Sponsored by 農林水産省

標高900mに迫る山の斜面を、段々畑にもせず「斜め」のまま耕す―。徳島県西部の2市2町に広がる「にし阿波の傾斜地農耕システム」は、400年以上受け継がれてきた急傾斜地の農法で、2018年に世界農業遺産に認定された。効率とは対極にあるこの営みは、サステナビリティに取り組む企業やビジネスパーソンに、どんな示唆を与えてくれるのだろうか。農林水産省・世界農業遺産等専門家会議の委員を務め、「ベジアナ(野菜をつくるアナウンサー)」として全国千を超える市町村を訪ね歩いてきた農ジャーナリスト・小谷あゆみ氏に、にし阿波の魅力と、都市と農村が出会うことで生まれる価値を聞いた。
農ジャーナリスト/フリーアナウンサー
農林水産省・世界農業遺産等専門家会議委員
「推し活」から専門家委員へ
――小谷さんが農の世界に入る原点は、石川テレビのアナウンサー時代にあったそうですね。まずは「ベジアナ」誕生のきっかけから教えてください。
ローカル局のアナウンサーだった頃、能登の棚田オーナーになって、田植えから稲刈り、はざ干しまで、米作りの一部始終を自分で体験し、撮り続ける番組コーナーを持っていたんです。取材から出演まで一人でこなす、いわば「一人DASH村」のような企画ですね。
夕暮れどき、山の上から棚田を撮影していると、農作業を終えて軽トラのドアを閉める音が谷に響いて、点在する民家に明かりがともる。水を張った一枚一枚の田んぼが夕日を映してきらめき、稲が風にそよぐ。その原風景に、胸がじわっと熱くなりました。農家は食料を作るために田んぼを耕しているわけですが、先祖代々のその営みが、映像に収めたくなる景観をつくり上げている。農家ってすごいなと思いました。
――そこから世界農業遺産に出会うわけですね。
きっかけは、世界農業遺産を日本に広めた武内和彦先生との出会いで、以前、農林水産省の畜産部会でご一緒する機会があったんです。2011年に能登と佐渡が日本で初めて認定され、自分が感動していた能登の里山が国連食糧農業機関(FAO)に評価されたと知りました。それからは「推し活」ですよ(笑)。2020年に世界農業遺産等専門家会議の委員に加えていただいた時はうれしかったです。厳しい土地条件から恵みを取り出す。これぞ私が求めていた理想の農業の形だと思いました。

――世界農業遺産は、サステナビリティの文脈でも注目されています。
世界農業遺産は、後のSDGsにもつながる持続可能な開発の議論が進められた2002年のヨハネスブルク・サミットを契機に始まりました。FAOは、飢餓や貧困をなくし、地球の食料を支えるには、地域固有の伝統的な家族農業が重要で、これを守らねばならないという発想から世界農業遺産が生まれました。
認定には5つの基準があります。「食料及び生計の保障」「農業生物多様性」「地域の伝統的な知識システム」「文化、価値観及び社会組織」「ランドスケープ及びシースケープの特徴」。この5つを一つの「システム」とみなします。
SDGsの土台は自然資本で、17目標を個別に捉えるのではなく、自然資本が持続可能でないと、社会資本も経済資本も成り立たない。その自然から恵みをいただき、共生しながら何百年も続いてきた地域の営みに光を当てるのが、世界農業遺産です。
「日本昔話」との出会い
――にし阿波(美馬市・三好市・つるぎ町・東みよし町)を初めて訪れた時の印象を教えてください。
まだ認定前でしたが、徳島での仕事に合わせて、レンタカーで山道を分け入って、落合集落(三好市)を見に行ったのが最初です。雨の朝靄(もや)の中に集落が浮かんで見えて、まるで「日本昔話」の世界、この世のものとは思えない光景でした。
-1-1024x680.jpg)
対岸から見ると、山の斜面に畑があって、茅葺(かやぶき)の民家や屋敷林がポツンポツンと点在し、立体的なマップのように山の暮らしが見えるんですね。国内外の農業遺産を訪ねていますが、にし阿波は私にとって「絶景の農業遺産ベスト5」に入ります。
動く「生きている遺産」
――2023年には、つるぎ町の猿飼(さるかい)集落で傾斜地に暮らすご夫婦を取材されています。
最大40度の斜面で80年暮らしてこられた西岡田さんご夫妻ですね。世界農業遺産は、変化を続ける「生きている遺産」と言われますが、お二人はまさに「動く生きた遺産」。暮らし方も格好も農機具も、伝統的な農業遺産そのものです。「種まきも刈り取りも一人ではできない」と、畑へ行くのもいつも一緒で、人柄もよく、すごく絵になるので、取材や視察も多いそうです。部屋中のふすまに取材記事やポスターが貼ってあって、お宅がまるごと博物館です。

――景観だけでなく、そこに暮らす人こそが遺産だと。
世界農業遺産は農産物への認証ではなく、農業を軸にその土地でどう生きるかという「農業システム」への評価です。地形や気象条件を生かす知恵や技といったストーリーが宝なんですね。そばの実を粉にせず、粒のまま食べる郷土料理「そば米雑炊」はおいしくて絶品なのですが、水田のない土地ゆえの工夫であり、お米への憧れも彷彿(ほうふつ)とさせます。地域の農家は、農業遺産における「人間国宝」だと私は思っています。

