
本連載では、約15年間の海外生活と国際的な職場での経験、そして現在の日本企業へのサステナビリティ支援を通じて感じる「見えない文化の違い」をひも解いています。
前回は、日本企業が大切にしてきた「自然との向き合い方」と自然資本対応との違いについてお話しました。今回は、日本企業が古くから重んじてきた「三方よし」と、近年求められる「ステークホルダーエンゲージメント」について考えてみたいと思います。
三方よしの精神は、今も企業の中にある

「売り手よし、買い手よし、世間よし」
近江商人の精神を表す言葉として知られる「三方よし」は、利益だけを追い求めるのではなく、相手や社会との関係を大切にしながら事業を続けていく考え方です。
私がこれまでご支援してきた企業でも、地域との関係やお客さまとの信頼を大切にする姿勢など、人との関係を大切にする考え方が日々の仕事に根付いていることを感じます。
その一方で、ステークホルダーエンゲージメントの話になると、
「何をすればいいのでしょうか」
という相談を受けることがあります。
実際、ご支援する企業を見てみると、お客さまアンケート、仕入れ先への調査、地域住民への工場説明会、従業員満足度調査など、すでにさまざまな対話が行われています。
では、なぜ戸惑うのでしょうか。
私がご支援する中では、その背景に、会社全体として誰と向き合い、その声を経営へどう生かすのかが整理されていないことがあるように感じます。
「誰と向き合うのか」を整理する
企業の周りには、お客さま、従業員、株主、取引先、地域住民、行政、金融機関など、多くの関係者がいます。さらに、原材料の生産者や物流事業者、協力会社など、事業を支え、あるいは事業から影響を受ける人たちもいます。
私がご支援する中でも、それぞれの部門は日々関わる相手をよく理解している一方、それらを会社全体でつなぎ、「私たちの事業は誰との関わりによって成り立っているのか」を整理する機会は、あまり多くないように感じます。
私は、こんな質問から始めます。
「皆さんにとって、ステークホルダーは誰ですか」
「お客さま、従業員、株主でしょうか」
そこで、
「商品は誰が運んでいますか」
「原材料は誰が供給していますか」
「工場の近くには誰が暮らしていますか」
と一つずつ考えていくと、物流会社や地域、仕入先など、普段から関わっている相手が少しずつ見えてきます。
「経営として向き合う相手」という視点で整理すると、それまで部門ごとに捉えていた関係がつながり、会社を取り巻く全体像が見えてきます。
全体像が見えると、進む方向を決められる

全体像が分かると、「今、会社として誰と向き合う必要があるのか」「その人たちから何を知る必要があるのか」を考えられるようになります。
これは、「重要ではないステークホルダー」を決めるという意味ではありません。それぞれの部門が築いてきた関係は、これまでと同じように大切です。
一方、経営には、限られた時間や人員、予算の中で、誰の声をより丁寧に聞き、経営判断へ生かすのかを考える視点が必要です。企業が人や社会へ与える影響と、ステークホルダーから事業が受ける影響などを踏まえながら、どこに力を入れるのかを決めていきます。
方向が定まると、今ある対話の見え方も変わります。
地域住民との説明会では、伝えるだけでなく、もう少し地域の声を聞いた方が良いかもしれない。取引先への調査では、人権や環境に関する設問を加えた方が良いかもしれない。お客さまアンケートも、商品改善だけでなく、会社としてお客さまとどう向き合うのかという視点で見直すことができます。
今ある対話を、経営の仕組みへ
ステークホルダーエンゲージメントの第一歩として、私は、今行っているアンケートやヒアリング、説明会を一度並べてみることをお勧めしています。
誰に、何を聞いているのか。何のために行っているのか。集めた声は、その後どこで使われているのか。
一つずつ確認していくと、
「全体像って、こういうことだったんですね」
「同じ方へ何度もアンケートをお願いしているので、整理できそうですね」
という話になることがあります。
同じ相手に複数の部門から似たアンケートを送っていれば、一つにまとめられるかもしれません。説明会も、会社として何を知りたいのかが明確になれば、内容を見直すことができます。
これは、サステナビリティのために業務を増やすというより、今ある業務を会社としての方針に沿って整理し、より生かせる形にしていくことだと思っています。重複や無駄を減らしながら、対話の質も高められます。
さらに、「誰と、何のために対話するのか」「集めた声をどう経営判断へ生かすのか」が共有されていれば、担当者が変わっても方針はぶれません。個人の経験に頼らず、会社として対話を続け、改善できる仕組みになります。
三方よしを、次の時代の経営へ
三方よしは、「社会を大切にする」という価値観です。ステークホルダーエンゲージメントは、その「社会」が具体的に誰なのかを捉え、誰とどう向き合い、その声を経営判断へ生かすのかを考えるものです。
私はこれを、三方よしの価値観を今の経営に生かしていく考え方だと捉えています。
これまで培ってきた関係や対話を整理し、会社として進む方向を決め、今ある業務を見直していく。そうすることで、担当者が変わっても方針がぶれず、対話から得られた気付きが経営判断に生かされ、より良い事業や関係づくりにつながっていきます。
新しい取り組みを増やすのではなく、すでにあるものを生かしながら、会社としてより良い形へ進化させていく。 私は、それこそが三方よしの価値観を生かしながら、日本企業らしい経営を次の時代へつなげていくことなのだと考えています。

ピケット 奈津美
株式会社ニューロマジック サステナビリティソリューションズグループ チームリーダー
サステナビリティ戦略とESG情報開示を専門とし、日英両言語でのビジネスコミュニケーションを強みとする。国際貿易学を学び、医療・教育支援のボランティア活動や約15年間の海外生活を通じて、多様な文化や価値観への理解を深めた。GRI公式トレーニングを修了。日本企業のサステナビリティ戦略策定やGRI・TNFDを活用した情報開示、外部評価への対応、企業向け研修などを通じて、企業のサステナビリティ推進を支援している。













