LIXIL 取締役 代表執行役専務 Chief People Officer
(肩書はインタビュー当時のもの。2026年4月1日付で代表執行役専務を退任、また、同年6月に取締役を退任し、顧問に就任予定)
SB Japan 総責任者/サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサー
Sinc 代表取締役社長兼CEO

INAXやGROHE(グローエ)、American Standardなど世界150カ国以上で事業を展開するグローバル住宅設備メーカー、LIXIL。同社が他と一線を画すのは、「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」というパーパスを、ビジネスの核に据えている点だ。その象徴が、2013年に始まったソーシャルビジネス「SATO」。わずか十数ドルの衛生ソリューションで、世界59カ国・地域、1億300万人の衛生環境を改善してきた。慈善活動でも寄付金頼みでもなく、ビジネスとして社会課題に挑む――。その実践の核心について、取締役 代表執行役専務 Chief People Officerのジン・モンテサーノ氏に、サステナブル・ブランド ジャパン総責任者の田中信康が聞いた。
「寄付」ではなく「ビジネス」で社会を変える
田中信康・サステナブル・ブランド ジャパン総責任者(以下、田中):LIXILでは、簡易式トイレや手洗い設備を提供する「SATO」の事業を、ソーシャルビジネスとして展開されています。お金もかかる、時間もかかる、非常に険しい道であり、容易なことではありません。それでもこの形を選択された理由を教えてください。
ジン・モンテサーノ・LIXIL 取締役 代表執行役専務 Chief People Officer(以下、モンテサーノ):理由はいくつかありますが、最も重要なのは、寄付や慈善活動の予算は、ビジネスの浮き沈みに左右されがちだということです。経営が厳しくなった瞬間、そこが真っ先に削られる。しかし私たちは、SATOのミッションと会社のパーパスを切り離して考えることができません。「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」を掲げる会社が、トイレのない人たちを置き去りにするのでは意味をなさないからです。

世界では今も約34億人が安全なトイレを持てず、毎日1000人を超える5歳未満の子どもが不衛生な環境に起因する病気で命を落としています。この規模の問題に向き合うには、持続可能なビジネスモデルでなければ届かない。
もう一つ重要な理由は、会社の内側にあります。LIXILは2011年にトステム・INAX・新日軽・サンウエーブ工業・東洋エクステリアの5社が統合して誕生した会社です。発足当初は、トステム出身の人はトステムに、INAX出身の人はINAXに帰属意識を持つ、いわば「ごちゃごちゃ」した集合体でした。誰もLIXILというアイデンティティを持っていなかった。そこで、LIXILの「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」という共通のパーパスが、全員を一つにまとめる旗印として重要になりました。当初、多くの社員はパーパスの実現に半信半疑でしたが、会社の本気度を組織全体に証明するシンボルとなったのがSATOです。もしSATOが単なる慈善活動であれば、「業績に余裕がある時だけのきれいごとだ」と思われてしまいます。だからこそSATOは、自立したビジネスとならなければならなかったのです。
田中:確かに、「やろうと思えばできる」という簡単な話ではなく、あえてストラクチャーとして組み込む意志すら感じます。SATOはLIXILの中でどのように位置付けられているのでしょうか。

モンテサーノ:SATOはINAXのトイレと同じように事業レビューがあり、監査・コンプライアンスレビューもある。他の事業部門と同等の立場で、一つのビジネスとして厳しく管理されているのです。
ただし、一つだけ例外的な扱いをしています。それは、SATOを通常の事業部門の傘下には入れず、私が直接率いているということです。なぜなら、SATOはLIXILの中で唯一、「1億人への衛生環境の改善」という社会的インパクトと、「損益分岐点の達成」という財務的インパクトの「二重のインパクト」を課された特殊なビジネスだからです。もしSATOを通常のP&Lに組み込めば、まだ黒字でないという理由で即座に撤退するという判断になるかもしれない。だからCEOの瀬戸欣哉は私に言いました。「ジン、損益分岐点に達するめどが見えるまでは、あなたが率いてほしい。黒字化すれば商業ポートフォリオの一部にできる。でも今はまだだ」と。
これが、パーパスをビジネス戦略に統合するということの本質です。パーパスとは、ビジネスとは別の「あれば良いもの」ではありません。成功しているビジネスは、パーパスを実現しようとしているからこそ成功しているのです。
1億人目標の「未達」が教えてくれたこと
田中:当初立てた際の目標値としては途方もない規模でしたし、長期的な取り組みです。途中、うまくいかない局面もあったことは容易に理解もできます。
モンテサーノ:実は、2020年に最初の「1億人」目標を掲げていたのですが、達成できませんでした。チーム全体が非常に落胆しました。ただ、その時、パートナーであるユニセフが言ってくれた言葉が忘れられません。「あなたたちは1860万人の暮らしを改善した。1億人という目標を設定していなければ、そこには到達できなかった。だからこの成果を認めてほしい」と。

