
気候変動対策の不備を理由に訴えられるのは化石燃料を扱う企業だけ、という時代は終わったようだ。企業を相手取った気候変動訴訟は増加しており、2015年のパリ協定以降はペースが加速している。2026年データによれば、被告企業は銀行や小売り、不動産のほか、温室効果ガス排出量の多いサプライチェーン下流にも及んでいるという。(翻訳・編集=遠藤康子)
被告となり得る業界が拡大
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの英グランサム気候変動環境研究所が2026年6月に発表した、気候変動訴訟の世界的動向をまとめた報告書「Global Trends in Climate Change Litigation report」によると、1986年以降に起きた気候変動訴訟は3600件を超えたという。そのうちの4分の3以上は、2015年のパリ協定以降に提訴されたもので、事例が確認された国は10年前の17カ国から62カ国に増加。2025年だけでも新たに249件の訴訟が起きた。
とはいえ、企業により関係が深いのは、訴訟がこれからどの方向へ展開していくかという点かもしれない。
このところ多く見受けられるのが、気候に関して野心的かつ制度的な変化をもたらすことを狙い、市民や団体が企業を相手取って起こす戦略的訴訟だ。その数は2025年の1年間で50件以上。2015年から数えると434件に達した。被告企業の分野も、エネルギーや金融、輸送、不動産、消費財などに拡大し、温室効果ガス排出量の多いサプライチェーン下流にも訴訟の手が伸びつつある。
企業のサステナビリティ責任者はこうした流れを注視した方がいい。
気候変動訴訟はいまや、化石燃料というごく限られた業界に偏った問題として片付けることができなくなった。規制や投資判断、製品の表示や説明、インフラ計画、企業ガバナンスといった面でも気候への配慮がなされるようになり、法的リスクが生じ得る接点が増えているためだ。
分散化する法的リスク
報告書の指摘でとりわけ注目に値するのが、訴訟の切り口が幅広くなっていることだ。
環境負荷やガバナンス、グリーンウォッシングなど、企業が訴えられる理由はさまざまある。グリーンウォッシング関連だけでも、2015年以降に起きた訴訟は少なくとも226件。さらに、気候変動への適応不備や企業方針ならびにガバナンス変更を求める訴訟なども活発化している。
新たな争点も生まれている。データセンターやプラスチックに関連した訴訟が起きていることも報告書では明らかにされ、法的な争点が気候政策や気候投資の移り変わりに追随していることが分かる。
サステナビリティ部門はこれまでになかったリスク環境を扱うことになる。「うちの会社は油田を持っていないから、気候変動に関する法的リスクとは無縁だ」などと言ってはいられない。資金調達、仕入れ、インフラ、広告、製品戦略などを巡る意思決定はいずれも、気候変動に関する法的リスクにつながる可能性があるのだ。
従って、法的リスクを把握するためには視野を広げ、組織を俯瞰(ふかん)する必要も出てくる。重要な意思決定のどこに気候要因が含まれているか、どのような環境アピールを発信しているかといったことを理解しなくてはならない。
グリーンウォッシング批判は裏付けで防止
分かりやすい例の1つがグリーンウォッシングだ。
報告書によると、判決が下ったグリーンウォッシング関連訴訟のうち、原告の勝利で終わったケースは65%を超えている。しかし、グリーンウォッシング関連訴訟の年間件数は、2023年が58件、2025年が31件と減少傾向にある。その背景には、十分な裏付けのない環境アピールにはリスクが伴うことを企業側が以前より自覚するようになったことなど、いくつか理由が考えられるという。
だからといって、批判を恐れて発信を控えるグリーンハッシングで気候訴訟リスクが消滅するわけではないと、報告書はくぎを刺す。そして、客観的なデータに基づいて情報を開示する方が、訴訟を避ける上では有効だとしている。
環境アピールについては今後いっそう、エビデンス、ガバナンス、実施計画を連動させなくてはならない。目標を掲げるなら、実現に向けた確実な道筋を描くこと、製品に関する表示や説明には、その結論に至った分析や検証の手段を示すことが必要だ。
株主が原告となるケースも
報告書の指摘によると、気候変動に関連する戦略的訴訟のうち、金融機関や国営企業が被告となったケースは2015年以降で累計42件。そのうちの40%超は2023年以降に提訴されていた。保険会社と株主が原告となり、異常気象に起因する損失回収を求めるケースも出ており、規制当局は企業による気候リスクと環境リスクの評価について対策に乗り出している。
こうした状況を受け、サステナビリティ部門が自らの責任と見なしていなかった領域にも、気候変動訴訟の影響が及び始めている。サプライヤーのデューデリジェンスや資本配分、適応計画、環境影響評価、対外アピールなども、法的な側面をはらむ恐れがある。となると、サステナビリティ部門と法務部門が個別に動いていてはうまく対応できないため、法務、リスク管理、財務、事業運営、広報、サステナビリティなど異なる部門が連携していかなくてはならない。
訴訟戦略から期待を読み取る
気候変動訴訟では、企業側が訴えを起こされてから対応を慌てて協議するケースが目立つ。しかし、訴訟の引き金となった決定はすでに下されているため、後の祭りだ。
気候リスクは投資判断に適切に反映されているか。環境アピールは証拠を提示して擁護できるか。移行計画は実際の資本的支出とかみ合っているか。物理的な気候リスクを念頭に置いた資産計画になっているか。サプライチェーンと市場全体に潜むリスクは把握できているか――。これらはどれもサステナビリティに関係した問いであると同時に、法的ならびに財務的な帰結を伴う問いにもなりつつある。
世界各地で気候変動訴訟が繰り広げられ、訴訟戦略の越境も加速中だ。裏返せば、気候変動対策について企業が何を期待されているのかをサステナビリティ責任者が探れる状況でもある。そのシグナルを早い段階で察知すれば、より良い意思決定が可能になり、法廷で弁明を迫られずに済むかもしれない。
気候変動訴訟は世界的な気候ガバナンスの一部として定着するに至った、と報告書は結んでいる。
| <参考資料> ・「Global trends in climate change litigation」 https://www.lse.ac.uk/granthaminstitute/wp-content/uploads/2026/06/Global-Trends-in-Climate-Litigation-final.pdf |













