• 公開日:2025.11.04
サステナブル・ブランド国際会議 2025 サンディエゴ
「適応と加速」――SBサンディエゴ 2025に見るサステナビリティの今
  • 眞崎 裕史

10月13~16日に米国で開かれた「サステナブル・ブランド国際会議 2025(SB’25 )サンディエゴ」のテーマは、「Adapt and Accelerate(適応と加速)」。政治的分断が進み、サステナビリティの発信自体が難しくなりつつある米国で、企業はそれにどのように適応し、前進しているのか。現地を訪れたSB国際会議アカデミック・プロデューサー青木茂樹氏(駒澤大学教授)は、「参加者からはサステナビリティへの揺るぎない信念を感じた」と振り返る。今回、青木氏の印象に残った3つのセッションから、サステナビリティの今を探る。

ホンダが描く「循環をデザインする」未来

セッションBuilt to last, designed to loop: Advancing circularity in durable goods」

American Honda Motor Companyが登壇したこのセッションは、製品の耐久性と循環性を両立させる「サーキュラーデザイン」の最前線をテーマとした。耐久財は素材が複雑で、炭素量も多く、循環型経済への移行において特有の課題を抱える。

American Honda Motor Companyはそれに対し、「セカンドライフ・ラボ」や「資源循環センター」といった拠点を設け、部品の再販や再製造を通じてサプライチェーン全体の最適化を図っている。SKU(製品管理単位)の合理化も進めており、フォークリフトの場合、SKUを約85から23へ削減。エネルギー使用量とコストを同時に下げた事例も示された。

「さらに回収した部品をeコマースで売却して利益を出す発想は、日本ではまだ珍しい」と青木氏。Hondaは再販時の価格を、それまで元値の約5%だった状況から約80%にまで引き上げ、価値回収率を大幅に向上させたという。

加えて特筆すべきは、従業員がサステナビリティ行動に参加することでポイントが貯まる「エンゲージメントプラットフォーム」の導入だ。ものづくりにおけるサステナビリティを「文化」として浸透させる仕組みづくりが進んでいる。

健康と自然がつなぐ共感市場――消費者研究の最前線

セッション「Research insights series part 2: Consumer preferences and behaviors」

マーケティング戦略を専門とする青木氏が次に注目したのは、消費者インサイトを探るリサーチセッションだ。SBリサーチチームとGlobescanなどが行った調査によると、過去10年で「ESGの観点からブランドを選ぶ」と答えた米国人が6%から32%に増加した。興味深いのはその中身だ。

気候変動や脱炭素といった、「政治的」に捉えられがちな言葉よりも、「健康」「自然」「信頼」といった普遍的なキーワードが共感を集めた。リサーチでは95%の米国人が「森林に価値を見出している」というデータも示されるなど、「自然」は超党派で合意できる数少ないキーワードだ。

青木氏は「政治的な匂いのしない言葉を探し、戦略的にデータで検証していく手法が特徴的。『イデオロギー間を橋渡しする言葉を見つけよう』というメッセージが印象的だった」と話す。リサーチでは、消費者を4つのタイプに分類し、その中でも「洞察力のある現実主義者(Insightful Realists)」が行動変容をけん引していることが分かった。「健康」「自然」といった中立的な価値が共感の土台になる――。青木氏はそんな実感を持ったという。

Mastercardが挑む「サステナビリティをデフォルトにする」購買革命

セッション「Sustainable by default: Leveraging macrotrends to close the intention–action gap」

プレナリーで青木氏が注目したのは、Mastercardのサステナブルコマースへの取り組みだった。同社は購買データを活用し、毎月の利用明細書で炭素排出量を可視化。購入時に「環境負荷」をリアルタイムで表示する仕組みを開発している。

さらに、AIが消費者に代わって、サステナブルな商品を優先して選ぶ「AIエージェント・コマース」の構想を紹介。青木氏は「排出量の可視化を社会の仕組みにビルトインし、購買のインセンティブまで設計している。カード会社がここまでやるのか、と驚いた」と語る。

青木茂樹氏

また、英国で実施されたリユース・カップのパイロットプログラムでは、使い捨てカップのコストを年間10万ポンドから5万ポンドへ半減させた。リバースベンディングマシンを使って返却時に2ポンドが即時キャッシュバックされる仕組みで、カードの利便性と循環を一体化させた好事例だ。青木氏は「サステナビリティを『意識して選ぶ』ものではなく、『デフォルト(初期設定)として組み込む』発想が先進的」と評価した。

サステナビリティを実装レベルで問

4日間の「SB’25 サンディエゴ」は、米サステナブル・ブランドCEOのマイク・デュピー氏が「困難な時期こそ、サステナビリティを支える基盤を保ち続けよう」と呼びかけて開幕した。DEIやESGに逆風が吹く米国の状況を示すように、参加者数は従来を大きく下回ったという。それでも青木氏は「本気で取り組む覚悟のある人だけが集まっていた」と会場の熱気を伝える。

分断の時代にあっても企業は静かに適応し、着実に加速している。各セッションで示されたのは、「サステナビリティをいかに続けるか」を実装のレベルで問う試みだった。「理念を掲げるだけでなく、社会の中にどう埋め込み、アクセラレート(加速)させていくか」。青木氏のこの問題認識は、日本企業にも共通する課題になる。

written by

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。

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