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【統合思考経営4】「統合思考」に至るサステナビリティ概念の位置関係

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なぜ今、『統合思考経営』なのか?
~ESGを踏まえた長期にわたる価値創造のために~
第4回

前回(3)は、日本における「統合思考」を含むサステナビリティにかかわる諸概念の混乱を背景に、日本企業の統合報告書の発行状況を解説しました。今回は、「統合思考」の概念を理解するために、統合思考に至る諸概念の位置関係の全体像とともに、各概念の本質を再確認します。

「統合思考」に至るCSR/CSV/SDGs/ESG

「統合思考経営」の基盤となる「統合思考」が、CSR/CSV/SDGs/ESGとどのように関係しているのか、これまであまり議論されていませんでした。そこで、これら諸概念の相互関係ないし位置関係について全体像を示します(図表6)。

図表6:「統合思考」に至るサステナビリティ諸概念の位置関係

(資料)筆者作成

〔根本思想はサステナビリティ〕
この図でまず注目いただきたいのは、究極の到達目標であるサステナビリティをすべての根底にある「根本思想」と位置づけていることです。サステナビリティを阻害する要因である社会的課題を解決するには、企業の立場から見れば、CSR(経営リスク的側面)とCSV(ビジネスチャンス的側面)の両面があります。

〔CSRとCSVの共通点と相違点〕
ISO26000によるCSRの定義は、「企業の意思決定と事業活動が、環境と社会に及ぼすインパクトに対する責任」です。コンプライアンスや単なる社会貢献活動とは異なります。そこで、自社の事業や製品が社会的課題の原因となっていないかを自問する必要があります(CSR デューデリジェンス)。

これに対し、競争戦略論のポーター教授が提唱したCSVの狙いは、本業で経済価値と社会価値を同時に実現し、価値を共有することです。すなわち、フィランソロピーを超えて、社会全体の課題をビジネスチャンスと捉え、それを解決する製品・サービスを開発・販売することです。

CSRとCSVに共通することは、社会的課題に焦点を当てて自社事業を見直すことです。逆に本質的な違いは、前者は自社事業にかかわるステークホルダーの価値向上をめざすこと、後者は自社の強みを活かして社会的課題を解決するビジネスを起こすことです。

筆者は、これらを合わせて「CSR の実践とCSVの実現」と呼びますが、実は、このことがSDGsの理解と取組に大きく関係します。

〔SDGsはCSRとCSVの集大成〕
企業は「CSRの実践」と「CSVの実現」によって、社会的課題の解決をめざす「SDGsの達成」に貢献することができます。前者は企業活動や製品に伴うマイナス・インパクトの抑制、後者は社会的課題解決型のビジネスによるプラス・インパクトの強化を意味するからです。

SDGsは自社のバリューチェーン全体で考える必要がありますが、CSRとCSVはそれぞれバリューチェーン上のマイナスとプラスのインパクトに相当します。それゆえ、CSRとCSVをSDGsのターゲットレベルのKPIで管理すれば、SDGs は目標年のあるCSRとCSVの集大成 と言うことができます。

〔ESG金融の加速化〕
他方、金融サイドから企業のESG(環境・社会・ガバナンス)を評価する動きが活発になっています。当初は石炭火力発電へのダイベストメント(投資撤収)などのESG投資が主流でしたが、最近では融資や不動産でも問われるようになり、包括的に「ESG金融」と呼ばれるようになりました。つまり、ESG 金融の加速化です。

直近では、英国スチュワードシップ・コードのESG原則化(日本版も類似の視点から、この3月24日に改訂)、世界最大の資産運用機関である米国ブラックロックのESG投資への転換、あるいはBIS規制当局による「グリーンスワン報告書」の発行などがあげられます。

〔統合思考とESG対話〕
金融の動きに対応して、企業はSDGsの取組を踏まえつつ、長期にわたる価値創造・毀損防止を考える「統合思考」を模索し始めました。そして、金融と企業をつなぐのが、ESG 対話(エンゲージメント)における短・中・長期のESG情報であり、その開示に至るプロセスが「統合報告」です。

