
「子どもの権利とビジネス原則」の原則4は、「すべての企業活動および施設等において、子どもの保護と安全を確保する」ことを企業に求めている。これは事故防止にとどまらず、心理的・性的なものを含む、子どもへの直接的・間接的な負の影響を包括的に捉えるものである。
今回は、企業の施設や事業活動、サービス提供などが子どもに及ぼし得る影響、とりわけ、従業員やビジネス関係者による子どもへの虐待や不適切行為の防止と早期発見の取り組みについて解説する。営利企業か非営利法人かを問わず、近年特に注目されているのが「子どものセーフガーディング」であり、本稿ではそれに焦点を当てたい。
子どものセーフガーディングとは、関係者による虐待や不適切行為など、子どもの権利に反する行為や危険を防止し、安心・安全な活動と運営を目指す組織的取り組みである。疑いが生じた場合の対応と、再発防止も含む包括的なものだ。
子どもの安全管理といえば、これまで製品の安全性についてはさまざまな企業努力が重ねられてきた。また、保育や習い事教室、体験活動など、子どもたちがサービス利用をする形態のビジネスでは、事故防止や感染症予防、食品管理といった安全管理を詳細なマニュアルに整備し徹底することは今や常識とも言える。
ところが、ビジネスにおける子どもの虐待と搾取は見過ごされがちである。子どもが被害を受けても、その声が企業利益や組織防衛、大人の都合を優先する風土の中で十分に聞き取られず、問題が長期間見過ごされてきたと指摘される事例は少なくない。
なぜ企業にセーフガーディングが必要なのか
国内外を問わず、体罰や暴言、差別的な扱い、性的虐待などが、教育、保育、スポーツ、文化芸術、福祉など、子どもと密接に関わる分野で繰り返し発生してきた。日本でも、エンターテインメント産業における長期かつ大規模な性加害問題を契機に、組織が子どもや若者を守る責任が改めて問われている。国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会による日本の調査報告書でもこの問題に触れつつ、企業が子どもの権利に及ぼす影響についての理解が低いことや、人権リスクに対処する責任を十分果たしていないことなど、構造的な人権課題があると指摘している。

そうした問題の多くは、子どもの成長や安全を支える立場にある指導者や専門職が、その権限や信頼関係を悪用して起きている。しかし、これらを個人の資質や倫理観の欠如だけに帰すべきではない。被害の訴えを受け止める仕組みがなく、周囲が違和感を覚えながらも声を上げられなかった結果として、長期間にわたり見過ごされてきたケースも少なくない。企業や組織には、問題発生後の対応だけでなく、被害を未然に防ぐ仕組みづくりが求められる。
多くの企業では、すでに人権方針やコンプライアンス方針、ハラスメント防止規程などが整備されている。しかし、そこに子ども特有の脆弱性や、子どもとの関わりの中で生じ得るリスクへの視点が十分に組み込まれているとは限らない。すでに人権やコンプライアンス、リスク管理の仕組みが整っている企業であれば、そこに子どものセーフガーディングの視点を組み込むことで効果的な運用が期待できるだろう。
企業が押さえるべきセーフガーディングの基本
基本的な考え方
子どもは発達段階にあり、大人との間に存在する権力格差の影響を受けやすく、また負の影響が長期にわたって子どもたちの人生に影を落とすこともある。企業はその施設や事業、サプライチェーンなどにおいて、直接・間接に子どもの安全に影響を与えるため、意図しない形でも人権を侵害してしまう可能性がある。そのため企業は、自社の活動の中で子どもとの接点やリスクを把握し、行動規範や研修、通報・相談体制などを通じて予防と早期発見の仕組みを整えることが求められる。
対象となる「子ども」の範囲
企業活動においては、直接・間接を問わず影響を及ぼし得る広範囲の子どもを保護の対象として捉える必要がある。しかし、原則4に関しては、主に次のような子どもたちを優先して、その安心・安全を確保する仕組みを整えることが求められる。
・サービスの利用者・消費者としての子ども
・就業可能な条件下で働く子ども
・企業の従業員や委託先・連携先の関係者と接触する子ども
・営業時間内外を問わず、企業の施設や設備を利用・訪問する子ども
想定されるリスク
原則4が対象とするリスクは多岐にわたる。代表的なものは以下の通りである。
(1)事故リスク
• 対象施設や子どもの就業環境での事故
• 危険な労働
(2)虐待・搾取のリスク
• 従業員や委託先関係者等による虐待や不適切行為(身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクトなど)
• 搾取や不当な扱い(経済的搾取のみならず、立場の悪用や私利私欲のために子どもを利用することなど)
求められる対応
