• 公開日:2026.10.01
【日本企業の“当たり前”はなぜ伝わらないのか】第2回 自然を大切にしてきた日本企業が「自然資本」に悩む理由
  • ピケット 奈津美

本連載では、約15年間の海外生活と国際的な職場での経験、そして現在の日本企業へのサステナビリティ支援を通じて感じる「見えない文化の違い」をひも解いています。

前回は、日本企業が大切にしてきた「誠実さ」と、グローバルで求められる「透明性」の違いについてお話ししました。今回は、日本企業の「自然との向き合い方」について考えてみたいと思います。

自然は「共に生きるもの」

Image credit : Unsplash

日本では、四季が暮らしや食文化に深く根付き、「季節をいただく」という感覚があります。その感覚はビジネスにも表れ、季節そのものが商品となり、人を動かし、経済を動かしています。

こうした自然との距離の近さは、日本人の自然観そのものにも表れています。その背景には、「八百万(やおよろず)の神」という考え方があります。自然のあらゆるものに神が宿ると考え、敬意を払い、共に生きる存在として捉えてきました。

企業を訪問すると、その価値観は今も息づいています。工場周辺の清掃や植樹、水源保全などを長年続けている企業は少なくありません。それを特別な活動ではなく、「地域で事業を続けるなら当然のこと」と話す担当者も多くいらっしゃいます。

私は、日本企業が自然への取り組みに遅れているとは思っていません。むしろ、自然と共に事業を続けてきた経験そのものが、大きな強みだと感じています。

一方で、私は米国の大学でビジネスを学び、現地で働く中で、「自然を資本として捉える」という考え方にも大きな違和感はありませんでした。私が接した企業では、「この事業はどの自然に支えられているのか」「その自然が変化すると事業へどのような影響があるのか」を整理し、どこへ投資し、どのリスクに備えるべきかを考えることが、自然な経営判断の一つだったからです。自然との関係を、いかに合理的に把握し、管理するかという考え方が根付いていたように思います。

日本企業を支援するようになって、「自然資本って何から始めればいいのでしょうか」という声を聞くたび、最初は少し不思議に感じました。自然をこれほど大切にしてきた企業が、なぜ戸惑うのだろうと思ったのです。

しかし、ご支援を重ねる中で、自然を大切にする取り組みは数多くある一方、それらを「事業と自然との関係」という経営の視点で整理する機会は、これまであまり多くなかったのではないかと感じるようになりました。だから私は、「自然を大切にしてきた企業ほど、自然資本経営の土台はすでにある」と感じています。

最初に取り組むのは、「全体を俯瞰すること」

自然資本対応というと、全社の事業や原材料、拠点について、一つずつ詳細に調べなければならないと思われがちです。しかし、実務では詳細な分析から始めることはほとんどありません。

まず行うのは、自社の事業全体を俯瞰(ふかん)し、「どの事業がどの自然に支えられ、どこで自然への影響が大きくなりそうか」を一枚の地図として描くことです。企業をご支援していると、この関係を社内で共有できる形で整理できている企業は、決して多くありません。

必要な情報の多くは、すでに社内にあります。水使用量は環境部門、原材料の調達先は調達部門、設備や取水に関する情報は施設管理、災害リスクはBCP担当というように、それぞれの部門が日々の業務に必要な情報を管理しています。

実際にヒアリングを進めると、環境部門、調達部門、BCP担当と担当部署が次々に変わります。情報が不足しているのではなく、それぞれの部門で管理されているため、事業と自然との関係を全体像として捉えたことがない企業も少なくありません。

例えば、一つの工場であれば、どこから水を取水しているのか、水資源にはどのような課題があるのか、洪水や渇水が起きたときにどの工程へ影響が及ぶのかを整理します。

自然資本対応の第一歩は、新しいデータを集めることではありません。社内に点在している情報を、「事業と自然との関係」という一枚の地図に描き直すことです。

全体が整理できたら、優先順位を決める

Image credit : Unsplash

全体像を整理したら、次はどこから詳しく見ていくのかを考えます。限られた人員や予算の中で、全ての事業や拠点を同じ深さで分析することは現実的ではありません。その際、自然との関係だけでなく、事業にとって重要な拠点や原材料がどこに集中しているのかも確認します。実際のご支援では、

「生産量が最も多い工場はどこですか」
「生産が一つの拠点に集中していませんか」
「主要な原材料は、どこから調達していますか」

といったところから整理を始めます。

例えば、水の管理の場合。水使用量の数字だけを把握していても、事業全体の水の流れは見えてきません。どこで、何のために使われているのか。製品に使われるのか、設備を洗うためなのか、冷却なのか。使用した水は蒸発するのか、排水になるのか。その排水はどのような処理を経て河川や海など自然環境へ戻るのか。

こうした一連の流れを整理して初めて、事業と自然との関係が見えてきます。

自然資本経営は、詳細な分析から始まるものではありません。まず事業全体と自然との関係を描き、その上で、どこから整理していくべきかを考える。私は、この順番こそが自然資本経営の第一歩だと考えています。

自然への敬意を、経営判断へ

多くの日本企業は、地域の自然との関係を大切にしながら、長く事業を続けてきました。一方で、その自然が事業をどのように支え、変化したときにどのような影響が生じるのかという形では、十分に整理されてこなかった企業も少なくありません。

自然資本経営への第一歩は、新しい環境活動を始めることではありません。

「自然を大切にしています」と伝えるだけではなく、「私たちの事業は、この自然に支えられている。だから、この変化に備えて、このような判断をする」と説明できるようになること。新しい価値観を取り入れるのではなく、これまで大切にしてきた自然への敬意を、事業との関係を踏まえた経営判断へつなげること。

私は、それこそが日本企業らしい自然資本経営なのだと考えています。

written by

ピケット 奈津美

株式会社ニューロマジック サステナビリティソリューションズグループ チームリーダー

サステナビリティ戦略とESG情報開示を専門とし、日英両言語でのビジネスコミュニケーションを強みとする。国際貿易学を学び、医療・教育支援のボランティア活動や約15年間の海外生活を通じて、多様な文化や価値観への理解を深めた。GRI公式トレーニングを修了。日本企業のサステナビリティ戦略策定やGRI・TNFDを活用した情報開示、外部評価への対応、企業向け研修などを通じて、企業のサステナビリティ推進を支援している。

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