〔SDGsとESGは統合思考を介して連携〕
ESGの中核はガバナンスです。メガトレンド(外部環境の構造的変化の潮流)を背景に、既存のビジネスモデルはこのままで大丈夫か、社会的課題への対応は十分かなど、取締役会は中長期視点から経営の戦略・戦術を議論し決断することが任務だからです。このように考えると、SDGsは「統合思考」を介してESGと連携している、と言うことができます。

サステナビリティの意味

ここで改めて問います。そもそも、根本思想たるサステナビリティとは何か? この言葉は幅の広い概念であり、最近では多様な領域で使われるようになりましたが、その意味や解釈は様々です。そこで、予め筆者の考え方を明確にしておきたいと思います。

図表6でサステナビリティを「世代を超えた、環境・社会・経済の持続可能性」と説明しているように、本コラムシリーズでは、サステナビリティとは「環境・社会・経済の持続可能性」の意味で使います。つまり、環境・社会・経済の3つの観点から、相互の調和を図りつつ持続可能な地球社会・地域社会を実現していくことです。

この考え方は、1987年に国連「環境と開発に関する世界委員会(通称ブルントラント委員会)」が発行した最終報告書『Our Common Future(邦題:地球の未来を守るために)』の基本理念である「Sustainable Development( 持続可能な開発)」に基づくものです。

その定義は「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現代のニーズを満たすような開発」です。簡単に言えば、将来世代の経済発展の基盤を危うくしない開発ですが、当時、環境と開発の調和、世代間平等を明示したことが画期的でした。

持続可能な開発は、既に環境保全の国際的な共通理念として広く認識されていますが、現在では人権や労働などの社会的要素も含め、より広く捉えられて、SDGsが強調するように、「社会的包摂(social inclusion:誰も置き去りにしない)」とともに環境的に持続可能な経済発展をめざす概念となっています。

健全な環境・社会あっての経済と企業

しかし、現代の地球社会を全体で見ると、人口が増加し経済が発展する一方で、食糧やエネルギーの消費量の増大を背景に生態系劣化や気候変動、あるいは貧困・飢餓・格差など複雑で解決が容易でない地球規模の課題を多く抱えています。もはや「地球は無限大」という思い込みは通用しません。

こうしたグローバルな社会的課題に対する政府の課題解決力の限界が明らかになる中で、世界経済において存在感と影響力を増した企業への期待が高まっています。つまり、グローバルな社会的課題を解決し、「持続可能な開発」を実現するには、もはや企業セクター抜きには考えられなくなっています。このことはローカルの社会的課題についても同様で、SDGsの問題意識と軌を一にするものです。

最近の新型コロナウィルスの世界的な蔓延を見るまでもなく、地球社会は一つにつながっています。当然ながら、将来にわたって地球環境と地球社会が健全でサステナブルでなければ、環境と社会を存立基盤とする経済、そして企業もサステナブルな発展は望むべくもありません(図表7)。

地球社会と地域社会のサステナビリティを実現するためには、それを阻害する社会的課題を企業が本業を通じて解決することが肝要です。別の表現をすれば、21世紀に発展する企業とは、社会的課題を解決するためのビジネスを戦略的に展開する企業である、と言うことできます。それゆえ、社会的課題に着目する必要があるのです(詳細は後日稿を改めます)。

図表7:サステナブルな環境・社会あっての経済と企業の発展

(資料)筆者作成

次回(5)は、「ESG金融の加速化」の直近の動きであるブラックロックのESGの投資、BIS規制のグリーンスワン報告書、ならびにスチュワードシップの改訂について解説します。

(つづく)

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川村 雅彦
川村 雅彦(かわむら・まさひこ)

SBJ Lab Senior Practitioner of Integrated Thinking
サンメッセ総合研究所(Sinc) 所長/首席研究員
前ニッセイ基礎研究所上席研究員・ESG研究室長。1976年、大学院工学研究科(修士課程:土木)修了。同年、三井海洋開発株式会社入社。中東・東南アジアにて海底石油プラントエンジニアリングのプロジェクト・マネジメントに従事。1988年、株式会社ニッセイ基礎研究所入社。専門は環境経営、CSR/ESG経営、環境ビジネス、統合思考・報告、気候変動適応など。論文・講演・第三者意見など多数。

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