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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)
シェムリアップから人を育む

途上国の人材育成を通じて「人生の旅」を応援する

青木 健太

熱帯の街のカフェで

雨季も始まった6月だというのに、雨に恵まれず暑い日が続いている。少し放置しておくだけですぐに熱くなってしまうバイクのシートを恨めしく思いながらも、冷房の効いたコーヒーチェーンに飛び込んでこの原稿を書いている。

ここはカンボジア北西部に位置するシェムリアップ。アンコールワットで有名な観光の街のカフェの片隅には、今日も中国人や欧米人がちらほらとコーヒーを飲んでいる。ただ一番目立つのは、中流階級の階段を駆け上がっている地元のカンボジア人たちである。

19歳の時に友人たちとNGOをたちあげ、26歳からこのシェムリアップに住み始めた。それがちょうど10年前。あの頃はもっと混沌としていて、まさかこんなにカンボジアの経済が発展するなんて、想像もできなかった。

いまや最先端のスマートフォンを片手に、日本ではもう売っていなさそうな、発色が良くて異常に甘いケーキを楽しそうに買う彼らは、グローバル化の波に翻弄されて混沌としながらも、毎年発展する経済の恩恵を希望に、行き先もわからないままに突き進んでいるように見える。

混沌とエネルギーに満ちた、大好きなカンボジアの片隅で、僕自身は今「ものづくりを通じたひとづくり」というキーワードでサステナブルなブランドづくりと人材育成に取り組んでいる。詳しくはこちらの記事(リンク)を是非ご一読いただけたら嬉しい。この連載ではサステナブルなブランドづくりや人材育成に、途上国カンボジアの地で本気で取り組んでいる現場のリアルをお届けしたい。

イアップの「人生の旅」

編集局注:写真の女性とストーリーの女性は関係ありません。

今回はある1人の女性の話を通じて皆さんに、消費社会という巨大なシステムの持続可能性について考えるきっかけを提供できればと思っている。

女性の名前はローン・イアップ。96年にシェムリアップの農村で生まれ、中学校1年生で学校をやめた。当時も今も中学校を卒業するのは全体の4割程度 [1] なので、それだけを見るとことさら珍しくはない。

ただ彼女の家は貧しかった。母親を亡くし、病気がちの父親とともに、何とか日雇いや出稼ぎの仕事をして過ごしていた。コツコツと真面目に稼いではいたものの、世帯全体の収入を合わせても月に9000円程度にしかならなかったし、何よりも季節によって収入が大きく変わる不安定な状況が続いていた。

彼女と僕たちのスタッフが初めて出会ったのもちょうど今くらいの季節だったように思う。彼女は僕たちNGOが運営する農村の工房兼学校に通うことになったのだった。持病の気管支炎を抱えながらも、持ち前の真面目な性格を発揮して、縫製のチームで瞬く間に昇進し、彼女だけで月1万円以上の手当を稼ぐようになるまで、さほど時間はかからなかった。

農村で「月給」がもらえる仕事はほぼ存在しない。その経済的な安定がもたらす心理的な安全は本当に大事で、成長を続けた彼女はシェムリアップの街の工場に就職することとなった。

300人規模とはいえシェムリアップでは非常に珍しい大規模の工場に、経験者枠で採用された彼女。4日目にして、一カ月研修の内容をクリアし、順調に新しい人生を滑り出したかに思えた矢先だった。彼女は工場を突然辞め、農村に戻ってきてしまったのだ。

あと3週間も働けば、間違いなく月2万円以上の収入を得られるようになる。どうして辞めてしまったのか。僕たちの混乱を更に深めたのは彼女が伝えてくれた「家が見つからなかった」という理由だった。

僕たちが紹介したその工場は非常に福利厚生がしっかりしていて、住居のことなどスタッフが親身になって解決してくれると無邪気に信じていた。彼女が抱えていた自信のなさや病気がちの父親への心配、何よりも新しい環境で「頑張る」ことを応援してくれる人が、周囲にあまりに少なかったということを、僕らは予見することが出来なかった。

[1] 44% (世界銀行データ Lower Secondary Completion ratio 2012)

「頑張れない」のは誰のせい?