もちろん、達成できなかった理由を深く分析しました。農村部のコミュニティ、いわゆる「ラストマイル」への到達は想像以上に困難でした。道がない、インフラがない、そもそもトイレを使う習慣がない地域に入っていくことは、学びの連続でした。
その経験を通じて得た最大の教訓が「ラディカル・コラボレーション(根本的な変化を生み出す協働)」の重要性です。自分たちだけで全てをやろうとしない。私たちのイノベーションの価値を認めてくれる人なら誰とでも組む。その姿勢を持てたのは、LIXILが掲げる指針「LIXIL Behaviors (3つの行動)」の一つである「実験し、学ぶ」が組織に根付いていたからです。うまくいかなくても、それは失敗ではなく教訓だ、と。世界の偉大なイノベーションは全て、多くの失敗の後に生まれているのですから。
田中:2025年12月には累計1000万台以上の出荷、そして1億300万人の衛生環境改善を達成されました。素晴らしいですね。ここに至るまでの組織として、そして代表者である瀬戸CEOのやり遂げる力と、LIXILに関わる全ての皆さんの粘り強さに敬服します。
モンテサーノ:CEOの瀬戸がLIXILに来る前に成功した起業家だったことが、大きかったと思います。「実験し、学ぶ」というエトス(精神)は彼が持ち込んでくれたものであり、それがSATOを続けるエネルギーを組織全体に与えてくれました。失敗を受け入れ、そこから学び、次につなぐ。そういう文化があったから、SATOは諦めずに続けられた。SATOが作った最大の「信念」は、「この会社は、うまくいかなくても試み続ける」ということだったと思います。
パーパスが社員を束ねる「統合のツール」になった
田中:御社はMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)ではなく、「LIXIL Behaviors(3つの行動)」を軸に置いていますね。これが御社の経営を推進する重要なポイントであることも理解しています。
モンテサーノ:おっしゃる通りです。発足当初は、それぞれ前身となる会社のカルチャーが強く根付いていました。私はLIXIL最初期の採用の一人でしたが、正直、同じような立場の仲間が他にほとんどいなくて、少し孤独でした。だからこそパーパスが重要でした。前身の会社でこれまでに築いてきた専門性とプライドを持ちながら、さらにLIXILとしての誇りも持てる。パーパスが、異なるバックグラウンドを持つ全員を一つにつなぐ「大きな統合のツール」になったのです。

「3つの行動」の考え方はシンプルです。CEOの瀬戸がよく言うように、ローマ文明には多くの国々があった。でもローマ人であるためには、税を払い、ラテン語を話さなければならない。私たちも「トステムの人でいてください。でもLIXILの人でもあろうとするなら、この3つの行動を示してほしい」と言いました。「正しいことをする、敬意を持って働く、実験し、学ぶ」。これが全員に求めたものです。
「正しいことをする」は単なるコンプライアンスではありません。役職や年次にかかわらず、納得できないことがあれば声を上げる。まるで会社のオーナーのように行動する、ということです。この「LIXIL Behaviors」が、多様な出自を持つ社員に「主体性」と「自分の声が大事にされている」という実感を与えたと思います。
パートナーのためのパートナーを求めてはいけない
田中:SATO成功の一つの鍵は、ユニセフをはじめとする多様なパートナーとの連携だと思います。しかしラディカル・コラボレーションは、タフな交渉も伴うし、相応の資金投入も要する。そのバランスをどう取っていますか?多くの企業のヒントにもなると思います。
モンテサーノ:大切なのは、「パートナーのためのパートナー」を求めないことです。まずSATOというソーシャルビジネスのエコシステム全体を理解することから始めました。SATOのトイレが購入され、使われるために何が必要か。便槽を掘る職人、製品を村まで届ける流通業者、地域で販売する小売店、地域の意識を変えるNGOやNPO……。バリューチェーン全体を見渡すと、どんなプレーヤーが必要なのかが見えてきます。

次に、何が欠けているかを冷静に見極め、その穴を埋められる相手を探す。ユニセフがなぜそれほど重要かといえば、何十年もかけて農村の村長たちに野外排せつの問題を説き続けてきた、「信頼されている」機関だからです。ただ、村長が「分かった、では何を使えばいいか?」と聞いた時、ユニセフには提供できるものがなかった。私たちには解決策があった。だから一緒に取り組めました。
重要なのは、自分たちが全てに長けているわけではないと認める謙虚さです。私たちはトイレや水まわりのイノベーターです。でも農村コミュニティで行動変容を促す専門家ではない。その謙虚さを自らに課すからこそ、必要なパートナーと本質的な関係を築けます。パートナーシップを築く方法を知っていると、組織はより機敏で強靱(じん)になれる。SATOはその点でLIXIL全体に多くを教えています。
インパクトとビジネスは切り離せない
田中:SATOの成功が、LIXIL全体のイノベーションにも波及しているとお聞きします。その具体的な変化はどのようなものでしょうか。
モンテサーノ:毎年、R&Dと先端技術チームの話を聞く機会があります。数年前は、研究者たちが非常に幅広いコンセプトを扱っていて、「これが世界にどう役立つのか」と思うこともありました。ところが去年は、発表されるコンセプトの大半に、明確な環境的・社会的インパクトを生み出そうとする試みが見えた。誰かに指示されたわけではありません。組織の深いところにいるエンジニアたちが、自分たちで気付いたのです。「他社との決定的な違いを生み出すのは、製品やイノベーションがもたらすインパクトだ」と。

