エネルギー課題解決の大前提は冷静な議論――必須となる各種データと予測、そして論点の整理
北村和也
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ここにきてエネルギー費の異常な高騰、燃料の不足、ロシアの起こした侵略の中での脱炭素。百年に一度のことが、集中して発生し、地球を脅かしているといっても過言ではない。この1~2年のエネルギーに関する私たちの決断は、人類が持続的に生きていけるかの分かれ目になるかもしれない。
危機に瀕すると冷静さを失いがちである。しかし、こんな時こそ、できるだけ落ち着いた議論を行って、よりましな選択をしなければならない。私たち、特に日本人は、エネルギーできちんと議論ができているのだろうか。短期的な事象にとらわれていたり、雰囲気に流されたりしていないだろうか。今回のコラムでは、改めて根本から立ちはだかる課題解決について考えてみたい。必要なのは、データと予測と多角的な論点の整理である。
議論のベースが、きちんと提示されているか
筆者は、2年ほどドイツに住んだ経験がある。その後もドイツの再生エネに強く関心を持って繰り返し訪れ、エネルギー関連のアドバイスを日本で生業(なりわい)としてきた。そのため、本コラムを含め、執筆やセミナーのためドイツのエネルギーに関する研究や資料に当たることが多い。その時、いつも感心していたのが、各種のまとめを行う官民の研究機関やシンクタンク、行政機関などの存在の多様さとその報告のボリュームである。
例えば、以下のグラフを見てもらいたい。ドイツにおける、風力発電と太陽光発電の将来予測である。まとめたのは、AEEという、再生エネの効率的な使用を促進することを目指すドイツの民間企業で、政治的中立性を掲げたうえで、自治体や建設業界などの民間企業などにコンサルティングなどを行っている。
グラフ1:ドイツの風力、太陽光発電の将来予測(出典:AEE)
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グラフ1そのものは、2030年、2050年に向けての両発電の大きな伸びを示している。ここで、注目してほしいのは、横軸の「データ元」のリストである。2030年の予測を見ると、7つの機関による棒グラフがあり、ばらつきも大きい。元のデータを作成したのは、再生エネに関連する公共機関やシンクタンク、研究所などで、独自の調査や検討に基づいて予測を行っている。それを、AEEが一つのグラフに取り込んでいるのである。
例えば、BMWK(ドイツ連邦経済・気候保護省)の予測(右から2番目、斜線入り)は、ロシア侵略後に政府が緊急提案したエネルギー施策「イースターパッケージ」で、太字で取り上げられている。この他、BEE(ドイツ再生エネ協会)やエネルギーシフトを目指すシンクタンクdena、ベルリンにある再生エネ専門の研究機関Agora Energiewendeなど著名な組織が並んでいる。
ドイツのエネルギーの報告書などで、このように複数の研究結果が並列されるのは珍しくない。読む側は、各種の研究結果を比べることで多様な判断材料を得ることができる。
この他、このグラフにはないが、エコインスティテュートやドイツ最大の研究機関であるフラウンホーファー研究所など研究調査機関は枚挙にいとまがない。特にフラウンホーファー研究所ISEは前年の電源別の発電量とその分析を毎年、年明け1週間以内に速報する。一年前の統計が出てくる日本に比べて、そのスピード感は驚くほど違う。なにより、データや予測を発表する機関の数が日本では少ない。
日本のエネルギー高騰対策に欠ける論点とは
エネルギー自給率が、わずか10%あまりの日本は、当然、欧州などでの高騰のあおりを受け、電気もガスも大きく値上がりしている。さらに激しい円安が追い打ちをかけている。
グラフ2:電気料金単価の推移(出典:資源エネルギー庁)
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日本の資源エネ庁が作成した上のグラフはまだ昨年の“おとなしいレベル”である。2022年に入って情勢はさらに厳しくなった。すでに旧一電系の小売電気事業者は燃料費の高騰に耐え切れず、燃料調整費の上限撤廃や市場連動プランへの切り替え、需要家の緊急避難となる最終保証供給(送配電事業者との契約)価格の実質値上げなどに踏み切っている。
こんな中、岸田首相は突然、原発推進に舵を切る。小型原発の新設に加え、すでに運転期間の上限60年の撤廃の検討にはいった。
筆者は、原発の推進に懐疑的ではあるが、議論はすべきだと繰り返し各所で書いてもいる。
欠かせないのは、論点の整理であり、そのためにはデータや予測などが必須となる。今、進むのは、「エネルギー費の高騰で大変➡欧州も原発に頼り始めた➡安定的な電源として日本も原発を」、という危うい雰囲気である。多くの日本のマスコミも、ドイツが残りの原発運転延長を決めた、岸田さんが原発推進に転じた‥などの「現象」をほぼ追うだけで、議論のベースとなるデータやファクトの提示などをあまり行っていない。これでは、まともな議論の無いまま、情勢に流されかねないと筆者は心配する。
