
企業やブランドにとって、サステナブルなビジネスを構築する上で、商品やサービスを受け取る生活者の視点に立ったアプローチを行うことがより重要になっている。「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」では、参加者がその具体的な手法を体験するワークショップと、その手法を実際にビジネスに取り入れた企業が手応えを発表するセッションがあった。そこから、企業が生活者と新しい関係性を創造していくためのヒントを探る。
Day1 ブレイクアウト ファシリテーター 高島 太士・Brands for Good コミュニケーションプロデューサー/一般社団法人 NEWHERO 代表 パネリスト 青木 茂樹・サステナブル・ブランド国際会議 アカデミックプロデューサー/ 駒澤大学 経営学部 市場戦略学科 教授 伊藤 淳史・QVCジャパン 代表取締役 最高経営責任者(CEO) |
SB Pull Factor Workshopのダイジェスト版を体験
初めに、高島太士氏を進行役に、20人以上の参加者が7つのテーブルに分かれて行われた「SB Pull Factor Workshop」の様子を伝える。SB Pull Factor Workshopとは、米国サステナブル・ブランドと、そのコーポレートメンバー企業によるタスクフォース「Brands for Good」が、生活者視点に立ったアクションを実際のビジネスに落とし込むための入り口として開発した、企業向け研修ツールのことだ。
ワークショップを始めるに際して、高島氏はまず、デザイン思考に基づくアプローチの重要性を説明した。従来のマーケティングはプロダクトが中心だったが、今求められているのは生活者の視点であり、例えば、「部屋が汚れているという問題に対しては、掃除機の性能を向上させるだけでなく、なぜ部屋が汚れるのかという根本原因を多角的に考察することが重要だ」という。
そのように、SB Pull Factor Workshopでは、一人ひとりの生活者がどんな課題を抱え、本当に求めているのは何なのかという仮説を立て、議論を積み重ねていくことで、それぞれの企業に合った、マーケティングコミュニケーションを実装していくことを目的としている。高島氏は、「消費者がブランドに製品以上の価値と社会的課題解決への貢献を期待している今、そのニーズに応える方法やアイデアを見つけだすことは企業の最重要課題だ」と強調。本来7時間かけて行われるワークショップのダイジェスト版となるワークショップが始まった。
ペルソナのグッドライフを想像し、アクションを見つけ出す
各テーブルごとに、参加者は事務局が提示した4人のペルソナ(生活者の人物像)から1人を選び、その人物にとっての「グッドライフ」を想像しながら、それぞれが好みそうなサステナブルなアクションを見つけ出していく。

例えば、あるグループは「ダニエラ」という名前の21歳の女性のペルソナについて、「新しいものの発見を好む」「物持ちがよく長く使えるものを大事にする」「捨てることや一人でじっとしていることが嫌い」「子供たちのためのソーシャルワーカーになることを夢見ている」などの特徴を読み取ることからスタート。次に「9つのサステナブル・アクション」の中から、彼女に適するものを検討していった。

「9つのサステナブル・アクション」とは、SDGsの17の目標を個人レベルに落とし込んだサステナブル・ブランド独自の行動指標で、気候変動への対応、資源保持、多様な社会の促進の3つに大別される。そこに、こちらも独自の「7つのニーズ・ステート」(成長実感、自己承認・価値、帰属意識、シンプル、ルーツがある、楽しむ工夫、パーパス)を掛け合わせることで、各ペルソナが、心の底から望む行動を浮き上がらせていくことができるというわけだ。
この手法について、高島氏は「ペルソナがサステナブル・アクションを通じて、どんな状態になりたいのかを考察することで、本人も気づいていない、心の底から望んでいるアプローチ方法を見つけ出すことができる」と説明。
上述のダニエラをペルソナに選んだチームからは、ダニエラがものを長く使うことを前提に、家にある不要なものを売ってお金を貯め、一部を子供支援団体に寄付するプラットフォームや、ものを循環させながら使うことのできる循環型ブランドを立ち上げ、使用済み商品を持ち込むとディスカウント券がもらえるシステムを構築するなど、各チームとも、短時間のディスカッションの中から、具体的なアイデアがたくさん生まれていた。
「生活者視点による持続可能なビジネス創造」の実践例
ここからは、実際に昨年、SB Pull Factor Workshopを企業研修に取り入れたQVCジャパンの事例を巡り、「Good Lifeから考えるサステナブルなビジネス創造」と題して行われたセッションの内容を報告する。ファシリテーターは高島氏が務め、QVCジャパン CEOの伊藤淳史氏と、サステナブル・ブランド国際会議 アカデミックプロデューサーで、駒澤大学 経営学部 市場戦略学科 教授の青木茂樹氏がパネリストとして登壇した。