急速にコモディティ化が進む世界で、蛇口は蛇口、トイレはトイレで「どれも同じ」になっていく。その中で差別化を図り、競争を勝ち抜くための最大の鍵(ゲームチェンジャー)となるのが、「そのイノベーションが社会や環境にどのようなインパクトをもたらすか」を考えることなのです。リサイクルアルミ使用比率100%の循環型低炭素アルミ「PremiAL R100」や、廃プラスチックと廃木材から生まれた循環型素材「revia」が誕生したのも、SATOがこのインパクトの重要性を証明したからこそだと思っています。
だから私は、インパクト戦略は企業戦略に統合されていなければならないと考えています。SATOが「本業とは別の特別なプロジェクト」ではなく、LIXILのビジネスの一部として組み込まれているように、社会課題への取り組みを自社のビジネスから切り離してしまった瞬間、それは持続可能性を失い、機能しなくなります。
田中:社員のエンゲージメントにも影響しているそうですね。
モンテサーノ:毎年実施する従業員エンゲージメント調査で、社員のモチベーションを最も高めているのは、会社が掲げるパーパスと、社会にインパクトをもたらすことへのコミットメントだという結果が出ています。自分の仕事が社会にとって意味のあるものだと感じられること。それが社員にとって最大の原動力なのです。また、HR(人事)を統括する者として現場の熱量を実感するのは、SATOへの異動希望者が後を絶たないことです。SATOは世界中のLIXIL社員を一つにつなぐ、誇りの源になっています。
社会的インパクトの可能性を持つ日本企業へ
田中:本業を通じた社会的価値向上は、多くの企業が口にしますが、実際にはなかなか難しい。LIXILの経験を踏まえて、挑戦しようとしている企業へのヒントを最後にいただけますか。
モンテサーノ:まず、慈善活動やCSRの観点から入らない方が良いと考えます。長続きさせることが難しいからです。どんな取り組みでも、社会的インパクトと財務的な成果、この二重のインパクトを持つビジネスとして設計すると良いのではないでしょうか。次に、自社の強みを問うことです。何が得意か、何に情熱を持っているか。そして世界が何を必要としていて、自社の専門性をどう役立てられるのか。私たちは「トイレオタク」で衛生や水まわり製品に関する専門性を持っていたところ、世界には衛生問題という巨大な課題があった。その重なり合いがあったからこそ、SATOのミッションが生まれたとも言えます。
成功の鍵は3つです。1つ目は専任チームの設置。「本業のついで」ではなく、SATOの成果のみで評価され、報酬が決まる独立したチームが必要です。2つ目は「エグゼクティブスポンサー」の存在。取締役会で「この事業を続けるべきか」という議論になった時に、「これを続けないという選択肢が、私たちにあるのか?」と矢面に立って事業を守り抜く人物が必要です。それはえこひいきではなく、未来に向けたインキュベーション(事業育成)なのです。
3つ目は、ビジネスとして扱うこと。ただこれは、「1年で利益が出なければ終了」という短期的な話ではなく、明確なKPIやマイルストーンを設定し、事業的な成果が出るまでしっかりマネジメントするということです。日本企業には、社会的インパクトをもたらす可能性を秘めた素晴らしい製品や技術がたくさんあります。あとは成功のために組織の体制を整えるだけです。私はいつも言います。これは「ロケットサイエンス(極めて難解なこと)」ではない、と。
田中:LIXILが社内のタフな交渉も、財務的な投資も重ねながら、真剣に取り組んできた積み重ねが伝わってきます。SATOの1億人という一つの到達点は、ある意味、その大きな証明だと思います。今日は大変示唆に富んだお話をありがとうございました。

株式会社LIXIL 取締役 代表執行役専務 Chief People Officer, 人事・広報・渉外・Impact戦略 担当
※本インタビューは2026年2月に実施しました。役職は取材当時のものです。モンテサーノ氏は2026年4月1日付で代表執行役専務を退任、また、同年6月に取締役を退任し、顧問に就任される予定です。
2020年6月に株式会社LIXILの取締役に就任。2014年11月からは同社の専務執行役員を務め、現在はチーフ・ピープル・オフィサー(CPO)として、人事、総務、渉外、コーポレート・レスポンシビリティ(企業責任)の推進を含む広範な領域を統括。
SB Japan 総責任者/サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサー
株式会社Sinc 代表取締役社長兼CEO
大手証券会社にて株式、デリバティブ取引、リサーチマーケティング、人事、財務・IR、広報部門など管理部門を幅広く経験し、資本市場に長く精通。大手企業の財務・IRコンサルタント、M&Aアドバイザー、コーポレートコミュニケーション支援業務の責任者として従事。財務・非財務コンサルティングのキャリアを活かし、統合思考、情報開示の支援業務を中心に、幅広くコンサルティング業務に携わる。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。









