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コミュニティ・コラム

「世界で最もエネルギー効率の高いビル」 シアトル・ブリットセンターが進めた建築の民主化

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LAGI(Land Art Generator Initiative)

[取材] LAGI [構成] 杉田真理子 [編集] 岡徳之

ブリットセンター

建築・建設産業によるCO2排出量は、世界の総排出量の40%を占めると言われています。一方で、再生可能エネルギーの導入や使用素材の工夫などで、CO2排出量ゼロを実現する建物の事例も増えてきています。今回は、「サステナブルデザイン建築」と呼ばれる分野で最も称賛を集めている事例のひとつ、米ワシントン州シアトルの商業ビル「Bullitt Center(以下、ブリットセンター)」についてご紹介します。

世界で評価の高いブリットセンターの魅力

シアトルに2013年に建設されたブリットセンターは、敷地面積4645㎡、6階建ての商業ビルです。太陽光パネルや雨水貯水タンク、バイオトイレなど、環境に配慮したさまざまな工夫を取り入れていることで、「世界で最もエネルギー効率の高い商業ビルのひとつ」と称賛されています。ブリットセンターがオープンした日は、地球環境について考える「アースデイ」でもある4月22日。ブリットセンターの出資者であるブリット財団のCEOデニス・ヘイズ(Denis Hayes)氏は、アースデイの共同創始者でもあります。

ブリットセンターは、インターナショナル・リビング・フューチャー・インスティチュート(ILFI)が開発した、エネルギーや水の自給自足などの厳しいサステナビリティ基準を満たす21世紀的建築を推奨する基準「リビング・ビルディング・チャレンジ(LBC)」の認証を受けています。現在までに、LBC基準を達成した建物は世界で約390棟しかありません。また、米国グリーンビルディング協会(USGBC)の「エネルギーと環境のデザインにおけるリーダーシップ(LEED)」プログラムにおいても高い評価を得ています。

特筆すべきは、1328㎡の太陽電池パネルが設置された屋根です。太平洋岸北西部は曇りや雨の多い気候で有名ですが、この屋根だけで年間に必要なエネルギーをすべてまかなっています。また、屋根に溜まった雨水は地下のコンクリートタンクに送られ、飲料水として処理されます。洗面台やシャワーから出る排水は、飲料水以外の用途に再利用しています。また、地下には8年間にわたり、建物内の排水を100%処理するコンポストシステムが設置されていました。(6階建てビルの規模でのコンポストトイレの概念実証の役割を果たしました。10年にわたる運用、研究、調査の結果、建物を市の下水道システムに接続し、規模を拡大して効率を高めることが決定されました)

ブリットセンターに設置されたコンポスト

「環境にいい」だけではなく、ビジネス的にも価値ある建物

ブリットセンターは、ネットゼロ設計の工夫が技術的に可能なことを示すだけでなく、この建築のアプローチが商業的な観点から顧客に利益をもたらすことを証明しています。商業ビルとしての期待にもきちんと応えているのです。

ブリットセンターの設計を担当したシアトルの建築事務所「ミラーハル・パートナーシップ(Miller Hull Partnership/以下、ミラーハル)」は、予算の制約がある中で、LBCの性能基準を達成すると同時に、Aクラスの商業レンタルスペースとしての仕様も満たすことに成功。その結果、賃貸率は開業以来100%を常に維持し、投資収益についても、初期投資額1860万ドル(約27億円)に対し、2600万ドル(約36億円)にまで上昇しています(当初の1.4倍)。

商業ビルの持続可能な建築の最高基準を満たしながら、高い投資収益率を持つビジネスモデルを実現しようとする投資家やディベロッパーにとって、金字塔となったのです。

ブリットセンターを設計した「ミラーハル」の思想

建築事務所「ミラーハル」は、1977年にデビッド・ミラーとロバート・ハルによって設立されました。ミラーとハルは、機械化された温度調節システム以前の建築に見られるパッシブデザインの解決策に根ざした、より良い建築を追求していました。そして、その土地に根ざしたエネルギー効率に加え、再生可能エネルギーを最大限に活用した建築を目指したのです。