冒頭、伊藤氏はQVCジャパンについて、2000年設立で、テレビを主軸にWebやアプリ、SNSなど多様なタッチポイントで約140万人の顧客とつながりがあることなどを説明。「Q(Quality/品質)、V(Value/価値)、C(Convenience/利便性)を大切にし、単に商品を販売するのではなく、厳選した商品とその背景にあるストーリーをセットで提供している」と語った。
サステナビリティへの取り組みとしては、「サステナブルな暮らし」を取り上げる定期番組や、高校生の活動である「SDGs QUEST みらい甲子園」の支援、福島県いわき市での地方創生プロジェクトなどさまざまに展開している。そうした中、同社のいちばんの役割は、「 (商品の)作り手と、使い手である顧客の思いをつなぐこと」であり、それを具現化するために、昨年、「サステナブル・コマースプロジェクト(サスコマ)」と銘打ち、約3カ月かけて取り組んだのが、SB Pull Factor Workshopだ。
ここでセッションは、同プロジェクトを「事業創造支援」という形で実際に主導した高島氏がマイクをつなぎ、QVCジャパンの約30人からなる部署横断チーム(商品部門、品質保証、コールセンター、ナビゲーターなど)が、さまざまな企業の事例をインプットした上で、Pull Factor Workshopを行い、同社ならではのリソースを生かしたマーケティングコミュニケーション戦略を策定していったことを説明した。
また高島氏は、伊藤氏に、Pull Factor Workshopを導入した当初の心境を質問。これに対し、伊藤氏は、「経営者として、こういったことがどれくらいリターン・オン・インベストメント(ROI=投資利益率)を生むのか考えた。つまり利益を出すというプレッシャーもある中で、サステナビリティの思考とどう両立させていくかが課題だった」と、そこには葛藤もあったことを明かす。
そうして始まった同社のプロジェクトは、最終的にチームごとに考案したアイデアを8つから3つに絞り、伊藤氏にプレゼンテーションされた。この過程を経て、伊藤氏は、「普段のビジネスとは少し離れた視点を得られた」とPull Factor Workshopを評価する。「サステナビリティと一言で言っても、人によって解釈が異なる。それをマスマーケティングでテレビを通じて伝えると、お客様は混乱する」と伊藤氏。このため、「まず社内で知識を共有し、ワークショップを通じて新しい事業創造の視点を得るという流れ」は同社に合っていたようだ。
データに基づくアプローチとしてのJSBI

一方、今回、マーケティングの研究者としての立場から登壇した青木氏は、SBジャパンが毎年行っている、SDGsに関する企業のイメージを生活者が採点するブランド調査「Japan Sustainable Brands Index(JSBI)2024」のデータを活用したサステナビリティ戦略の重要性を紹介した。JSBIは1.5万人以上の生活者評価に基づき、312社の企業のサステナビリティ活動に対する「手応え」を数値化したものだ。
「SDGsの各項目において、生活者が重要だと考えることと、企業に期待していることにはギャップがある。例えば海洋保全。生活者は重要だと思っているけれど、企業の取り組みは少ない。このギャップこそ、ビジネスチャンスではないか」と青木氏は投げかけた。
具体的には、QVCジャパンが販売しているジュエリー商品を例に、従来の「人工ダイヤ」という表現から「ラブ&ピース」というコンセプトへの転換を提案。「希少資源の奪い合いによる紛争や劣悪な労働環境を防ぐエシカルな選択として、若い世代向けにペアリングとしてSNS展開すれば、新たな市場が開けるのではないか」という。
そうした事例を通して、青木氏は、「地下(資源)の『マイニング』をするのではなく、データ(資源)の『マイニング』をすべき。データをしっかり見ると、そこからさまざまなアイデアが生まれてくる」と強調した。
SB国際会議の参加者によるSB Pull Factor Workshopの体験と、それを実際にビジネスに取り入れたQVCジャパンの成果を巡って行われたセッション。そこから浮かび上がったのは、サステナブルな事業創造には生活者視点が不可欠であるという共通認識だ。SB Pull Factor Workshopは、理念にとどまりがちなサステナビリティを、具体的なビジネスアクションへと転換する実践的なツールであり、QVCジャパンの事例はその有効性を示していると言えよう。
いからし ひろき
プロライター。2人の女児の父であることから育児や環境問題、DEIに関心。2023年にライターの労働環境改善やサステナビリティ向上を主目的とする「きいてかく合同会社」を設立、代表を務める。