• 公開日:2026.06.17
JICAとLIXIL、SATOで連携 アフリカに「衛生経済」創出へ
  • 眞崎 裕史

独立行政法人国際協力機構(JICA)とLIXILは2026年6月8日、開発途上国における水・衛生課題の解決に向けた業務連携・協力に関する覚書に署名した。LIXILがソーシャルビジネスとして展開する衛生ソリューション「SATO」事業を起点に、現地で雇用やビジネスを生み出し、衛生サービスを自律的に循環させる「衛生経済(Sanitation Economy)」の形成を目指す。世界では今なお多くの人が安全に管理された衛生サービスを利用できず、不衛生な環境に起因する下痢性疾患などにより、毎日1000人以上の子どもが命を落としている。両者は覚書を「起爆剤」として、官民連携による持続可能な解決モデルの構築を図る。

「人間の安全保障」を支える水と衛生

JICA理事長の田中明彦氏は署名式のあいさつで、「日本のODA(政府開発援助)、JICAの協力では、人間の安全保障という考え方をとりわけ重視している。人間の尊厳を実現する上で、水と衛生は極めて重要だ」と強調した。世界では34億人が安全に管理された衛生サービスを利用できず、そのうち3億5400万人が野外排泄(はいせつ)を余儀なくされているという。

田中氏は「学校で男女別トイレが整備された結果、女子の就学率が1割程度改善したという研究もあるし、家庭にトイレがない場合、女性の暴力被害のリスクが2倍以上に高まるという研究もある」と述べ、衛生環境の改善が保健、教育、ジェンダーの諸課題に直結することを訴えた。

田中明彦氏

JICA地球環境部水資源グループの宇野純子氏は「施設整備のみでは衛生環境が持続しないことが認識されている。衛生製品が入手できることに加えて、生活の中で使い続けられること、すなわち供給・設置と運用・利用が一体となった仕組みづくりが必要」と説明。今回の覚書はこの仕組みの形成を、官民連携でスケールアップするものだ。

それぞれの強みを掛け合わせ

JICAは日本政府の二国間協力実施機関として、各国政府との強いネットワークや政策・制度づくりの推進力を持つ。一方、LIXILは2013年にバングラデシュで簡易トイレ「SATO Pan」を展開して以来、世界59カ国・1億300万人以上の衛生環境改善を実現してきた。両者の強みを掛け合わせ、「衛生経済」形成の推進を図る。

瀬戸欣哉氏

LIXIL取締役代表執行役社長兼CEOの瀬戸欣哉氏は、LIXILの取り組みについて「3つのアプローチがある」と語った。1つ目は「SATOをチャリティではなくビジネスとして捉えていること。チャリティであれば経済情勢や株主、会社の業績によって途絶えてしまうことがあり得る。ビジネスというのは継続性を前提にしている」。2つ目はエコシステム化で、「現地のメーカーに作ってもらい、現地のディーラーに売ってもらい、現地のメーソン(左官職人)に据え付けてもらう」。そして3つ目が「JICAとの官民連携」だ。瀬戸氏は「日本のソフトパワーを示していくという部分においても、非常に意義深いものになる」と強調した。

ケニアとマラウイでプロジェクトを始動

両者の取り組みは、ケニアとマラウイから始まる。ケニアでは、80万人超の難民と受け入れ地域での衛生改善が課題だ。難民の平均滞在期間は長期化しており、各国からの人道援助費も大幅に減少している中、ケニア政府は近年、難民キャンプに隔離するのではなく地域社会に統合する「シリカ計画」(スワヒリ語で「協働」を意味する)へと政策を転換した。

JICAは給水インフラ整備や水道公社の人材育成を進め、LIXILはSATO事業を通じた衛生改善やビジネス機会の創出を図る。両者は、難民や受け入れ地域の住民も担い手となる、市場主導型の衛生サービスの具体化を検討している。

マラウイでは、サイクロンや洪水で水・衛生設備が破壊され、2023年にはコレラの集団発生も起こっている。JICAが2025年4月に開始した「水系感染症及び洪水に強靭(きょうじん)な水・衛生計画策定プロジェクト」の枠組みで、南部州バラカ県のマーケットにSATO Panを導入した公衆トイレを建設。これが同国政府に評価されれば、全国普及への足掛かりとなる。

ケニア政府「日本は戦略的パートナー」

ケニア政府からはビデオメッセージが寄せられた。ケニア内務・国家行政省 難民支援局局長のマーシー・ムワサル氏は「シリカ計画は、難民と受け入れ地域の人々が共に社会・経済に参加し、自立できるようにすることを目的としている」と説明。「SATOの取り組みは、JICAと日本の企業が協力して人道課題に対応し、経済機会を創出し、強靭で包摂的な社会を作るモデルとなる。ケニアにとって日本は、包摂的で強靭な社会を実現するための、重要な戦略的パートナーだ」とメッセージを送った。

日本発の官民連携モデル、世界へ

両者はアフリカ・中東・アジアで50万人への安全で衛生的なトイレ普及を目指す。覚書は3年単位で更新する形式で、LIXILが掲げる「2031年3月期までに次の1億人の衛生環境改善」という目標達成にも貢献する。今回の覚書は2019年に続く2回目で、コロナ禍で中断していたが、アクションプランを策定して再始動する格好だ。

瀬戸氏は「衛生課題や難民の自立支援、気候変動への対応といった複雑かつ深刻な問題に対し、JICAや各国政府との新たな官民連携を通じ、現地で自律的に成長する市場主導型の『衛生経済』の創出をさらに加速させていく」と力説。田中氏は「公的機関が持つ制度づくりや国との協力の強みと、民間企業が有する製品開発や市場形成、現場での事業展開力を結びつけるものだ。日本の官民連携モデルとして、開発途上国の人々の生活に持続的な変化をもたらしていく」と語った。

紛争の長期化や気候変動による災害の頻発で、世界の支援ニーズは増している。一方、国際的に開発援助予算は縮小傾向にあり、国連機関などの資金不足は深刻化。従来の「与える支援」だけでは限界が見える中、日本発の官民連携モデルが、市場メカニズムを通じて衛生サービスを現地に根付かせる「衛生経済」を実現できるか。今回の覚書は、サステナビリティ分野における日本の国際貢献の在り方を問い直す試金石となりそうだ。

written by

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。

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