マーガレット・スプラグ氏

「サステナブルデザインは、ミラーハルのDNAの一部です」と、プロジェクトアーキテクトのマーガレット・スプリュグは言います。「サステナブルデザインとは、土地や気候、文化を深く理解し、今よりもっと良いものをつくることだと私たちは考えています。サステナブルデザインは、未来におけるグッドデザインに等しい。そう言っても過言ではありません」。

ブライアン・コート氏

このプロジェクトのデザインリーダーであるミラーハルのパートナー、ブライアン・コートは、「建築家のエゴやすべてをコントロールしたいという誘惑を捨て、地元の気候や環境に溶け込むサステナブルなアプローチを見つけることが重要です。建物は、その土地の自然な生態系の一部としてデザインされるべきなのです」と唱えます。

ブリットセンターにおける「サステナブルデザイン」の最重要事項は、CO2排出量の削減です。そのため、ビルの運用による環境への影響だけでなく、建設に関わる排出や、プロジェクトで指定された材料に含まれる体積炭素も考慮した設計になっています。

ブリットセンターが確立した建築のロードマップ

実際、ブリットセンターには、従来の近代建築に見られるような複雑すぎるテクノロジーは使われていません。自然素材を優先し、シンプルさを保つことが、設計のプロセスで優先されたのです。

「つまり、この設計プロセスは、既存の技術で誰でも再現できるのです」とマーガレットは言います。「気候変動に敏感なクライアントを含むステークホルダーがサステナビリティを理解すれば、民間・公共部門を問わず、サステナブルな行動を迅速に起こすことができます」。

すべてのプロジェクトにおいて、ミラーハルは「デザイン」「教育」「意思表明」という3つのプロセスを大切にしています。建築家は、可能な限りサステナブルな建物を設計するだけでなく、すべてのステークホルダーが設計と建設に参加できるようなロードマップを敷くことも役目です。そうすることで、将来のプロジェクトに生かせる知識を身につけることができます。このような設計の全体的なアプローチにより、建築家はプロジェクトのすべての関係者が提示するアイデアと対話することができます。これは、建築の民主化のプロセスとも言えるでしょう。

また、ミラーハルでは、建物の現状と理想的な状態や目標を比較し、欠点や改善の機会を浮き彫りにする「ギャップ分析」のプロセスを取り入れています。

「ギャップ分析によって、私たちはクライアントに明確なゴール、つまりネット・ゼロ・ビルを設計するためのロードマップを提供することができるのです。このロードマップは、複雑なプロセスを単純化し、より多くの人が参加できるようにするために役立ちます」とマーガレットは言います。

これからの建築のあるべき姿

「今までのようにコンクリートと鉄を使い続けることはできない」と、マーガレットとブライアンは口をそろえて言います。鉄とコンクリートの生産は、世界のCO2排出量の約16%を占めているのです。

「建築は、その土地や気候のシステムに合わせるべき。それなのに、“建築はこうあるべきだ”という人間の考え方はとても傲慢なものになりかねません。21世紀に必要なのは、土地や気候、素材を反映するような、環境に応じて有機的に創造される建築です」(ブライアン氏)

例えば、今回のブリットセンターは、シアトル郊外の広大な場所ではなく、隣接する建物の影響を受けやすい市街地の中心部に建てられました。そのため、このビルで働く人々は、徒歩、自転車、公共交通機関を利用して、このビルに行くことができます。オフィスワーカーは車を使わず、歩いてランチに行くことができます。しかし、密集した都市環境は、サステナビリティにとって課題ももたらします。近くに太陽電池モジュールを設置するための大きな土地がないのです。そこでミラーハルは、太陽光発電パネルからなる屋根がビル壁面から突き出て、敷地境界線まで伸びるユニークな設計を行いました。立地という制約を、上手にデザインに昇華させたのです。

「もし、これがより日当たりのよい他の立地であったなら、また違ったデザインや解決方法が採用されたでしょう。ブリットセンターの現在の形は、シアトルという都市の条件に合わせて、必然的に生まれたものだと言えるのです」(マーガレット氏)

