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脱炭素特集

欧州を襲うエネルギー費高騰の嵐 原因と緊急対応の実際と日本への影響

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北村和也

Image credit: Kapook2981

ロシアのウクライナ侵略が拍車をかける欧州のエネルギー費高騰が止まらない。

長くロシアからの化石燃料、特に天然ガスに頼ってきた欧州のエネルギー事情とコロナ禍からの経済復調などを背景に価格爆発の様相を呈している。

来年には、英国の一般家庭では、ガスと電気代が年間100万円を超えるという予測が出ている。また、再生エネ電力が半分を占めるドイツでさえも託送料の値上げなどを含めると1kWh当たりで100円という凄まじい数字さえ聞こえてくる。この事態に欧州委員会は緊急対策に着手し、これまでの市場の在り方を覆すドラスティックな提案まで示している。

今回のコラムでは、日本にはあまり伝わっていない高騰の本当の原因と今後想定される日本への影響などを合わせてまとめる。

止まったロシアからのガスパイプラインと月3万円超えの電気代

ロシアの天然ガスに頼っていた国の代表格としてドイツがある。2021年の天然ガスのロシア依存度は55%という高さであった。ロシアからの天然ガスは、ノルドストリーム1をメインとするガスパイプラインを通して直接ドイツに運ばれていた。しかし、ロシアはドイツの首根っこをエネルギーで押さえておく脅しとして、送るガスの量をだんだん減らし、8月末にはついにゼロとした。ドイツは、他の欧州諸国に歩調を合わせ、ロシア以外への輸入先転換と需要の削減を進め、下記のグラフのように、8月時点でロシア依存を9%(グラフ最下のえんじ色)にまで減らしている。ちなみに、ノルウェーからが38%、オランダからが24%と共に大きく伸ばしている。

ドイツの天然ガスの輸入先2022年4月〜8月 出典:ARD

ドイツ国内の天然ガスの用途は、家庭での暖房などの熱利用と工業用とで合わせて7割を超え、発電に使うのはやや減って12%程度である。それでも、天然ガスをはじめとした化石燃料の高騰などの電気料金への跳ね返りは驚くべきものがある。

ドイツでは、税金など付随する徴収分が大きく、もともと家庭の電気料金は欧州で2番目に高いものであった。値上がりを押さえるために、政府はドイツ版のFIT制度に関する賦課金をゼロにするなどの措置を講じたが、それでも7月の電気料金は、1kWh当たり37.3ユーロセントと軽く50円を超えている。さらに、実勢価格として9月18日時点の料金(新規契約でのkWh価格)は55.6ユーロセントで、ほぼ80円である。

年明けには、系統整備に必要とされる託送料が3倍になるとされていて、これを加えると冒頭示した1kWh100円を軽くオーバーする。標準家庭で年間3500kWh程度(2017年度の日本の一世帯あたりの平均電力消費は4322kWh)の電気を使うとすると、年間35万円以上、つまり毎月3万円を電気だけに支払うことになる。当然ながらガスの料金も上がっていて、もう支払えないという声が現実味を帯びて聞こえる。

高騰の要因となった、気候変動と原発の発電不振

欧州の電力卸売市場は、昨年前半までは非常に落ち着いていた。例えば、2019年の平均の価格が、ドイツで1kWh、3.8ユーロセントと5円強であり、他の欧州諸国もせいぜい6円~7円であった。ところが、それが2020年の後半から激変する。

コロナ後の経済回復や脱炭素の急進行による化石燃料の不足などで、卸売市場は上昇しはじめ、今年2月末のロシアの侵略でさらなる急騰を迎える。夏にはそれが加速して、50ユーロセントが常態化して時に80から100ユーロセントをつける事態になった。つまり、市場価格が10倍以上になったのである。

ベースにあるのは、ロシアを排除することによる天然ガスの“不足”であるが、この夏の高騰要因には温暖化の影響が色濃く出始めていた。何度か日本のニュースでも取り上げられた、欧州を襲った熱波がそれである。

エアコンの普及率が10%台しかない欧州で40度を超える高温が発生し、干ばつまで招いた。水不足は、欧州全体の発電の屋台骨の一つ、水力発電に大きな影響を及ぼすことになる。下の図は、欧州27ヵ国の発電量を、電源別に2021年(1月~8月)と比較したものである。

