• 公開日:2026.04.17
子どもの権利から考えるこれからのビジネス――企業が知るべき視点
【子どもの権利とビジネス原則】子どもは企業の重要なステークホルダー
  • 堀江 由美子
  • 眞崎 裕史

サステナブル・ブランド ジャパンでは5月から、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンのアドボカシー部長、堀江由美子氏による新連載「子どもの権利とビジネス原則」をスタートする。企業活動が子どもに及ぼす影響は、児童労働にとどまらず、職場環境やマーケティング、地球環境など多岐にわたる。連載のイントロダクションとして、連載のテーマや狙い、その土台にある「子どもの権利」について堀江氏に聞いた。

出発点は「子どもに国境はない」という信念

——セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは、どのような組織で、どのような活動をされているのでしょうか。

セーブ・ザ・チルドレンは、全ての子どもの権利の実現を目指して活動している国際NGOです。1919年にイギリスで誕生し、100年以上の歴史があります。創設者のエグランタイン・ジェブは、第一次世界大戦後に家や親を失った子どもたちへの支援を始め、「子どもに国境はない」という信念のもと、敵国の子どもたちも支援の対象としました。1924年の「ジュネーブ子どもの権利宣言」を起草したことでも知られ、現在の子どもの権利条約の生みの親の一人とも言えます。

堀江由美子氏

セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは1986年に設立され、今年5月7日にちょうど設立40周年を迎えます。緊急人道支援、保健・栄養、教育、防災、子どもの保護、子どもの貧困の6分野を主なテーマに、国内外で活動しています。国内事業は2003年から開始しました。

私たちのもう一つの特長が、アドボカシー活動です。政府など政策決定者への政策提言と社会啓発の両輪で、より根本的・構造的な変化を目指しています。現場の実践から得た知見があるからこそ、説得力のある提言ができると考えています。

最も多くの国に批准された国際人権条約

——「子どもの権利」とは、どのようなものなのでしょうか。

子どもの権利は、子どもにとっての基本的な人権です。人権は誰しもが生まれながらに持っている基本的権利ですが、なぜわざわざ「子どもの権利」が必要なのか。子どもは成長の途上にあり、年齢に応じた特別な保護や支援が必要です。遊んだり文化的な活動に触れたりすることも、健全な発達に欠かせない権利として子どもの権利条約には含まれています。大人の人権だけを想定していると見えてこない部分も、子どもの権利条約にはきちんと盛り込まれているのです。

子どもの権利条約は54条からなり、「差別の禁止」「子どもの最善の利益」「生命、生存及び発達に対する権利」「子どもの意見の尊重」を4つの原則としています。世界196の国と地域が締約しており、国際人権条約の中で最も多くの国に批准された条約です。

大切なのは、子どもを「権利の主体」として認めるという点です。子どもは守られるだけの存在ではなく、自分に関わることについて意見を述べ、決定に参画できる社会の一員です。単に守られる対象ではなく、社会に参画する対等なパートナーとして扱われる。それが権利の主体であるということだと思います。

——40年の間に、子どもたちを取り巻く環境はどのように変化してきたのでしょうか。

1989年に国連で子どもの権利条約が採択され、日本は1994年に批准しました。さらに2022年にこども基本法が成立、2023年にはこども家庭庁が設立されました。まだまだ多くの課題はありますが、子どもの権利を基盤とした体制が整いつつあることは歓迎しています。一方で、子どもの9人に1人が相対的貧困状態にあり、児童虐待の相談・通報件数はこの25年ほど右肩上がりで増え、いじめや不登校、子どもの自殺も毎年記録を更新するような状況が続いています。

海外に目を向けると、紛争の多発・長期化が深刻です。セーブ・ザ・チルドレンが昨年11月に発表した報告書では、5人に1人の子どもが紛争地に暮らしていると報告されています。創設者のエグランタイン・ジェブが戦争後の子どもたちの支援から活動を始めたというのに、100年以上経った今もなお、同じ問題が続いている。その重さを改めて感じます。

なぜ今、企業が子どもの権利を知る必要があるのか

——企業が子どもの権利、あるいは子どもの権利条約について知っておく必要性についてはいかがでしょうか。

世界の人口のおよそ3分の1が子どもです。あらゆる企業が、直接的・間接的に子どもと何らかの接点を持っています。子ども向けの製品やサービスを展開していなくても、サプライチェーンの中で、あるいは従業員の家庭において、子どもとの関わりは必ずある。それがまだ十分に意識されていないのが現状です。

日本も子どもの権利条約を批准しており、国として子どもの権利を実現する義務があります。それは企業を含む国内の全ての主体が、子どもの権利を尊重・推進する責任を持つということでもあります。国連子どもの権利委員会の「一般的意見16号」という指針の中にも、子どもの権利に及ぼす企業セクターの影響について、国家の義務とともに企業の責任が位置付けられています。

「子どもの権利とビジネス原則」が提示する行動(左)と10の原則(提供:公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン)

そうした流れを受け、企業が実践のよりどころとして活用できるのが「子どもの権利とビジネス原則」です。セーブ・ザ・チルドレン、ユニセフ、国連グローバル・コンパクトの三者が2012年に策定した10の原則で、児童労働の撤廃から職場環境、マーケティング、環境対応まで、ビジネスが子どもの権利とどう向き合うべきかを体系的に示しています。今回の連載は、この原則を軸につづっていきます。