テクノロジーの急速な発展は、多くの人々の生活の質を向上させました。しかしながら、建築家は設計上の問題を解決するために、常にハイテク・ソリューションに依存すべきではありません。実際、エアコンのような機械化されたソリューションの急速な普及は、気候変動の規模を拡大させる大きな要因になっていると考えられます。どのような技術であっても、その適合性を評価する際には、原材料の採取、製造、運用、使用後の廃棄を含むライフサイクル全体を通じて考えることが重要です。材料に含まれる体積エネルギーと潜在的な毒性を理解し、これらすべての要因を、エネルギーと水の効率目標を達成するための技術の有用性と比較検討することが重要なのです。

「これからは、土地固有の制約を建築の性能や魅力に変えるようなテクノロジーを導入すべきです」とミラーハルの2人は話します。最もローテクで、地元産のソリューションが、実はベストプラクティスということはよくあります。

素材選びから、サステナブルを考える

では、その土地に合ったデザインとは、どのように始めればよいのでしょうか。

ブリットセンターは、地元の自然素材やリサイクル材を使用して建てられています。構造用鋼は、約95%がリサイクル材で、そのうち65%が中古材と、素材選びからサステナブルな建築を実践しています。ミラーハルは、それぞれの素材について、ライフサイクルとコスト、CO2排出量を分析することで、異なる素材の組み合わせを数値的に評価しています。ブリットセンターではこの他に、設計分析ソフトウェアを使用し、ビルの運用に伴う潜在的なエネルギー損失や、建物からのエネルギー供給のバランスをシミュレーションしました。それに基づいて、エネルギー効率の高い場所に窓を配置し、さらに、熱伝導性の低い窓ガラス板を使用することで、暑い夏の日には熱気を、寒い冬の日には冷気を遮断し、熱効率を高めることにも成功しました。

ウェルビーイングのための建築デザイン

さらに、ブリットセンターでは環境だけでなく、そこで働く労働者や近隣住民の健康にも十分な配慮がなされました。

例えば、すべてのオフィススペースに開閉可能な窓が配置され、室内光の82%は自然光で賄われています。また、エレベーターの利用を極力減らすため、建物周囲の美しい景色を背景としたガラス張りの階段にして、つい覗きたくなる・歩きたくなる空間を設けることで、人びとに階段を使うことを促すデザインになっています。くわえて、リビング・ビルディング・チャレンジでは、建材は無害であることが要求されているため、仕上材、家具、備品はすべて揮発性有機化合物を含まないものを使用。他には、公共交通機関や自転車を通勤に利用しやすくする工夫で、ブリットセンターに通勤する人びとの健康維持に寄与しています。

前出のブライアン氏は、そうしたビルの利用者への配慮について、「建築家は設計など建設のプロセスだけでなく、クライアントや消費者の手に渡ったあとにどうなるのかまで考えるべき。これは、あらゆる業界に従事する人びとが持つべき視点」だと言います。

ブリットセンターは、設計、建設、ビル運用のプロセスを見事に変革しました。サステナブルデザイン建築の実現に向けて、このビルが示したケーススタディは、世界中のビルで再現されつつあります。今後、私たちはすべての開発において、このような方法でアプローチし、人と地球のために真の利益をもたらすプロジェクトを実現していきたいと考えています。

LAGI(Land Art Generator Initiative)
LAGI(Land Art Generator Initiative)

世界の建築家やデザイナー、エンジニアが集う“サステナブルデザイン”の国際イベントを企画・運営するアートNPOのLAGI(2009年設立、2022年から日本展開)。「再エネ施設のデザインコンペ」「STEAMワークショップ」を通じて、脱炭素まちづくりを目指します。コンペはコペンハーゲンやメルボルン等の10の環境都市で開催実績があり、現在2都市で進行中。ここでは、「建築・建設産業からのCO2排出量は、全産業の40%を占める」という現状を打破し、地域社会に還元する「サステナブルデザイン建築」のトレンドや実例をご紹介します。

https://japan.landartgenerator.org/about/overview/