• 公開日:2025.06.04
  • 最終更新日: 2025.06.03
企業に求められる人権DD 知るべき今後の課題と展望
  • 松島 香織

「ビジネスと人権」という言葉の認知が広がり、多くの企業は人権への具体的な取り組みを始めている。しかし、罰則を設けた国際的な法規制が定まりつつある一方、足元ではビジネスにおける人権とはどのようなものなのか、理解が十分に進んでいない現状もある。本セッションでは、EUのコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)を中心に解説しつつ、NTTデータグループとセイコーエプソンの取り組みを紹介。日本企業における対応上の課題を明らかにし、解決方法のヒントを探った。

Day2 ランチセッション

ファシリテーター
北崎陽三・PwCコンサルティング合同会社 マネージャー

パネリスト
金田晃一・NTTデータグループ サステナビリティ経営推進部 シニア・スペシャリスト
谷泰仁・セイコーエプソン DE&I 戦略推進部 課長

CSDDDへの対応「今から準備を」

北崎陽三氏

まず、ファシリテーターを務めたPwCコンサルティング合同会社 マネージャーの北崎陽三氏は、改めて企業における人権への取り組みの必要性を強調し、特にCSDDDの日本企業への影響について解説した。CSDDDは、EUの企業のみならずEU域内の売上高が4.5億ユーロ以上の企業も対象としており、2027年から適用が開始される見込みだ。罰則規定があり、直接対象とならなくても取引先から同様の内容を求められることが予想される。「適用開始に向けて今から準備が必要だ」と北崎氏は話した。

対象企業には大きな負担となるCSDDDだが、北崎氏は、その要件を緩和させる「オムニバス法案」にも触れた。法案では、適用開始時期を1年先延ばしすることや、デューデリジェンスの更新頻度を1年から5年にすること、対象を直接取引先のみとすることなどが提案されている。しかし、「対象とする具体的なリスクや実施内容については、大きな変更がないという見方が強い」と改めてCSDDDへの準備を訴えた。

最後に北崎氏は、同社が行った、日本企業を対象にした人権デューデリジェンスに関する調査結果を紹介し、売上高が大きい企業はデューデリジェンスの実施率も高いなどと説明した。だが、リスクの特定評価で課題が抽出されても、具体的に対処する是正措置やモニタリングなどまでは対応できていないという。さらにステークホルダーとの対話も十分ではなく、「経営層や自社従業員、取引先の地域住民などをどう巻き込んでいくかが課題だ」と指摘した。

人権問題には通商や環境問題も関わる

金田晃一氏

NTTデータグループ サステナビリティ経営推進部 シニア・スペシャリストの金田晃一氏は、情報収集で訪れた欧州で、「サステナビリティ」と「欧州全体や企業としての競争力」をどうやって維持向上させていくかという、2つの大義について議論していたと紹介した。そして「人権問題を人権としてだけ捉えるのではなく、通商問題や根っこの環境問題も非常に重要になる」と提起した。

同社では、こうした海外の情報などを基にガバナンス領域を捉え直し、その流れを応用して人権デューデリジェンスに取り組んでいる。まず情報を事業計画に生かし、どこまで進捗しているかの内部評価をして、外部に開示。ステークホルダーの意見を聞いて、次の計画に役立てるというサイクルで、これを人権デューデリジェンスのプロセスに重ねている。金田氏は「リフレーミングしてみると、デューデリジェンスの進め方に課題があることが分かる」と話し、「弊社にはグローバルなサステナビリティ経営推進委員会のほか、人権啓発推進委員会などがある。各社、各部署でも議論を進めている」と続けた。

また金田氏は、人権デューデリジェンスへの取り組みで重要なこととして、「サステナビリティ・インテリジェンスの分析機能」「社員、特に事業部への理解浸透」「グローバルを含めた人権担当者のエンパワーメント」の3つを挙げた。社員への理解浸透では、カンヌライオンズで評価の高いショートフィルムなどを研修教材として、どこに人権問題があるのかや、自社でどう広告に生かせるのかなどを議論しているという。

情報の横展開で人権課題を乗り越える

谷泰仁氏

セイコーエプソンは、2005年に国連グローバルコンパクトに署名し、企業の行動原則や人権と労働に関する方針を定めた。2019年にはレスポンシブル・ビジネス・アライアンス(RBA)に加盟。RBAのスキームを基に評価特定や是正に取り組みつつ、2022年に「エプソングループ人権方針」を改訂した。RBA全体の主管は調達部門の生産企画部だが、人権デューデリジェンスに関してはDE&I戦略推進部が担当しているという。「私達は製造業なので、特に製造拠点やサプライチェーンでの労働環境に注力している。製造拠点では特にアジア圏のリスクが高い」と、同社DE&I戦略推進部課長の谷泰仁氏は説明した。

同社は人権に関する社員向けの相談窓口(救済メカニズム)なども設けているが、谷氏は「まだまだ人権領域について全社の意識が高いわけではない」と自社の課題を挙げた。今後は研修を通じて経営層の関与を強化すること、また人権に関する担当者を定めて理解を深め、グループ会社の連携を促すことで推進していくという。谷氏は「エプソンは各ローカルが頑張って独自にやってくれている。その情報を横展開などで広げて、乗り越えていきたい」と話した。

※グローバルサプライチェーンにおいて社会的責任を推進することを目的にした、国際的な企業アライアンス

人権問題は「終わりなき旅」

ディスカッションでは、2社に対し、北崎氏が人権デューデリジェンスを通じた企業価値の向上について、どのような期待感があるかを質問した。

金田氏はまず、「人権問題をどうやってビジネスで解決していくかというフレームがしっかりできると、活動も進んでいく」とし、「課題を解決するような製品やサービスがあれば、それを各企業も購入するなど、いろんな形でマーケットが広がる」と続けた。また生活者にとっては、生命が脅かされるような状況を回避することが重要であり、社会的に弱い立場の人へ製品やサービスを提供することが、「基本的人権をサポートするためのビジネスになり得るのではないか」と金田氏は述べた。

一方、谷氏は「先を見据えるという意味では、私達は実直にやってきたのでリスクは減ってきている。繰り返しやってきたことの成果だ」と自社の取り組みを評価した。また、フィリピンとインドネシアの事例を挙げ、現地の風習などを理解した上で労働環境を整え、主体性や参画意識を高めることが重要だとした。同社ではこうした働く環境の改善が人権デューデリジェンスのベースであり、社員のモチベーションの向上や満足度を上げることによって、社員が会社に定着することに貢献しているという。

最後に谷氏は「人権問題は『終わりなき旅』だと思っている。これをずっと続けていくことは非常に重要だし、これからも続けていきたい」と結んだ。

written by

松島 香織(まつしま・かおり)

2016年株式会社オルタナ在職中に、サステナブル・ブランド ジャパン ニュースサイトの立ち上げメンバーとして運営に参画。 2022年12月株式会社博展に入社し、2025年3月までデスク(記者、編集)を務めた。

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