欧州とドイツの脱ロシア依存と原発利用に関する論点
ここで、欧州、特にドイツの原発利用の論議を整理しておこう。原発利用の是非ではなく、どのような議論で現状の施策に至ったかを見るためである。(下線が基本的なデータや施策)
〇ロシアからの天然ガスが入ってこないなど使えない状況への対策:
もっとも影響を受けるのは、家庭の暖房利用、化学工業などであり、発電に使う分は10%強しかない。また、原発延長の効果は、天然ガスの1%を節約できる程度である。一方、節ガスが広がって、家庭では20%を大きく超える使用削減結果が出ている。それでも、短期的には、停電などのリスクが排除できないため、延長に踏み切った。
〇短期的な対応:
原発の運転延長は、来年4月中までに限定している。それは、現在の天然ガスのドイツ国内貯蔵率が95%を超えていること、来年にはLNG基地の新設などが見込まれていることなどが理由である。
〇中期的な脱ロシア施策:
欧州全体の新しいエネルギー施策「RePowerEU」では、現状の天然ガスのロシア依存(左:黄土色がロシアからの輸入、青色が非ロシア)を2030年にはゼロにする目標を立てている。それまでの不足分を、米国やノルウェーからの追加分やカタールからのLNGでカバーする計画である。
グラフ3:欧州の天然ガスのロシア依存と2030年に向けての調達先転換(出典:Ember)
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〇長期的な展望:
欧州各国は、緊急かつスピード感を持った、圧倒的な再生エネ、特に電源の拡大を目指している。冒頭のグラフ1は、そのためのドイツの再生エネ電源の中心となるVRE(太陽光と風力発電)の拡大予測である。
つまり、原発の運転延長はこれらのデータや施策に基づく論点の整理(下線部分)からみると、つなぎであることがよくわかる。
日本で抜けるコストの議論と運転延長によるリスク
なぜ、欧州が原発に頼りきれないかは、その持続性にある。
一つはコスト高である。事故への不安は、地震の少ない欧州でさえも残る。その分、施設の安全性向上のための建設費が跳ね上がっている。ドイツの運転延長議論でも、燃料確保や延長で増加する核の廃棄物の処理費増などのコスト増加が問題となった。明らかに高くつくが、短期的なエネルギー不足リスクを他の電源では補えないとの結論になったと想像される。注目すべきは今、欧米では原発を安いとする議論はない。特に新設での競争力は厳しい。原発を新しく作るのでは、運転まで10年程度かかり即効性がない。よって、運転延長を考えるのだが、フランスの原発の10基以上が設備の腐食問題で今年稼働していないことを考えると、そちらのリスクも大きい。これが、二つ目の問題である。
前項のまとめともなるが、天然ガスのロシア依存問題は電力の高騰につながるほどの悪影響を及ぼし、その結果、つなぎとして一定の期間、原発にも頼ることになったといえる。知られているように、イギリスやフランスは長期的な観点で、原発の新設計画を進めている。
ただし、フランスは6基新設を計画するが、建設中のある原発は10年前に動くはずが15年かけても完成せず、経費は計画の4倍となっている。イギリスは今後10年程度で現在稼働している13基のうち12基を閉鎖する。少し前に新規原発の不採算コストを、当時建設を請け負うことになっていた日本企業に大きく転嫁しようとしていたことを思い出す。
振り返って、日本の原発推進とは、いったいどういうことなのだろうか。
短期的には、再稼働しか対応できないが、中長期はどうするのか。地震頻発国として長期運転のリスクについての議論は当然含まれなくてはならない。さらに、コスト論議には正直なデータの提示が必要である。すでに、原発推進の原資を法人税の値上げでまかなう話も出ている。何のために、原発をどう使うのか、リスクやコストの負担はどうするのか、論点は山ほどある。
今回は、原発の話を例としたが、再生エネをはじめとしたエネルギーや特に電源に関しての議論は、データを欠く話も多く、他の国の例も自分の論に都合の良いところを引っ張ってくるケースが後を絶たない。自前で議論のベースとなるデータなどを提供できる各種の機関が日本には不足していると感じる。
一方で、ガソリン代の補助が、3兆円になろうとしている。これに電気代とガス代の補助が数兆円加わる勢いである。長期の補助は、不要な車の運転を無くし、節電や節ガスによって脱炭素に貢献する道を自らふさごうとしていることになる。財政赤字が突出し、円安が急進行する国が取る政策なのか。行き当たりばったりの施策を取っている余裕は日本には無いはずである。各種のデータや予測をベースにした、冷静な議論を避ける先に希望の未来はやって来ない。