斜面が生む先人の知恵
――にし阿波の農法の独自性は、どこにあるのでしょう。
やはり斜面を「斜めのまま」耕すことです。段々畑にしないと普通は土が流れてしまいそうですよね。その工夫として、茅をすき込んで土を留め、耕すときは必ずサラエで下から上へ土を持ち上げます。円すい形に束ねた茅は「コエグロ」と呼ばれ、保存します。化学肥料のない時代から続いてきた地域資源の活用で、手間がかかると遠ざけられてきましたが、輸入資材の高騰など外部環境に左右されません。これがサステナブルです。

――防災や減災の観点からも意味がありそうです。
元々、にし阿波の急傾斜地は、地すべりや崩落の跡地に人が住みついたのが集落の起源だそうです。北側と南側の斜面で特徴が異なり、それに合わせて農業を続ける知恵と技が蓄積されてきました。近年、土砂災害が多発していますが、災害が起きることを想定しつつ、自然資本を生かして災いを恵みに変えてきたのが日本の農山村で、秘境ゆえにこの伝統知が継承されてきました。
農業には農産物の生産だけでなく、国土の保全などの「多面的機能」と呼ばれる働きがありますが、世界農業遺産の認定によって、その価値が科学的な知見も踏まえて国際的に認められたことをもっと知ってほしいと思います。
企業と地域が出会う意味
――サステナビリティに関心の高い企業やビジネスパーソンにとって、にし阿波はどんな存在になり得ますか。
企業でもSDGsやESGが重視される中、世界農業遺産はSDGsにも通じる理念を持っており、地域との関わりを通じてSDGsへの貢献にもつながります。農業遺産のシステムが生み出しているのは農産物だけではありません。実際に「人が行く」体験に価値があると思います。農業の多面的機能は、心の癒しや教育的な効果もあり、社員が一緒に農作業することでチームビルディングにもなります。農家と語らう、交流が最大のイノベーションです。
――具体的には、どんな接点が考えられますか。
都市の人にとっては、伝統的な農山村の暮らし自体、“異世界”です。にし阿波は農家民泊も盛んですから、農作業で心地よい汗をかいてウェルビーイングを高め、地元ならではの料理や地酒を味わう。国内でできる異文化体験はモチベーションアップになります。ビジネスでは短期で「答え」や成果を求めがちですが、農の魅力はもっと奥深い。まず行って体験して、地域の特徴や課題を知れば、おのずと次のステップが見えるはずです。
次世代へつなぐ教育の力
――認定を一過性で終わらせず、「地域の力」に変えていくには何が必要でしょうか。
一番期待したいのは教育的なアプローチです。にし阿波には「ななめぐらしを調査せよ!」という教育用まんがもあり、SDGs学習の教材もあります。農業遺産を学んだ小中高生のうち、100人に1人でも「担い手になりたい」という子が育てば、10年後の地域に希望が持てます。企業がそうした子どもたちの学びを支援してくれれば、地域の未来への投資になる。地域―企業―教育の関係が理想です。

――小谷さんは、高校生が農業遺産地域の食材で料理を競う「ジーニアス農業遺産ふーどコンテスト」の審査員も務めていらっしゃいましたね。
全国の農業遺産地域の食材を生かした料理アイデアを高校生が競うもので、私も審査員を務めました。子どもたちは地域の課題をよくわかっています。鳥獣害への対策として鹿やイノシシの肉を生かすジビエ料理など、課題解決型の提案も多いんです。
第3回では、にし阿波地域の三好市にある池田高校が「おかわりシカたなしカレー」でゴールド賞、「藍のWAサンド」でシルバー賞、美馬市にある脇町高校が「徳島のHeartを、ひと串に♡」でシルバー賞に選ばれました。徳島でも池田高校のように、地域を訪ねてヒアリングまでする熱心な生徒がいる。レシピづくりを通して、子どもたちが地域の課題や誇りに出会う入り口になっています。
にし阿波での出会いが新しい一歩に
――11月24日には、にし阿波で「第4回農業遺産地域と企業の交流イベント」が開かれます。小谷さんご自身も参加されるそうですね。
はい。注目の一つがエクスカーションです。ぜひ農家民泊も体験してほしいですね。ある地域では、泊まった農家との別れ際に中学生が「なぜか涙が止まらない」と泣きじゃくったそうです。経験したことのない感情が芽生えたのでしょう。共同作業や農業体験には、忘れていた日本人のDNAを呼び覚ます力があるように思います。
全国から農業遺産地域の関係者が集まりますから、知り合いになって、新たな交流が生まれるのも期待したい。地域同士、共通の課題は多いですから、にし阿波での出会いが、地域と地域、地域と企業を結ぶ新しい一歩になればうれしいですね。
――最後に、記事を読むビジネスパーソンへメッセージを。
原風景に触れると、都会の暮らしで忘れかけていた「耕す喜び」が呼び覚まされます。私自身がそうでした。地域課題を解決しようと難しく考えるより、まずは旅人として、にし阿波を訪ねてほしい。まだ見ぬ自分に出会いに行きませんか。


| ▶︎「農業遺産地域と企業の交流イベントinにし阿波」の詳細・参加申し込みはこちらから |
農業遺産:社会や環境に適応しながら何世代にもわたって受け継がれてきた独自性のある伝統的な農林水産業と、それに密接に関わって育まれた文化・景観・生物多様性などが一体となったシステムを認定する制度。国連食糧農業機関(FAO)が認定する「世界農業遺産(GIAHS)」と、農林水産省が認定する「日本農業遺産」がある。「にし阿波の傾斜地農耕システム」は2017年に日本農業遺産、2018年に世界農業遺産(中四国で初)に認定された。
このスポンサー記事は、令和8年度農林水産省農山漁村振興交付金(地域活性化型)を活用して㈱プランドゥ・ジャパンが出稿しています。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。











