バリューブックス代表取締役
サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー

長野県上田市に拠点を置くバリューブックスは、年間1300万冊を超える本が届き、本の循環を担うオンライン書店だ。同社は2024年10月、数年にわたるプロセスを経てBコープ認証(注1)を取得。一般社団法人B Market Builder Japan共同代表として日本のBコープムーブメントをけん引する3代目代表取締役・鳥居希氏は、モルガン・スタンレーMUFG証券に約15年在籍した後、リストラを機に長野へ戻ったという異色の経歴を持つ。なぜ金融から本の世界へ移り、そこで包括的な「良い会社」を志すようになったのか。サステナブル・ブランド国際会議サステナビリティ・プロデューサーの足立直樹氏が聞いた。
(注1)Bコープ認証:2006年に米国の非営利団体B Labが始めた国際認証制度。「ガバナンス(企業統治)」「ワーカー(労働者、従業員)」「コミュニティ(地域社会)」「エンバイロメント(環境)」「カスタマー(顧客)」の5領域から企業全体を評価し、200以上の基準で80点以上を獲得した企業に与えられる(バリューブックス認証取得時)。2025年4月より新基準に改定され、点数制ではなく、7つのインパクトトピック全ての基準を満たすことを求める、より包括的な要件に変更となった。2026年5月時点で世界104カ国・約1万社が取得。そのうち日本では85社が取得。2024年3月、B Labの公式パートナーとして一般社団法人B Market Builder Japanが設立され、急速に普及が進んでいる。
金融の最前線で感じた「立場の違い」
足立直樹・サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー(以下、足立):鳥居さんは大学卒業後、すぐに現在のモルガン・スタンレーMUFG証券に入社されたんですよね。
鳥居希・バリューブックス代表取締役(以下、鳥居):はい、新卒で入社して15年間在籍しました。多くの期間はミドルオフィスと呼ばれる、機関投資家のお客さま向けのオペレーションを担当していました。取引が行われる入口と、日々の取引後の処理、お客さまとのバックオフィスでの関係構築です。
足立:そこでの経験が、いまにつながっている部分はありますか。
鳥居:ここはBコープとも関係してくるのですが、セールスやトレーダーがフロント部門で、私たちがやっていたのはバックオフィス。簡単に分けるとレベニューセンター(利益を生む部門)とコストセンター(コストとして扱われる部門)なんですよね。会社の中での立場の違いは明確に感じていました。Bコープ的に言うとマージナライズ(周縁化)されているグループという感じで、給料設定なども違う。それは一つ、いまにつながっているなと思います。

足立:いまなさっていることと、外資の投資銀行というのは随分違う気がしますが、在籍中、ビジネスの在り方に違和感を持つことがあったのですか。
鳥居:当時は言語化できていなかったのですが、お金を稼ぐこと、ビジネスをすることへの全力を目の当たりにして、「この全力をもう少し社会を良くする方向に使えないかな」とぼんやり思っていました。優秀な人たちがこれだけの力を注いでいて、それでいいのだろうか、と。ただ、その考えをフレームにはできていませんでしたね。
足立:そして2013年にリストラを経験されましたね。
鳥居:本当に青天の霹靂(へきれき)でした。それまで自分も含めて、努力や成果が評価されて相応の報酬を得ていると思っていたところがあって。リストラになって、頑張ってもどうにもならないことがあるんだと知りました。家でメソメソしているのもしゃくなので、すぐにラーメンを持って山に行きました(笑)。あの経験はとても大きかったと思います。学生時代にカナダで移民の方々とフランス語を学ぶ環境にいたことも含めて、自分が立っていた場所がいかに特異だったかに、辞めてから気づきました。
「本と人の関係を少しでも良くしたい」
足立:その後、生まれ故郷である長野県坂城町に戻られて、隣の上田市を拠点とするバリューブックスに入社されます。

鳥居:最初は自分で起業しようと考えていたんです。ただ、上田のコワーキングスペースに出入りするようになって、幼なじみだったバリューブックス創業者の中村大樹と再会して。社内のイベントを手伝ううちに、「この人たちと働きたい」「ここで働いたほうが自分はインパクトを出せる」と思うようになりました。
足立:決め手は何だったのでしょうか。
鳥居:中村が言っていた、このような言葉が印象的でした。「本は自分たちが存在する前からあって、自分たちがこの世からいなくなってもきっと残っている。長い歴史の中で、自分たちがいる間に本と人の関係を少しでもより良くしたい」と。長野のこの片隅で、こんな時間軸の長いことを考えて仕事をつくっている人たちがいるんだ、と。そこにすごく感銘しました。
足立:バリューブックスは現在、どのくらいの規模になっているのですか。
鳥居:年間で1300万冊を超える本(2025年実績)が全国のお客さまから届いています。ただ、値段をつけられるのは半分くらいで、残りは古紙回収に回ってしまう。そこをどう減らすか、どう本の形のままで次の読み手につなぐかは、私たちの一番の課題です。買い取れなかった本を保育施設や学校などに寄贈する「ブックギフト」プロジェクトや、古紙回収予定の本を再生紙にして製品化する「本だったノート」、出版社に古書売上の33%を還元する「バリューブックス・エコシステム」など、いくつもの仕組みを並行してつくってきました。

