
ESGデータの役割が「開示のための記録」から「経営判断を支える武器」へと変わり始めている。ESGデータをテーマにしたサステナブル・ブランド国際会議 2026 東京・丸の内のセッションには、NTTデータの福持裕之氏、UL Japanの織戸香里氏、日本アイ・ビー・エム(IBM)の柴山龍治氏が登壇。同会議サステナビリティ・プロデューサーの足立直樹氏がファシリテーターを務め、AIを活用したサステナビリティ情報の収集や分析、意思決定の最前線について議論を交わした。
| Day2 ブレイクアウト ファシリテーター 足立直樹・サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー / レスポンスアビリティ 代表取締役 / サステナブル経営アドバイザー パネリスト 織戸香里・UL Japan 環境・サプライチェーン事業部 サステナビリティグループ マネージャー 柴山龍治・日本アイ・ビー・エム コンサルティング事業本部 ストラテジー&トランスフォーメーション ファイナンス アソシエイトパートナー, サステナブル経営・経営管理チームリーダー 福持裕之・NTTデータ コンサルティング事業本部 コンサルティング事業部 課長 |
足立氏は冒頭、ESGデータの情報開示は企業のサステナビリティにとって重要な柱であり、AIをはじめとするツールの活用がもはや必須になっていると指摘。現在どのようなソリューションが利用可能で、これからどう進化するのかを、現場をよく知る3人のパネリストと掘り下げたいと問題提起した。
サステナビリティ情報は製品の品質の一部に

NTTデータの福持氏は、経営管理領域のコンサルタントとして10件以上の変革プロジェクトをリードしてきた経験をもとに、サステナビリティ情報がすでに経済価値を生み出し始めている実態を報告した。まず紹介したのがカーボン以外の領域。欧州電池規則に対応するバッテリーのトレーサビリティプラットフォームでは、カーボンフットプリント(CFP)や資源リサイクル率の開示が義務化され、それが製品の品質として不可欠な情報になっているという。水の領域でも、使用量削減や環境改善効果を定量化し、クレジットとして認証・売買できる仕組みを支援している事例を挙げた。
最も事業規模が大きいのはカーボンの領域だ。特にCFPは、素材化学業界を中心に数億円規模のシステム投資が進んでおり、製品単位の排出量可視化がビジネスの競争力に直結している。福持氏は「偶発的なものではなく、トレンドとして間違いない。サステナビリティ情報が経済価値になってきているというのが、まさに実感としてあるし、事実としてすでにビジネスを展開済みだ」と語った。
データ開示は企業価値向上のスタート

UL Japanの織戸氏は、同社提供のESGマネジメントプラットフォーム「UL360」を通じたサステナビリティ経営の支援について説明した。同社のアプローチは、パーパスに基づくシステム設計、現状把握のためのデータ収集、そして開示と意思決定という3つのフェーズで構成。システム設計では、マテリアリティに沿った指標の設定から、承認フローやガバナンス体制まで設計する。データ収集のフェーズでは第三者検証に耐えるログ管理を備え、拠点やサプライヤーとのエンゲージメントにも活用できる機能を提供している。
織戸氏が強調したのは、開示はあくまで入口であり、そこからの意思決定と改善こそがデータ利活用の本当の価値だという点だ。外部環境や事業ポートフォリオの変化に応じて指標を進化させ、経営として管理し続けるプラットフォームを提供するのが同社の基本姿勢という。また、カーボンだけでなく、人権デューデリジェンスやサプライチェーンの調査票配布・スコアリングなど、業界ごとの重要課題に応じた多様な入り方があるとし、「データ開示はゴールではなく、企業価値向上のスタートだ」と位置付けた。
「相関」ではなく「因果」で非財務と財務をつなぐ

日本IBMの柴山氏は、まず同社が推進する「Client Zero(クライアントゼロ)」の考え方を紹介した。IBMが自ら0番目のクライアントとしてAIファーストの実践を体系化し、顧客に発信・実装するというアプローチで、運用の複雑性排除、業務の簡素化、手作業の自動化、全業務へのAI導入を徹底した結果、3年間で45億ドルの効果を生み出したという。サステナビリティ領域では、「Sustainability Disclosure Assist」という開示支援ツールを展開しており、各基準のフレームワークとベストプラクティスを内蔵し、開示内容の採点や改善提案まで行える。
柴山氏がとりわけ力を込めて語ったのが、AIを活用した「因果探索」のアプローチだ。多くの企業が非財務情報を集めているものの、それが財務にどう影響するかについては、相関関係の域にとどまっていると指摘。IBMが提供する因果探索ツールでは、例えば人的資本の指標と財務指標のデータを投入すると、「女性管理職比率がPBR(株価純資産倍率)に最も効く」といった関係性が可視化されるという。柴山氏は「相関では意思決定ができないが、因果関係なら意思決定ができる。それがわれわれのサービスの決定的な違いだ」と強調した。
効率化の先にある本当のミッション
クロストークでは、AIの現在地と今後の展望を巡って活発な議論が展開された。足立氏がカーボン領域でのAIの活用状況を尋ねると、福持氏は「現時点では限定的。性能が急に上がってきたのはここ半年ぐらいで、これからだ」と率直に回答。一方で排出係数と品目のひも付けなど、効率化の文脈ではすでに実用段階にあるとした。
織戸氏は、UL360の製品ロードマップに触れ、構造化されていないデータをAIで読み込んでシステムに取り込んだり、経営判断を補助したりする機能の開発を進めていると語った。
3氏に共通していたのは、AI活用による業務効率化はすでに標準的な取り組みになりつつあるが、その先に何をするかが本質だという認識だ。福持氏は「まずは楽をして余力を生み出す。考えるべきは、その余力で次に何を戦略的にやるかだ」と述べ、クレジット創出など経済価値の獲得に目を向けるべきだと提案した。
柴山氏は、さらに踏み込んだ問題提起をした。「空いた時間でやるべきはマテリアリティの再考だ」と呼びかけ、因果探索で最も有効な指標が特定されたとしても、どのボタンを押すかは企業のアイデンティティの問題だと強調。「AIが突きつけてくるのは、自社は一体何者なのかという問いだ」と語った。

足立氏は総括として、今まで入手できなかった、あるいは処理しきれなかったデータが少ない労力で入手できるようになり、粒度や正確性も上がっていることを実感したと振り返った。一方で「多くの企業ではESGデータを出して終わり、現状把握で止まっている場合が多いのではないか」と問いかけ、データを意思決定に使おうとしているかどうかが今後の分水嶺になると指摘。「開示するだけでなく、データを本当に武器にしていく時代が見えてきた。しかもそれは十年先ではなく、すぐ近くに現れている」と締めくくった。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。









