には、バブル崩壊後の地域低迷の兆しに対処するというのがきっかけですが、当時から強く意識していたのは、道後温泉に特有の課題である『道後温泉本館への過度の依存』です。これを解決するには、自分たちで考え行動するしかない。そしてそれができなければ、道後温泉は過去の資産を消費していくだけの観光地になってしまうという危機感がありました。今の時代はそれでいいかもしれません。けれど、次の世代につなげていこうと考えた時には、避けて通れない課題でした」
道後温泉誇れるまちづくり推進協議会の会長で、自身も道後温泉で複数の旅館・ホテルを経営する宮﨑光彦氏は、立ち上げ当時を振り返りそう語る。

明治27年(1894年)当時、老朽化していた温泉施設の改築にあたり、当時の町長である伊佐庭如矢(いさにわ・ゆきや)氏が「100年後までも他所(よそ)が真似できないものを作ってこそ、初めてものをいう」と主張して、現在の三層楼に姿を変えた。重厚感のあるたたずまいが特徴的な木造3階建てで、2種の浴室と4種の休憩室を備えている。伊佐庭氏の慧眼の通り、道後温泉のシンボルとして長く興隆を支え、1994年には公衆浴場として初めて国の重要文化財に登録された。

歴史的にも建築物としても貴重な道後温泉本館、そして温泉そのものに依存しすぎないことで、持続可能な温泉地を目指す。この、一見、矛盾するようにも見える方針を明確に打ち出したのが、2024年に発表された「道後温泉2050ビジョン」だ。
「道後温泉2050ビジョン」
「道後温泉2050ビジョン」は、道後温泉本館保存修理工事が完了し、いわゆるアフターコロナに入る際に示された、次の一手だ。これから一層加速する社会経済環境や技術基盤の変化の中で、30年後の道後温泉のあるべき姿・なりたい姿について調査・検討・討議し、今後の変化をけん引する具体的指針としてまとめたもので、その中で改めて掲げられたのが「温泉だけに依存することなく持続可能な温泉地」と、国内外の来訪者に多様なあり方で滞在を満喫してもらうための「デジタル温泉都市」というビジョンだった。


このビジョンの背景にある課題の一つが、近年の日本経済で欠かせない項目となっているインバウンド対策だ。宮﨑氏は、ビジョンとインバウンドの関係を次のように説明してくれた。
「道後温泉は他の観光地と比べてもインバウンド比率が低い。現在は13%ほどですが、コロナ禍前は4%でした。ですが、日本の人口が減少していくことを踏まえると、インバウンド対策は必須です。私たちはビジョンの中で、2050年までにインバウンド比率を50%まで上げるという目標を掲げました。では、そのような状況を実現できる街とはどのようなものなのか。そう考えて出てきたのが『温泉に入らなくても持続可能な温泉地』であり、『デジタル温泉都市』です。温泉はもちろん重要な資源であり、それはこれからも変わりません。ただ、それだけではない街づくりが今は必要ということです。温泉がなくても魅力的な街をつくった上で温泉を活(い)かしていければ、ものすごく強力な魅力を備えた街になるはずですから」
30年後、100年後を見据えた施策が、次の千年へつなぐ
宮﨑氏は、道後温泉は「再生の湯」であり、同時に「改革の湯」でもあると言う。
「古くは聖徳太子が道後の湯に漬かって『十七条の憲法』と『冠位十二階』を考えたとも言われる、これが政治改革。そして鎌倉時代には道後で生まれた一遍上人が、仏教を庶民のものにした。これが宗教改革。そして3つ目の文学の改革は夏目漱石や正岡子規によるものです。少しこじつけかもしれませんが、そうやって改革の節目に道後温泉は関わってきました。そこから、温泉というものがどうやって地域の歴史文化に根付き、発展してきたのかをひも解き、目に見えるわかりやすい形で示すことができれば、日本や海外の方々にも響く体験価値につなげることができます。世界に開かれた、日本の温泉文化を体現する街でありたいものです」
道後温泉の伝統は、温泉や歴史といった既存の資産の消費ではなく、新しいものを求め挑戦していく革新の積み重ねだ。

伊佐庭如矢氏が100年先まで残そうと挑んだ道後温泉本館は、2014年に改築120年の「大還暦」を迎えた。目の前の今だけでなく、数十年・数百年先の未来を見据えて施策を打ち、取り組むことこそが、道後温泉の伝統だと言える。
30年先を目標につくられた「道後温泉2050ビジョン」もまた、さらにその先、100年後、数百年後にまで影響する革新の種火となる可能性は十分にある。その革新は、もしかしたら千年後にまでつながる新たな物語の始まりでもあるのかもしれない。