——「ビジネスと子ども」といえば児童労働がクローズアップされてきましたが、接点がさらに広がっているのはなぜでしょうか。

児童労働は引き続き深刻な課題です。ただ、ビジネスと子どもとの接点は以前からより幅広い領域に存在していました。その意識があまり広がっていなかっただけだと思います。

例えばマーケティングの分野では、インターネット広告の急増により子どもへのリスクが格段に高まっています。広告とコンテンツの区別がつかないまま意図せず購入してしまう、個人情報を提供してしまうといった問題が現実に起きています。環境については、「クリーンで清潔な環境へのアクセスは人権である」という決議が国連で採択され、子どもの権利委員会も子どもの権利と環境の関係を「一般的意見26号」として明確にしました。元々あった接点が、時代の変化によってより顕在化してきているのです。

人権デューデリジェンスに「子ども」という切り口を

——日本政府の「ビジネスと人権」に関する行動計画が昨年12月に改定されました。改定版でも、子どもの問題が中核に位置付けられています。企業への影響はいかがでしょうか。

改定版では、前のバージョンと比べて子どもに関する記述が大きく充実しています。子どもが企業のステークホルダーとして明確に位置付けられたこと、インターネット利用に伴うリスクや若年層の雇用問題、子ども・若者への性犯罪・性暴力といった近年の課題に企業として対応することが求められるという記述も盛り込まれました。

企業への「宿題」として申し上げると、まず子どもを重要なステークホルダーとして位置付けること。その上で、自社の事業活動における子どもとの接点を洗い出し、どのようなリスクや影響があるか分析を行い、具体的な取り組みに落とし込んでいく。人権デューデリジェンスに取り組んでいる企業も増えてきていますが、その中に「子ども」という切り口をきちんと入れていただくことが大切です。

実際に取り組みを始めている企業もあります。例えばある企業では、サステナビリティ部門だけでなく総務・人事、企画、調達、マーケティングなどさまざまな部門を横断したワークショップを行い、それぞれの業務と子どもの権利との接点を考える場を設けました。こうした企業横断的な取り組みが重要だと考えています。

——企業が子どもを重要なステークホルダーとして位置付けることで、企業にはどのようなメリットがあるのでしょうか。

短期的な利益を追求するだけでは、例えば子どもの声を聞くといっても、消費を促すためのマーケティングリサーチに終わってしまいがちです。しかし中長期的な視点で、子どもたちが何を課題と感じているか、ビジネスに何を期待しているかに耳を傾けることで、企業の経営環境や持続可能な社会実現への示唆が見えてくると考えます。

そうした取り組みが、企業自体の持続的な発展や社会価値の創造につながっていく。引いては、質の高い人材の採用や定着、ESG投資の誘致にも結び付くと考えられます。また、従業員のディーセント・ワークや家庭環境にも目を配り、子どものウェルビーイングへの貢献を意識することは、社員のエンゲージメント向上にも直結するのではないでしょうか。子どもに優しい企業は、働く人にとっても優しい企業だと思います。

企業が変わることが社会全体を変える力に

——5月からスタートする連載では、どのようなメッセージを読者に届けたいとお考えですか。

この連載を通じて、ビジネスと子どもの権利のさまざまな接点について、「こんなことも関係があったのか」という気付きも含め、意識を高めていただければと考えています。子どもの権利とビジネス原則のいくつかの項目を軸に、児童労働から職場環境、マーケティング、環境・気候変動まで、多角的に取り上げていく予定です。

特に伝えたいのは、子どもへの取り組みを「社会貢献活動の一環」にとどめないでほしいということです。子どもの課題に向き合うことを、企業活動の中核に据えてほしい。子どもを重要なステークホルダーとして位置付けてほしい。そのメッセージをこの連載を通じて届けていきたいと思っています。

その先に見据えているのは、子どもに優しい企業が増えることで、子どもを含む全ての人の人権が尊重される持続可能な社会が実現するということです。子どもに優しい社会は、全ての人にとって生きやすい社会です。企業が、経済にも社会にも環境にも与える影響は非常に大きい。だからこそ、企業が変わることが社会全体を変える力になると信じています。

【参考資料】
子どもの権利条約条文一覧(公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン)
https://asuno-compass.savechildren.or.jp/child-rights/learning_kit/crc/index.html

子どもの権利委員会・一般的意見16 号
企業セクターが子どもの権利に及ぼす影響に関わる国の義務
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/international/library/child/child_gc_ja_16.pdf

「ビジネスと人権」に関する行動計画(改定版)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/business_jinken/dai14/kaiteikeikaku.pdf

written by

堀江 由美子

公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン アドボカシー部 部長

共同通信社に勤務後、英国大学院で農村開発修士課程修了。1999年より(特活)国際ボランティアセンター山形の駐在員としてカンボジア農村開発事業に従事し、2002年にセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンに入局。海外事業部、法人連携部を経て、2010年よりアドボカシーを担当。開発援助政策、SDGs、子どもの権利とビジネスをはじめとして、国内外の子どもの権利の実現に向けて、幅広い分野の政策提言や社会啓発に関わる。

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