不妊に悩む米国の夫婦6組が脱プラスチック生活に挑むドキュメンタリー映画『プラスチック・デトックス』がNetflixで配信中だ。プラスチックに含まれる化学物質は人間のホルモンバランスを乱すことが分かっており、人間の生殖機能に対する悪影響が以前から懸念されている。そこで、環境・生殖疫学者のシャナ・スワン博士は、身の回りのプラスチックをできるだけ排除した暮らしを夫婦に提案し、体内に取り込まれる化学物質を減らそうと試みる。果たして妊娠は叶うのだろうか――。
目下、中東情勢の緊迫化によって、ナフサを原料とするプラスチック製品の供給不安が広がっている。そんな今だからこそ観てほしいのが本作だ。プラスチックにまみれた生活スタイルを見直し、行動を起こすきっかけになるだろう。
プラスチックに囲まれた生活から脱却
プラスチックに含まれる化学物質が人体に有害だと叫ばれ出してから久しい。にもかかわらず、世界のプラスチック生産量は年間約3.5%のペースで増加している。私たちは、プラ容器に入った食品をレンジで温めて食べ、化学成分入りの日焼け止めを塗り、化学繊維の服を着て、合成香料のルームフレグランスが置かれた寝室で眠る。文字通り24時間、ひっきりなしに化学物質を飲み込み、呼吸し、肌から吸収していると言っていい。
そうして体内に取り込まれ、ホルモンの働きをまねたり阻害したりして人体に影響を及ぼす化学物質は「内分泌かく乱化学物質」と呼ばれている。
スワン博士は25年前から、この内分泌かく乱化学物質が人間の生殖能力に与える悪影響について研究を重ねてきた。そして、「精子の数が著しく減少している原因は化学物質にある」と考え、2021年に『生殖危機:化学物質がヒトの生殖能力を奪う』(邦訳は原書房、2022年)を出版。この問題を根本から解決するには、政治的・経済的な困難を乗り越える必要があると警鐘を鳴らしている。
スワン博士は本作『プラスチック・デトックス』で、6組の夫婦に対し、プラスチック製の日用品を可能な限り排除して化学物質への暴露を減らす方法を指南していく。キッチンスポンジや調理器具、歯ブラシを自然素材のものに替え、香料入り洗剤を止め、プラスチック容器入りの食品は買わず、店頭ではレシートを受け取らない、といった具合だ。
こうした生活を3カ月継続し、各夫婦の化学物質の体内負荷量や精子濃度を実験の前後で比較して、脱プラ生活の効果を見極めようというわけだ。自宅にやってきたスワン博士に、室内あちこちに存在する化学物質を次々と指摘された男性が「うちは化学兵器室みたいだ」と驚く場面がある。そう、化学物質は私たちが想像する以上に生活の隅々まで入り込んでいる。
介入実験が3カ月に設定されたのは、精子が約70日の周期で新しく作られるからだ。スワン博士によれば、このような方法で妊娠や出産への影響を調べたケースは他に例がなく、「小規模で対照群もない初の実験的試み」だという。
影響は心疾患、肥満、初潮年齢にも
プラスチックを硬くするビスフェノールAや、プラスチックを柔らかくするフタル酸エステル類をはじめとする内分泌かく乱化学物質は、その多くが有害で、影響は多岐に渡る。体内に入り込んで自然なホルモンバランスが乱されれば、心臓発作や脳卒中のリスクが高くなるし、肥満が誘発され、がんの発症率を上げることも分かっている。
また、ヘアケア製品には髪をしなやかにするフタル酸エステル類が含まれており、2011年に米国の疫学専門誌『Annals of Epidemiology』で発表された研究では、幼少期から特定のヘアケア製品を使用していると初潮が早まる傾向があることも示唆されている。
こうした知見は他にも多数蓄積されているが、その多くが一般的にあまり知られていないことをスワン氏は危惧する。
石油化学工場が林立する米国の「がん回廊」
プラスチックによる健康への悪影響は、個人の力だけでは解決できない側面もあり、構造的な問題を抱えていることも本作では明らかにされる。
米国では、石油化学工場は有色人種や低所得者層が暮らす地域に建設されることが多いという。米南部には、約135キロメートルにわたって石油化学工場が立ち並ぶ「がん回廊」と呼ばれる一帯があり、そこで暮らす黒人は発がん率が高い。同地域で工場建設反対運動に取り組む女性が、がんで亡くなった知人の名前を次々と挙げ、彼らのために闘うと誓う場面は胸に迫る。
別の住民は「石油化学企業の事業計画は地域社会にとって死の宣告だ」と述べ、企業はたかがプラスチックのために人を殺していると憤る。便利さの裏側には、こうした大きな代償や格差が隠れていることを、私たちは知っておく必要がある。
プラスチックを巡る構造的な問題の根底には、化学者教育の在り方も関係している。本作は「人間はなぜ人体に有害な物質を発明したのか」と問いかける。そして、この疑問に対する答えの1つは、悪影響を予測する手段と人を傷つけない方法を教えていない現在の化学者教育にあると述べている。基本的な姿勢が抜け落ちている現状には驚かされるばかりだ。
プラスチック問題を「自分事」にする
6組の夫婦が3カ月後にどんな結末を迎えたのかは、ぜひ映画で確かめてほしい。しかし、予想外の成果も得られたようで、ほとんどの夫婦が今後も脱プラ生活を続けていきたいと答えている。
スワン博士は、自ら不妊に悩んだ経験があるからこそ夫婦を温かく見守りつつも、「不可抗力の環境中の化学物質のせいで、子どもをもつ権利が侵害されることは非倫理的で許されない」と語気を強める。とはいえ、プラスチックを断罪しているわけでもなければ、決して悲観的でもない。むしろ、プラスチック問題を政治・経済・社会・教育など多角的な方面から検証する視点を観る者に与えてくれる。
ナフサの供給不安を受け、八百屋では野菜をプラ袋ではなく新聞に包んで客に渡したり、惣菜店では持ち帰り用容器の持参を呼びかけたりといった動きが広まっている。このまま脱プラが進み、“災い転じて福となす”よう期待したい。
毎年7月は世界的な「脱プラスチック月間」でもある。これを機に、プラスチック問題を自分事として捉えてみてはどうだろうか。
『プラスチック・デトックス』はNetflixで配信中。
遠藤 康子(えんどう・やすこ)
フリーランス英日翻訳者。英語講師、日本語講師を経て、現在はウェブニュース、雑誌記事、書籍の翻訳を手掛ける。訳書に『子どものためのセルフ・コンパッション』(創元社)など、共訳書に『これからの「社会の変え方」を、探しに行こう。』(SSIR Japan)などがある。