「子どもの権利とビジネス原則」が策定された2012年当時は、「セーフガーディング」という概念は現在ほど広く認知されていなかったが、原則4が企業に求める責任は、今日注目されている「子どものセーフガーディング」の考え方と重なる部分が多い。セーフガーディングの詳細については関連するガイドブック(下記のリンク参照)などにまとめられているが、主に次のような取り組みが必要とされている。
(1)法人としての責任の明確化
• 子どもの安心・安全を守る組織としての責任を明確に示す
• 従業員などの行動規範の策定と周知
| <行動規範とは> 子どもの保護に関する行動規範――事業において、子どもと接触をもつ個人に対して期待する行動の詳細なあり方を定めた文書。子どもへの暴力、搾取や虐待に対する、企業としてのゼロトレランス(不寛容)方針を実現するものである。「子どもの権利条約」とその選択議定書を枠組みとして用い、暴力、搾取や虐待からの子どもの保護の促進を目指すもの。 (「子どもの権利とビジネス原則」6ページから引用) |
(2)人材管理(採用・教育)
・従業員の採用時のバックグラウンドチェックなど適切な人選手続き
・ 従業員および委託・連携先への教育と研修
(3)リスク評価と安全な環境の確保
• 事業活動が子どもに与える影響の特定
• リスク削減と予防・安全管理
(4)通報・対応メカニズム
• 子どもや保護者にとって利用しやすい相談体制の整備
• 事案発生時の公正な調査・対応・対象者の処遇
• 再発防止
組織に根付かせるために
多くの企業では、子どもの権利やセーフガーディングへの関心は、サステナビリティ部門や広報部門など、社会課題や人権課題を担当する部署から生まれることが多い。しかし、子どもの人権保障は理想として掲げるだけではなく、組織の仕組みの中に組み込まれて初めて機能する。そのため、上記のような部門だけではなく、コンプライアンスやリスク管理、人事などの管理部門との連携が不可欠である。
さらに、組織文化や慣習を見直し、子どもの声に耳を傾けながら、サプライチェーンや連携先を含めた継続的な予防・改善の仕組みを構築していくことが求められる。
子どもの安全と尊厳を守る社会のために
全ての子どもには、暴力や虐待、搾取から守られ、安全に学び、遊び、挑戦しながら成長する権利がある。その権利を守ることは、子どもに関わる専門職だけの責任ではなく、社会を構成する全ての組織と大人たちに共通して求められる責任である。一人ひとりの子どもが尊重され、安全で守られていると実感できる社会を実現するために、企業や団体が果たす役割はますます重要になっている。原則4の実践は、単なるリスク管理や法令順守にとどまらない。子どもたちの尊厳と可能性を守り、安心して未来への希望を描ける社会を築くための取り組みなのである。
| <参照サイト> セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 子どものセーフガーディング・サイト https://www.savechildren.or.jp/about_sc/quality1.html 子どもと若者のセーフガーディング 最低基準のためのガイド https://www.savechildren.or.jp/news/publications/download/2020_CS_guide.pdf United Nations. 2024. Visit to Japan – Report of the Working Group on the issue of human rights and transnational corporations and other business enterprises. https://docs.un.org/en/A/HRC/56/55/Add.1 |

金谷 直子
公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン セーフガーディング推進室 スペシャリスト
英米の大学院にて開発プロジェクト・マネージメントと、臨床心理学の修士課程をそれぞれ修了。国際NGOセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンに入局後は、アフガニスタンの教育支援事業や東日本大震災の復興支援をはじめ、国内外の子ども支援に長年取り組んできた。現在はセーフガーディングの専門家として、同法人内のセーフガーディングの強化に取り組みつつ、国内各所、諸団体でのセーフガーディングの普及に努めている。 著書・制作物として、『子どもと若者のセーフガーディング~最低基準のためのガイド』(制作・執筆)、『子どものセーフガーディングに関する申し立ての管理と対応』和訳版(制作)に携わる。












