
世界中のサッカーファンが熱狂するFIFAワールドカップ2026が、まもなく開幕する。そんなサッカーも、気候変動による猛暑や熱中症、暴力・差別、ジェンダー格差など、競技を取り巻く社会課題と無縁ではいられない。気温上昇は屋外スポーツの存続を脅かし、選手や指導者の在り方にも変化を迫っている。公益財団法人日本サッカー協会(JFA)は5月20日、こうした課題に多様なステークホルダーと共に向き合うカンファレンス「JFAみらい会議」を都内で開催。子どもたちの声を起点に、サステナビリティ戦略の実現に向けた議論を深めた。
サステナ戦略の土台「アスパス!」と行動変容
JFAは2026年5月、2031年までの中長期指針「JFA成長戦略2026-2031~サッカーで未来をつくる~」を発表した。「競技面での成果」「女子サッカーの拡大」「社会的価値の創出」の3つのビッグゴールを掲げ、8領域の戦略を推進する。そのうち「社会的価値の創出」を支える柱の一つが、サステナビリティ戦略である。
土台となるのが、JFAが2021年から推進してきたサステナビリティ活動「アスパス!」だ。環境・人権・健康・教育・地域の5領域で具体的なアクションを進めており、今回の戦略では、この5領域に9つの注力テーマを設定した。

「サッカーを起点とした行動変容の創出」を重要目標(KGI)に掲げ、サッカーの求心力を生かして社会全体に影響を広げることを目指すという。発信力の強化に向け、ワールドカップに臨む男子日本代表「SAMURAI BLUE」と、日本女子代表「なでしこジャパン」がアスパス!のアンバサダーに就任することが決まった。
子どもの声から見えた5つの課題
JFAみらい会議は、こうした取り組みを多様なステークホルダーと議論する場として企画された。出発点となったのが、2025年夏に実施した「U-18子どもパブリックコメント」だ。小学5年生から高校3年生まで374件の声を集め、次の5つの課題が浮かび上がった。指導者の暴力やパワハラ、保護者の過干渉などの「暴力・差別」、ボールを蹴れる場所の減少、出場機会の不足、熱中症や落雷といった「環境」、そして女子サッカーの選択肢の少なさだ。「サッカーが楽しい」と答えた子どもが約90%に上った一方で、構造的な課題が浮き彫りになった。

みらい会議の冒頭、JFAの宮本恒靖会長は「サッカーの未来は、現場でプレーする子どもたちや指導者、審判、保護者、クラブ、地域など、サッカーに関わる一人ひとりの積み重ねによって作られる」と強調。「暴力・差別等の根絶」「ジェンダー平等」「地球環境」を議論の柱に掲げ、「サッカーには人の心を動かし、行動を変え、社会を前に進める力がある」と力を込めた。
暴力や気候危機をどう乗り越えるか
続くパネルディスカッションには、宮本氏に加え、国連グローバル・コミュニケーション局アウトリーチ部長のマーヘル・ナセル氏、元サッカー日本女子代表で現JFA女子委員会副委員長の宮間あや氏、JFAエグゼクティブフェローの夫馬賢治氏が登壇した。
暴力・差別等の根絶を巡っては、宮本氏が現役時代に審判から「おい、3番」と呼ばれた経験を紹介し、「相手の名前を覚えて呼びかけることがスタート地点」と、他者へのリスペクトの実践を強調した。会場の記者から「指導者の情熱が、外からは暴言と受け取られてしまうケースをどう考えるか」と質問が上がると、宮本氏は「30〜40年前に受けていた指導の言葉が、今は違って聞こえる現状もある。熱意は変わらなくても、時代の変化に適応していく必要がある。指導者自身が、自分のやり方が正しいのかと自らに問い直すことが非常に大事だ」と応じた。
ナセル氏も「言葉の暴力は言葉だけにとどまらない。歴史上、ジェノサイドのような最悪の犯罪も多くはヘイトスピーチから始まっている」と指摘し、暴言と暴力を切り離して考えるべきではないと警鐘を鳴らした。

ジェンダー平等を巡って、宮間氏は「男子と女子に分かれていること自体に違和感がある。男女の環境が違うと言っている時点で遅れている」と問題提起した。
地球環境のテーマでは、ナセル氏が「サッカーは屋外スポーツ。45度を超える気温ではプレーできない」と現状を語り、英国のクラブチームのカーボンフットプリントゼロ運営や、スタジアムへのソーラーパネル設置といった事例を紹介した。夫馬氏も「サッカーと環境問題は関係性が薄いと見られがちだが、長期的な視点が重要だ。この先30年で何を目指すかを掲げれば実現できる」と訴えた。
国連・UEFAと連携し、世界の知見を取り込む
サッカー界のサステナビリティ推進に関して、JFAは国際的な連携も加速させている。2025年には、国連が提唱する「Football for the Goals(フットボール・フォー・ザ・ゴールズ)」に加盟した。世界最大の競技人口を持つサッカーの影響力を通じ、SDGsの認知向上や人権擁護、気候変動対策の推進を目指すプラットフォームだ。
さらに2026年4月には、欧州サッカー連盟(UEFA)とサステナビリティ領域における協力議定書を締結。UEFAの知見を共有し、人権保護や温室効果ガスの削減、子どものセーフガーディングなどに取り組む体制を整える。気候変動対策ではJERA Crossと契約し、温室効果ガス排出量を2031年までに2026年度比で50%削減する目標も設定した。

みらい会議の最後に、登壇者らは「今日から実行したいアクション」を発表した。宮間氏は「顔を上げる」と掲げ、スマートフォンを見るだけでなく、周囲の環境や問題に自ら気づくことの大切さを説いた。ナセル氏は「人にも地球にも優しく」、宮本氏は「レフェリーや職員、メディアなど、関わる人の名前を覚え、リスペクトを持って接する」と締めくくった。
戦略は壮大でも、起点は一人ひとりの小さな選択にある。子どもたちが安心してボールを蹴ることができる未来へ、サッカーの「つなぐ力」が問われている。
| <参考資料> 「JFA成長戦略 2026-2031~サッカーで未来をつくる~」 https://www.jfa.jp/about_jfa/growth_strategy/JFA_growth_strategy2026_2031.pdf |
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。














