
移動性野生動物種の保全に関する条約(CMS)、通称「ボン条約」は2026年3月24日、ブラジルで第15回締約国会議を開催したのに合わせ、回遊性淡水魚に関する報告書「Global Assessment of Migratory Freshwater Fishes(回遊性淡水魚に関する世界評価)」を発表した。回遊性淡水魚は地球上で最も深刻な絶滅の危機に瀕している野生生物に数えられるにもかかわらず、国際的な注目が集まることはほとんどないという。
報告書は、回遊性淡水魚を守るためには流域国による共同の取り組みが必要だと訴えている。また、ボン条約に追加掲載すべき魚類として300種以上を挙げている。日本はボン条約に加盟していないが、それらの魚には日本の食卓によく上るものも含まれており、決して無関心ではいられない。
国境を越えて移動する魚たち
回遊性淡水魚は、複数の国を貫いて流れる河川や、海と淡水域を移動しながら成長する種だ。流域国で暮らす人々の生活や文化、食料システムを支え、生物多様性を維持し、河川の健全性を保つ上でも重要な役割を担っている。その一方で、最も危機的状況に置かれている野生生物の1つでもあり、報告書によると、その個体数は1970年以降、約81%も減少したという。報告書の筆頭著者で水生態学者ゼブ・ホーガン氏は、「回遊性淡水魚は深刻な危機に瀕しており、その保護に向けて各国が協力し、河川の連続性や生産性、活力を維持していかなくてはなりません」と述べている。
ボン条約は、渡り鳥や移動する動物、魚類、昆虫類の保護とその生息地の保全を訴えた国際条約だ。1979年にドイツ・ボンで採択され、現在は約130の国と地域が加盟している。
ボン条約には、付属書I(絶滅の恐れがある移動性生物)と、付属書II(国際的な保全努力を要する移動性生物)があり、掲載されている魚類は淡水魚と海水魚を合わせて58種。そのうち淡水魚は24種だ。今回の報告書ではさらに、掲載基準に達したと考えられる回遊性淡水魚325種が候補として挙げられている。国・地域別に見ると、最も多いのはアジアの205種で、南米55種、アフリカ42種、欧州50種、北米32種(重複しているため合計数は325種以上)となっている。
回遊性淡水魚が激減した原因とは
淡水の生態系に生息する生物は、陸上生物や海洋生物よりも個体数の減少がより速いペースで進んでいる。回遊性淡水魚の個体数がここ50年余りで81%も減少した背景には、多くの要因がある。回遊性淡水魚の多くは、餌場と、産卵場であり稚魚が成育する場である氾濫原を行き来できる、長く途切れのない水の回廊を必要とする。
しかし近年は、ダムや堰、水力発電所が建設されたことで、河川の水量・流れの変化や生息地の分断が起きた。その結果、魚たちが移動に要する労力が増え、生息地までの所要時間が延びたほか、好ましくない場所での産卵を余儀なくされることも増えている。砂利の採取で産卵地・成育地である氾濫原が失われたり、乱獲と混獲が頻発したりしたことも加わり、産卵率や稚魚の生存率が低下した。近年は、プラスチック汚染や気候変動による水温上昇といった問題もある。
報告書は、こうした事態が世界各地の国際河川で進行しているにもかかわらず見過ごされてきたことが、回遊性淡水魚と生物多様性の危機を招いたと述べている。そして、回遊性淡水魚がライフサイクルを完了できるよう、流域国が歩調を合わせ、水路の連続性を確保するための管理や共同モニタリングの強化、季節に応じた漁業の実施などに取り組む必要があると訴えている。とりわけ早急に対策を講じるべき河川はアマゾン川、メコン川、ドナウ川だという。
世界自然保護基金(WWF)の首席淡水学者ミシェル・ティーム氏は次のように語る。「川は国境にかかわらず流れ、そこで暮らす魚たちもまた移動しています。世界各地では、想像をはるかに超えた深刻な危機が水面下で進行しており、私たちにはあまり時間が残されていません。河川は一続きの水路として管理しなければならず、国境を越えて手を結び、流域全てを対象にした包括的な解決策に力を入れることが必要です。そうしなければ、回遊魚たちは永遠に失われてしまうでしょう」
「条約非加盟」でも傍観すべきではない

日本はボン条約に加盟していない。その理由については、2014年に衆議院環境委員会で審議された際、絶滅の恐れがある野生動植物の種の国際取引に関するワシントン条約や、湿地に関するラムサール条約で定められている規制と重複部分があることが挙げられた。また、付属書にはクジラやウミガメが掲載されており、批准するとそうした動物の捕獲が禁止される点も背景にあるようだ。それ以降は10年以上、政府や国会での議論は見られない。
今回の報告書は、国際河川に生息する回遊性淡水魚に大きく焦点を当てた内容となっている。日本は、ボン条約に非加盟である上に、他国と共用する河川を持たない国だが、だからといって、回遊性淡水魚の危機と全く無関係だというわけではない。付属書への掲載候補として挙げられている325種の回遊性淡水魚には、日本でもおなじみのアトランティックサーモンやアメリカウナギ、小売店で見かけることが増えた東南アジア産パンガシウスなどが含まれている。
持続可能な魚食文化を支えるために

アメリカウナギは、北米やカリブ海周辺で採れた稚魚が東アジアで養殖され、日本にも輸入されている。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに絶滅危惧種として掲載されており、ワシントン条約の規制対象入りも間近だったが、2026年1月にドミニカ共和国が要請を撤回したことで見送られた。今報告書では、国際的に足並みをそろえた資源管理やシラスウナギの漁規制、水力発電タービンによる巻き込み防止策などが提案されている。
東南アジア産のナマズの一種パンガシウスもIUCNレッドリストに名前がある。もしかしたら、パンガシウスという名前に見覚えがあるかもしれない。日本のスーパーで多く取り扱われるようになった魚だが、私たちが目にするのは養殖物だ。イオンが2014年に、ASC認証付きベトナム産パンガシウスを日本市場で初めて輸入販売したのを機に広く知られるようになり、輸入量が年々増加している。ASC認証は、国際的な非営利組織の水産養殖管理協議会(ASC)の制度で、責任ある養殖により生産された水産物という証拠である。ASC認証付きのアトランティックサーモンも日本の小売各社から販売されている。
今回の報告書では、日本でも身近な回遊性淡水魚が危機的状況にあることが明らかになった。企業も消費者も、日本の食文化に欠かせないそうした魚がどこで採れたのか、持続可能な方法で養殖されたものなのか、といったことに配慮していくことが大切だろう。遠い国のことだから、日本がボン条約に非加盟だから、という言い訳は通用しない。
遠藤 康子(えんどう・やすこ)
フリーランス英日翻訳者。英語講師、日本語講師を経て、現在はウェブニュース、雑誌記事、書籍の翻訳を手掛ける。訳書に『子どものためのセルフ・コンパッション』(創元社)など、共訳書に『これからの「社会の変え方」を、探しに行こう。』(SSIR Japan)などがある。