Photo by Natsuki YASUDA / studio AFTERMODE

「せっかくの機会をもったいない」「なんで、自分で頑張れないのか」

そう彼女を切り捨てることは簡単だっただろう。しかし、彼女のように新しい環境に馴染めずに頑張れず工場や会社を辞め、脆弱な環境に逆戻りしてしまう人は沢山いるのだ。その全員を自己責任だからと切り捨てる前に、彼女たちの成長を応援し、頑張る技術を提供した人がどれくらいいたのか。そういった社会の仕組みを、まず点検するべきではないか。

今日僕たちが頑張っているとして、それはどれくらい「自分1人の」意志と努力なのだろうか。小学生から高校に至るまでの教育や、家庭・地域・職場のさまざまな場面で「頑張ることが大事だ」と教えられ、「頑張るための技術」を提供してもらう。日本であれば当たり前となっているシステムだ。そのシステムを整えずに、自己責任を追及するのは、まだまだ社会として発展の余地があるということではないだろうか。

しかし、イアップのような農村の女性たちを取り巻く環境は厳しい。彼女のような女性達が縫製工場に入ったとして、「頑張るための応援」をうけるどころか、そもそもの福利厚生が充実していないのが現実だったのだ。

ある調査によると、カンボジアの工場では毎年1,000 - 2,000人もの労働者が仕事中に失神をしている。 [1] 政府に報告されているだけでこの数だ。また工場の採用プロセスを調査した [2] スタッフによると、平均面接時間はなんと1人あたりたったの40秒だそうだ。生産性を上げることだけが優先された結果、ひとりひとりの人生が蔑ろにされているのではないか。

誰のせいでこうなってしまったのか。頑張れない女性達が悪いのか。利益を追求する工場の経営者が悪いのだろうか。はたまた、それを引き起こす規制の不徹底は政府の責任? 福利厚生の費用は考えずにただひたすらに安い価格での委託工場を探すアパレルブランドに責任はないのか。それとも1円でも安い商品を買おうとする消費者がそれを後押ししているのではないか。

いや、すべての事情が複雑に絡みあって、工場の労働者と消費者の間に絶望的な断絶をおこしているのではないか。登場人物の誰もが、この悲惨な状況を積極的におこそうとは考えていないのではないか。ひとりの悪者をやっつければいいという、単純な話では決してない。

「作り手は失神しているかもしれないけど、安い商品があります。買いますか?」そう問えば、多くの消費者の答えは「NO」だろう。ただ知らないだけ、知らなくて良いように世界が繋がっていないだけなのだ。

[1] Cambodia National Social Security Fund report 2017
[2] Internal Migration Patterns and Practices of Low-Skilled and Unskilled Workers in Cambodia, Open Institute September 2016

断絶された世界を、イレギュラーが変える

結局イアップは僕たちの工房に戻って働くことになった。そして、彼女の人生の旅をきっかけに、僕たちも大きく教育の仕組みを改善した。今は自己管理、問題解決、対人関係能力など6つの要素をライフスキルと名付け、アクティブラーニングで教えるトレーニングを開発し、工房で学ぶ女性達に提供している。

「自分には夢がある」と、最近彼女が話してくれた。それは「ライフスキルトレーナーになること」。自分があのときに必要だったものだからこそ、これから他の村の女性達にも伝えていきたいと考えてくれている。

中学校を卒業していない彼女がトレーナーとして他の人を教えることは、カンボジアではある種のイレギュラーである。しかし、当事者が今ある壁を突き抜けて、大きなシステムに挑戦していく事が最も大事なことだと僕たちは考えている。

工場の関係者も、行政も、消費者も、そしてもちろんブランドも、関わるすべての人が当事者だ。そして、この断絶された大きくて強固な世界を変えるのはいつだってイレギュラーな存在なのだ。だから僕たちは今日も彼女たちの挑戦を応援し続ける。

カンボジアの女性達や工場を取り巻く現状を理解してもらった上で、次回は僕たちの取り組みとその苦労について是非書いてみたいと思う。

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青木 健太
青木 健太(あおき・けんた)

1982年生。東京大学在学中の19歳のときに、2人の仲間とともに「かものはしプロジェクト」を創業(2002年)後にNPO法人化。 2008年、カンボジアに渡る。貧困家庭出身の女性たちを雇用し、ハンディクラフト雑貨を生産・販売するコミュニティファクトリー事業を統括。 2018年、新法人SALASUSUとして、カンボジアの事業とともに独立