足立:本屋やブックバスといった、リアルな場の取り組みもありますね。
鳥居:上田の「本と茶NABO」では週に3回、各自が持ってきた本をひたすら読む「読書室」をやっています。一人で本と向き合う静かな時間は、これからの時代にこそ必要だと思っていて。同時に、本を通じて人とつながれることも大切で、その両方を支える場をつくっています。
包括的でグローバルなBコープの強み
足立:Bコープとの出会いは、いつ頃だったのですか。
鳥居:2015年にバリューブックスに入社して、その年の10月に米カリフォルニアで開かれるSOCAPというカンファレンスに参加したんです。ソーシャルキャピタルとソーシャルビジネスが出会う場で、そこでパタゴニアやBetter World Booksなど、初期からの認証Bコープと出会いました。翌2016年には会社のメンバー数人でパタゴニアの本社とBetter World Booksを訪問させてもらって。そこで「これは生きて使えるものだ」と確信しました。

足立:Bコープのどこに一番惹(ひ)かれたのでしょうか。
鳥居:大きく2つあります。一つは、基準が包括的であること。環境だけ、人権だけではなく、会社を全方位的に良くしようとするものであること。もう一つは、グローバルのコミュニティ、グローバルのムーブメントであること。この2つが、私たちにとって最も重要な点でした。
足立:包括的でなければならない、というのは。
鳥居:自分たちが良い会社になりたいというのが大前提なんですね。その時に、どこかだけできていても良い会社とは言えない。当時のバリューブックスは、いろんなことをやってはいたけれど、なんとなくまとまりがない、どう言い表していいか分からないという課題がありました。全てのピースをつないでくれるものとして、包括的な基準は本当に役に立つと思いました。
足立:認証を取ること自体が目的だった、というわけではないんですね。
鳥居:はい。役に立たないなら、どれほど名前が売れている認証でも価値はそこまでないと思っています。より良い会社へと変化し続けていくための指標として使えることが大切でした。並行して、日本のBコープムーブメントを広げる仲間を増やしていきたいと考え、2022年には『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』日本語版を、新たに立ち上げた出版レーベルから刊行しました(注2)。バリューブックス自体も、コロナ禍を挟みながら準備を進め、2024年10月にBコープ認証を取得することができました。
(注2)2022年6月、バリューブックスは出版レーベル「バリューブックス・パブリッシング」第1弾として、ライアン・ハニーマンらによる『B Corpハンドブック よいビジネスの計測・実践・改善』日本語版を刊行。B Labが公認した初の日本語版書籍となった。
ジェンダーギャップ解消に「正解はない」が…
足立:認証取得後、特に注力されているテーマはありますか。
鳥居:Bコープの新基準では7つのインパクトトピックがあるのですが、今のバリューブックスにとってはフェアワーク、JEDI(注3)、ヒューマンライツの3つが特に重要だと考えています。働く人や関わる人の数が多いですし、ジェンダーギャップを解消したいという思いもあるので。
足立:御社は女性比率が高いと伺っています。
鳥居:全体としてはスタッフ約300人中、3分の2が女性です。ただ、女性が多ければ良いという話ではなくて。意思決定の場がどれだけ多様であるか、機会が同様にあるかが重要だと考えています。私が代表になる時に、経営チームは7人中3人が女性になりました。やれることはまずやろうと。

足立:給料の差はどうでしょうか。
鳥居:役員を含めて全員を平均すると、男性が女性の1.4倍(2024年6月時点)なんです。倉庫で働く人は女性が多く、システムやマーケティングなど給与水準の高い仕事は男性が多い。その結果として差が出てしまっている。差があると認識しているし、変えたいけれど、どの数字を目標にするのが良いのか、まだ答えが出ていません。
足立:他にどんな取り組みを。
鳥居:例えばケア的な仕事は、これまで評価されにくかった。チームを成り立たせるためにミーティングを設定したり、実際に人のケアをしたり。そういう仕事をできるだけ評価に入れ込むようにしました。あとは、社内のネットワークがキャリアを広げる上でとても大事だと考えていて、「社内で知り合いを多くつくる」ことを主な目的とする座談会を2年ほど続けています。
足立:いろいろと試行錯誤を続けていらっしゃるのですね。
鳥居:正直、何が正解なのか分からないと思いながらやっています。就業時間が短い社員は、だからといって機会が少なくていいわけではない。むしろそこを埋めていく必要があると思っています。
(注3)JEDI:Justice(公正)、Equity(公平)、Diversity(多様性)、Inclusion(包摂)の頭文字を取った概念。
一社では解決できないことを、共に
足立:鳥居さんは2024年に、日本でBコープを普及・推進する一般社団法人B Market Builder Japanを立ち上げ、共同代表も務めていらっしゃいます。
鳥居:認証Bコープに私たちがなろうと思ったのは、自分たちの会社だけでは解決できないことを一緒に解決しようとする仲間たちがいるからでした。各社がそれぞれちゃんと取り組むことに加えて、一社だけでは解決できないことを企業同士で解決していく。この「コレクティブ・アクション」は、Bコープの新基準でも重要なトピックですが、私たち自身にとってもキーになることだと、最近あらためて思っています。

