
本連載では、約15年間の海外生活と国際的な職場での経験を持ち、現在は日本企業のサステナビリティ推進をご支援する立場から、日本企業と世界基準の間にある「見えない文化の違い」をひも解いていきます。日本企業が大切にしてきた価値観を改めて見つめ直し、それを世界に伝わる形へどう「翻訳」していくのか。そのヒントをお届けします。
海外生活で日本の“当たり前”を見つめ直す
私は約15年間、米国を中心に海外で暮らし、留学、就職、結婚、子育てを経験しました。10カ国以上のメンバーと働く中で、多様な価値観に触れてきました。
その経験を通じて何度も実感したのは、自分が「当たり前」だと思っていたことの多くが、日本人だからこその感覚だったということです。文化が違えば、人の考え方や振る舞い、判断の仕方までもがこれほど変わるのかと、幾度となく実感させられました。
帰国後、日本企業で働き始めてからも、その違いを強く感じる出来事がありました。海外グループ会社向けに契約書を英訳した際、「本契約に定めのない事項については、当事者間で誠実に協議し解決するものとする」という協議条項の訳し方に悩んだのです。
言葉自体は訳せます。しかし、この条項が細部を決め切らず、当事者間の誠実な協議に委ねるという「余白」の意図までは、そのままでは伝わりません。
例えば、米国や英国で契約を締結する場合には、業務の範囲や双方の責任、問題が生じた場合の対応手順などを、契約書の中であらかじめ明確に定めることが重視されます。何を、誰が、どこまで担うのかを言葉にして共有することが、お互いを守り、信頼関係の土台となるからです。
一方、日本企業の契約実務では、起こり得る全ての状況を契約書で決め切るのではなく、想定外の事態が生じた場合には「誠実に協議する」と定め、当事者間の関係性や、その後の話し合いに委ねることがあります。ここでは、細部まで明文化することよりも、状況に応じて誠実に対応する姿勢が信頼の前提となっています。
どちらが正しいという話ではありません。信頼の築き方が違うだけなのです。
「お天道様が見ている」だけでは伝わらない

「お天道様が見ている」という言葉があります。
見られているから正しく行動するのではなく、見られていなくても正しくあろうとする。この価値観は、日本企業のものづくりや品質管理、現場改善、長年の取引先との信頼関係にも表れています。
だからこそ、サステナビリティの取り組みについて会話を進める中で、企業の担当者からはこんな言葉をよく耳にします。
「これって、わざわざ説明することなんですか?」
「特別なことではないので説明してきませんでした」
「なぜここまで社外に説明しなければならないのでしょうか」
私は、この感覚を否定したいわけではありません。むしろ、日本企業の強みは、この「見られていなくても正しくあろうとする誠実さ」にあると思っています。
しかし、グローバルでは「誠実であること」と「伝わること」は別です。
海外の投資家や評価機関、取引先は、その企業の歴史や文化、現場の努力を知りません。「きちんとやっています」という言葉だけでは判断できないのです。
彼らが知りたいのは、「良い会社かどうか」ではなく、「その取り組みが継続的に機能する仕組みになっているかどうか」です。担当者が変わっても続くのか、問題が起きたときに改善できるのか。企業を評価する際には、こうした仕組みや運用の実態が重要な判断材料になります。
「ちゃんとやっています」だけでは見えないもの
そこで重要になるのが、透明性です。
実際の支援でも、「透明性」と聞くと、「全てを見せなければならない」と捉える方は少なくありません。
しかし、投資家や評価機関が確認しているのは、単に「どれだけ多くの情報を公開しているか」ではありません。
誰が責任を持ち、どのように運用し、どのような成果や課題があり、それに対してどのような判断を行い、改善を重ねているのか。その一連のプロセスが見えることが、企業への信頼につながります。
こうした考え方は、GRIスタンダードやIFRS S1などの国際的なサステナビリティ開示基準にも共通しています。
例えば、「当社では省エネルギー活動に取り組んでいます」という説明だけでは、実態は伝わりません。一方で、「電力消費の大きい設備を工場長が毎月確認し、目標との差が続けば、環境委員会で運転方法や設備更新を検討しています」と説明できれば、「誰が」「どう管理し」「どう改善するのか」という流れが見え、日常業務として運用されていることが伝わります。
これは省エネルギーだけでなく、人権、安全、サプライヤー管理、人材育成など、あらゆるサステナビリティ活動に共通しています。
第三者が知りたいのは、「活動があります」という事実だけではありません。その活動がどのように運用され、改善され続けているのかという、企業の日常なのです。
すでにある日常の「翻訳」を
実は、この情報の多くは、新しく作るものではありません。私が情報開示をご支援するとき、最初に「新しい資料を作りましょう」とお願いすることは、ほとんどありません。むしろ、
「品質会議では何を話していますか」
「ISOの記録を見せてもらえますか」
「教育記録は残っていますか」
そんな会話から始まります。
すると、改善提案、ヒヤリハット、環境委員会の議事録、月次KPI、経営会議資料など、必要な情報が次々に出てきます。
「こんな資料まで使えるんですか」と驚かれることも少なくありません。
日本企業には、朝礼で課題を共有し、品質データを確認し、改善を積み重ね、その記録を残す文化があります。
一方で、多くの企業では、品質、安全、環境、人事などの情報は、それぞれの部門が業務を管理するために整理されています。
その結果、会社全体として情報がつながらず、社内で共通認識を持つことや、社外へ一つのストーリーとして説明することが難しくなっています。
以前、ある担当者の方から、「新しい活動を始めないと開示できないと思っていました」と言われたことがあります。
でも必要だったのは、新しい活動ではなく、すでに続けている取り組みを伝わる形に整理することでした。
私は、それこそが日本企業の誠実さを世界へ翻訳することだと考えています。
※本稿における「透明性」は、GRIスタンダードやIFRS S1などの国際的なサステナビリティ開示基準の考え方を踏まえています。

ピケット 奈津美
株式会社ニューロマジック サステナビリティソリューションズグループ チームリーダー
サステナビリティ戦略とESG情報開示を専門とし、日英両言語でのビジネスコミュニケーションを強みとする。国際貿易学を学び、医療・教育支援のボランティア活動や約15年間の海外生活を通じて、多様な文化や価値観への理解を深めた。GRI公式トレーニングを修了。日本企業のサステナビリティ戦略策定やGRI・TNFDを活用した情報開示、外部評価への対応、企業向け研修などを通じて、企業のサステナビリティ推進を支援している。












