
気候変動対策が産業界全体で求められる中、日本製薬工業協会(製薬協)は2026年3月、「製薬業界におけるScope3算定とビジネスパートナーとの連携実践ガイドライン」を策定した。環境省の「バリューチェーン全体での脱炭素化推進モデル事業」に採択され、製薬協加盟の13社が共同執筆した業界初の実践ガイドだ。東京都内で開かれた記者発表会では、製薬協環境問題検討会のメンバーが策定の背景と特徴を説明した。バリューチェーン全体での脱炭素化に向け、業界が「共通言語」を持つ第一歩となる。
バリューチェーン排出の9割を占める「Scope3」
製薬業界の気候変動対応の中核にあるのが、自社事業の外で発生する温室効果ガス(GHG)排出量「Scope3」の削減だ。WHO(世界保健機関)は気候変動を「21世紀の世界の人々の健康に対する最大の脅威」と位置付け、全世界のGHG排出量の4~5%を占めるヘルスケアセクターには責任ある行動が求められている。
製薬業界ではGHG排出量の約9割をScope3が占め、特にサプライヤーから購入する製品・サービス(カテゴリ1)の排出が大きい。削減には卸や物流業者などビジネスパートナーとの協働が欠かせない。同検討会企画グループリーダーの原彰秀氏は「人々の生命を守る製薬業界は、自社のみならずバリューチェーン全体の排出抑制を加速させる使命がある」と強調した。
13社が共同執筆、業界共通の「羅針盤」に

ガイドラインは、2023年8月に発足したカーボンニュートラル行動計画グループの議論が出発点だ。2025年7月に環境省のモデル事業に採択され、アステラス製薬、アストラゼネカ、エーザイ、小野薬品工業、キッセイ薬品工業、サノフィ、参天製薬、塩野義製薬、第一三共、武田薬品工業、中外製薬、日本新薬、Meiji Seika ファルマの13社が議論を重ねて完成させた。
同検討会副委員長の光武裕氏は「各社から別々のことを言われると、取引先も大変で、製薬協各社も手探りの状態だった。業界共通のモデルが欲しかった」と策定の狙いを語る。ガイドラインは一般公開され、製薬協外の企業も参照できる。

ガイドラインは2部で構成する。第1部「業界としてのエンゲージメント方針」は、サプライヤーから卸・物流業者、廃棄業者までを対象に、機運醸成・現状把握・目標設定・削減の4ステップを段階的に整理した。エンゲージメントを独立の章として明確化した点が、業界ガイドラインとしての特徴となる。
第2部は算定方法を扱う。カテゴリ1(購入した製品・サービス)、カテゴリ2(資本財)に加え、医薬品物流の特性から共通の難所となるカテゴリ4(上流輸送)、カテゴリ9(下流輸送)、カテゴリ10(販売した製品の加工)を取り上げた。同検討会カーボンニュートラル行動計画グループの磯部亜矢氏は「従来の購入金額に排出原単位を掛ける二次データでは、サプライヤーの削減努力が反映されない」と指摘。カーボンフットプリント(CFP)を用いるA法と、サプライヤー別の排出原単位を用いるB法を導入し、一次データへの移行を推奨する。
業界特有の課題にシナリオで対応
輸送・配送(カテゴリ4、9)では業界独自の工夫が凝らされた。原氏は「卸から医療機関への配送などデータ取得が困難な区間について、業界標準の推奨シナリオを作った」と説明する。例えば国内の特定地域に限定できない輸送は一律500キロメートルと設定し、算定のハードルを下げつつ一貫性を確保。卸・輸送会社のScope1・2排出量を自社取引額の比率で案分する一次データ事業案分法を導入した。
カテゴリ10では、販売した原薬が販売先で製剤化される際の排出を、工場のScope1・2にライン案分率と自社原薬の重量比率を掛け合わせる3段階のロジックで算定。添加剤など他社由来のものを除外する。
「まだスタートポイント」
ガイドラインは2026年4月以降、各社の購買・調達部門への周知や、ビジネスパートナーへの説明を行う。同検討会の有馬覚委員長は「環境省の支援を受け、13社が個社の垣根を越えて策定できたこと自体が大きな成果だ。2026年度の計画にも入れ込んでおり、着実に進めていきたい」と期待感を示した。
一方で課題も残る。業界目標である2030年度までにCO2排出量46%削減(2013年度比)、2050年ネットゼロの達成にはScope3の削減が不可欠だ。環境省データベースをはじめ無料データベースでは対応しきれない冷凍・冷蔵輸送の排出算定や、中小規模のビジネスパートナーの巻き込み方なども今後の論点となる。光武氏は「これはスタートポイント。取引先からのフィードバックを得ながらブラッシュアップしていきたい」と語った。
業界が共通の羅針盤を手にしたことで、バリューチェーン全体の脱炭素化はようやく実行段階に入る。真価が問われるのはこれからだ。
| 製薬業界におけるScope3算定とビジネスパートナーとの連携実践ガイドライン https://www.jpma.or.jp/information/environmental_issue/guideline/nmeom800000067vw-att/guideline.pdf |
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。