足立:私がBコープに期待するのは、お金を一番の指標、メルクマールにしないというところです。ただ、Bコープ認証を受けている会社も、そうでない会社も、同じ市場の中で競争するわけですよね。そこは不利になりませんか。
鳥居:Bコープは利益を求めていないわけではないんです。利益はとても重要で、どう出すかというやり方の問題だと思っています。認証Bコープとして取り組むことが、リクルーティングに活(い)きる、ガバナンスが強くなる、といった形で強みになる場面はたくさんあります。むしろ、認証Bコープとしてのやり方が強い場合もある、という感覚です。
足立:長期で見ると、ということですね。
鳥居:先日もアメリカとカナダの認証Bコープが集まるセッションに参加したのですが、そこである方が話していました。短期的なリスクは同じでも、長期的に見れば良いと思うやり方をしたほうが価値が出る、と。実際にそういう結果も出ているという話を聞いて、心強く思いました。私たち自身も、本を循環させるという事業を通じて、そういう経済の在り方を一つひとつ形にしていきたいと思っています。

※B Labは設立20周年にあたって、2026年5月19日、インパクトレポートを公開した。特設サイトも開設している。
インタビューを終えて――「representation(代表性)」という視点
足立直樹
鳥居さんとお話をして、まず感じたのは、その正直さでした。きれいに整えられた理念を語るのではなく、自分が感じた違和感や迷いを率直に認めながら、それでも少しずつ良くしていこうとする。その姿勢には、とても信頼できるものがありました。それは会社や社会だけでなく、自分自身にも向けられていたように思います。だからこそ、鳥居さんは変化を恐れていないのでしょう。
ちなみにバリューブックスでは、社長は期限の決まったポジションであり、鳥居さんご自身も3年の任期でその役割を担っておられます。固定された地位ではなく、一つの役割だからこそ、鳥居さんは社長を引き受けたのではないか。そんなふうにも感じました。いまの日本企業ではまだ珍しいやり方ですが、本来はこうした感覚のほうが自然なのかもしれません。
そして今回のお話を通じて、私があらためて印象付けられたのは、鳥居さんがしばしば語っておられるrepresentation(代表性)という視点でした。例えばジェンダー平等について、日本ではこの問題がしばしば女性比率や人数合わせの話に矮小(わいしょう)化されがちです。
しかし鳥居さんが見ているのは、もっと本質的な問いです。すなわち、組織の中で本当に女性や多様な立場の人の声が届いているのか、意思決定の場に反映されているのか、ということです。そうした代表性がなければ、組織は現実を正しく映し出せていないのではないか。鳥居さんは、その本質をさらりと指摘していました。これは、ジェンダーに限らず、全ての企業が真剣に考えるべきことだと思います。
また、利益を否定するのではなく、利益の出し方が問われているのだという言葉も重要だと思いました。私もその点に強く共感します。これはきっと、鳥居さんが外資系金融の世界にいた時から抱いていた違和感ともつながっているのでしょう。そして、その利益の出し方をどう変えていくのか。Bコープのような仕組みや、それに賛同する企業が増えていることは大きな希望です。
しかし同時に、それを個々の企業の志や努力だけに委ねていては足りないのではないか、とも感じます。将来は、こうした考え方が一部の企業の自主的な選択にとどまらず、企業にとっての標準やルールになっていく必要があるのではないでしょうか。その意味で、いま鳥居さんが率いるバリューブックスのような会社が現れ、増えてきていること自体に、新たな時代の流れが生まれつつあることを見た思いです。
バリューブックス代表取締役
2015年バリューブックス(長野県・上田市)入社。人々や地球のためのベネフィットを追求するB Corp™認証取得を推進しながら『B Corpハンドブック』をコミュニティで翻訳出版。2024年7月、代表取締役就任。同年10月にB Corp認証を取得。ジェンダーギャップ解消のための取り組みを多くの仲間たちと進め、社会・環境・経済すべてにとっての利益を目指す。
サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー
レスポンスアビリティ代表取締役
東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。持続可能な調達など、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。