EU27ヵ国の発電量(1月〜8月まで)、2021年と2022年の差 出典:Ember

左から2番目の水力(青)が21年に比べて62TWh減ったことを示している。最大の水力発電国、ノルウェーへの影響にとどまらず、各国の水力発電は軒並み発電量を減らした。

もうひとつ、発電量がマイナスになった電源が最も左の原発(紫)で、さらに大きい70TWhの減である。それらを太陽光と風力発電の再生エネ電源(緑)が半分カバーしている。また、茶色の石炭とグレーの天然ガス発電も電力量補填の重要な役割を果たしている。ところが、この化石燃料が、ロシア制裁などの絡みで暴騰しているのはご承知の通りで、今年の夏に暴発した価格の要因となったのである。

では、原発からの電力が減ったのはなぜであろうか。

欧州最大の原発大国であり、電力輸出国であったフランスの原発(合計56基)が故障続きで、半分以上が点検や修理で稼働していないことが主たる理由である。このため、フランスは周辺諸国からの電力輸入に頼ることになり、市場価格をさらに押し上げている。

フランスの原発による発電量2020,21,22 出典:IWR、ENTSO-E

上図でわかるように、2022年のフランスの原発による発電量は昨年、一昨年をかなり下回っている。フランス政府は、年末までの回復を目指すが、どうやら思うような復帰は見込めないという声がすでに出ている。

欧州の緊急対策と日本への影響

国民が支払えないような光熱費が迫る中、各国政府や欧州委員会も対策を打ち出し始めている。生まれたばかりのイギリスの新政権は、現状の光熱費をこれ以上は上げないとし、そのためにおよそ25兆円を拠出すると発表した。

また、欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、以下のような提案を示している。

①卸売市場での再生エネと原発電源の取引に上限を設定(1kWhあたり18ユーロセント)
②超過利益をあげているエネルギー企業に、一定割合の利益の拠出を求めること
③全電力需要の10%削減とピーク時の5%削減

これらを合わせてうまれるおよそ20兆円の収入を、各国の企業や家庭などの支援に用いるとしている。これらが実施されれば、例示したイギリスやドイツなどのエネルギー費の上昇は緩和される可能性がある。
 
日本への影響は主に、2つの方向性の中にある。

一つは、エネルギー価格への影響である。

欧州で起きたこの夏の高騰要因は、熱波と原発の発電不振とヨーロッパ固有のものでもあった。しかし、ロシアからの天然ガスの代替として欧州諸国は別の輸入先を求めて、すでにアジアのLNG市場などにも手を伸ばしており、今後天然ガスの奪い合いは、苛烈を極める可能性が高い。つまり、熱波などの季節要因が取り除かれたとしても、天然ガスの価格が大きく低下することは期待しにくい。さらに、日本には円安という固有のマイナス要因が存在する。

もう一つは、欧州が取る高騰対策である。

市場価格の上限設定や過剰利益の拠出など自由市場から離れる施策は、一時的な緊急対策とされている。しかし、今後、日本の電気代などエネルギー費がさらに上昇する可能性は高く、その時に先例の対策として比較されることになる。

いつまでもガソリン代の補填(ほてん)のようなバラマキと脱炭素に逆行する施策だけを続けることは不可能であろう。日本でも、財源を含めた高騰対策の要請がもう目の前に迫っている。

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北村和也 (きたむら・かずや)

日本再生可能エネルギー総合研究所代表、日本再生エネリンク代表取締役、埼玉大学社会変革研究センター・脱炭素推進部門 客員教授
民放テレビ局で報道取材、環境関連番組などを制作した後、1998年にドイツに留学。帰国後、バイオマス関係のベンチャービジネスなどに携わる。2011年に日本再生可能エネルギー総合研究所、2013年に日本再生エネリンクを設立。2019年、地域活性エネルギーリンク協議会の代表理事に就任。エネルギージャーナリストとして講演や執筆、エネルギー関係のテレビ番組の構成、制作を手がけ、再生エネ普及のための情報収集と発信を行う。また再生エネや脱炭素化に関する民間企業へのコンサルティングや自治体のアドバイザーとなるほか、地域や自治体新電力の設立や事業支援など地域活性化のサポートを行う。