脱炭素と地域発展を実現する「サステナブルデザイン建築」ーーけん引役LAGIに日本への期待を聞く【後編】
[取材・文] 杉田真理子 [編集] 岡徳之
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社会の脱炭素化に向けた、建築・建設業界の新たなコンセプト「サステナブルデザイン建築」。その浸透に貢献し、今年日本に進出することになったのが、再生可能エネルギーとパブリックアートの融合の新しい可能性を探るプラットフォーム「Land Art Generator」(以下、LAGI)です。
その創業者であるロバート・フェリー氏(Robert Ferry)とエリザベス・モノアン氏(Elizabeth Monoian)の2人に話を聞く本記事。前編では、サステナブルデザイン建築とはなにか、そしてLAGIが行ってきた取り組みについて伺いました。
後編では、活動を通じて見えてきた、サステナブルデザイン建築を社会に浸透させるうえで大切なこと、そして、今後の日本進出の展望を2人に語っていただきます。
大きなビジョンから、小さなアクションへ
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LAGIの主な活動は、再生可能エネルギーとパブリックアートとを融合させた、2年に1度開催されるデザインコンペティション。その活動を続ける中で、サステナブルデザイン建築を社会に浸透させるうえで大切なことが見えてきたと言います。
「LAGIの設立理念は、文化的なランドマークとして、また風景に溶け込む巨大なアート作品として、実用的な再生可能エネルギー発電所を作ることでした。そこで、少なくとも2年に1度、東京ドーム数十個分の大規模用地を舞台にする、国際公募によるデザインコンペを開催しています。このコンペティションに加え、2015年頃からは、都市部や遠隔地の小規模なオフグリッドコミュニティのために、コミュニティと直接連携して小規模な再生可能エネルギー作品をデザインする取り組みも始めています」(フェリー氏)
そうして2人が気づいたのが、再生可能エネルギーのインフラやそれが溶け込む風景を、地域コミュニティの人びとと共にスピーディーにデザインすることの重要性。そこで新たに立ち上げたのが、「ソーラー壁画アートプログラム(Solar Mural Art program)」でした。
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ソーラーパネルの技術を用いて建物の壁画を作ることで、再生可能エネルギーのインフラを、ただ単に環境への負荷を減らすものではなく、地域の周辺環境に対してポジティブな影響をもたらすリジェネラティブ(再生的)なアート作品へと昇華させる取り組み。
「大規模開発の重要性は今でも信じています。同時に、小さな規模での開発、コミュニティと協働で行うデザインプロセスにも注目しています。コンペで生まれる創造力はコミュニケーションツールとして強力な一方で、気候変動が進む今、すぐにアクションを起こす必要もあると感じたんです。実際に、地域密着の小規模プロジェクトを進めると、コミュニティメンバーとの共同設計はやりがいに溢れていて、そのような参加型設計プロジェクトは私たちの教育的使命とうまく調和しているとも感じます」(フェリー氏)
Solar Mural Art programのほかにも、LAGIの2人は、より小さなアクションとして、サステナブルデザイン建築に関する教育プログラムも展開しています。
例えば、子ども向けのデザインコンペティションの開催や、さまざまな年齢グループに合わせた再生可能エネルギーのフィールドガイドの作成、ゲーム会社と連携して行ったボードゲームの開発など。
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こうしたツールは、LAGIの2人だけでなく、学校教師など教育現場にいる人も使えるように設計されている。LAGIのWebサイトで無料ダウンロードが可能。
「そうしたプログラムやツールは、エンジニアリング、アート、数学などを交えたSTEAM教育や未来思考を意識して作っています。次世代を育てることが、世界の終わりを防ぐことになると信じているんです」(モノアン氏)
ローカルコミュニティへの還元が鍵
LAGIの2人はその活動を続けるなかで、サステナブルデザイン建築には、世界のどの場所にも共通して当てはまる画一的なソリューションはないことにも気づいたそう。
「解決策はそのコミュニティによって異なります。それぞれのコミュニティで、太陽光発電はどうあるべきかを考えることが大切です。単なるパネルの集積地ではなく、ローカルな文化や歴史を反映しているかを考えることが重要なんです」(フェリー氏)
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例えば、南ケニアのマサイコミュニティと共に行っているのは「ATASA SOLAR」プロジェクト。マサイコミュニティが住む村には電気がなく、携帯を充電するのに2マイル歩かなければならないような環境に人びとは暮らしています。
そのように電化を必要する状況がある一方で、再生可能エネルギー開発が普及しない実情も。
「南ケニアでは、大企業が土地を占拠し太陽光発電所を作りましたが、そこで作られたエネルギーは彼らの暮らす村には実際には届かないんです」(モノアン氏)
そこで、ATASA SOLARのチームが取り組んでいるのは、そうした村において、マサイの女性たちが自分自身で太陽光発電を行えるようにするツールのデザインと開発です。
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「彼女たちが必要とする、使いたいと思える太陽光発電とはどのようなものなのか、さまざまなアイデアが出てきて興味深いです」とモノアン氏。ATASA SOLARは、コミュニティメンバーたちのアイデアをベースに、プロトタイプを開発しています。
サステナビリティでつながるクリエイターネットワーク
このように、大きなビジョンから小さなスケールまで、さまざまアプローチでサステナブルデザイン建築に取り組むLAGI。その強みの一つは、主にデザインコンペティションを通じて「サステナビリティ」をキーワードにつながった、世界中の1万人のクリエイターネットワークです。
「2人だけでLAGIを始め、最初のコンペを開催した2010年当時はまだそのアイデアと簡単なWebサイトしかない状態で、それでも多くの応募が集まったときには驚きました。それはきっと、『地球のためにアクションを起こしたい』という気持ちが、多くのクリエイターの中にあったからだと思います」(モノアン氏)
そんなLAGIの2人が今後推し進めていきたいのは、サステナブルデザイン建築という概念やそのすばらしさを、世界中のより広い層に届けること。
「1930年代にアメリカ連邦政府の公共事業促進局が行った連邦美術計画(フェデラル・アート・プロジェクト)では、1万人ものアーティストが公共事業に起用され、ダムの一部にアール・デコ彫刻が用いられるなど、インフラと同化したアート作品が数多く生まれました。次世代の公共事業や新しいランドマークも、そのようにアーティストと共に作られるべきです」(モノアン氏)
それを実現するには、政府のような公的機関からも民間企業からも資金を集め、文化的な要素に投資する必要があります。LAGIとしても不動産ディベロッパーと連携し、資本を集めていく考えです。
「再生可能エネルギーをテーマに据えたアート作品は、気候変動問題に敏感な生活者が都市を選ぶうえで差別化要素になり得るはずです。多くの人を呼び込むと同時に、現地で再生可能エネルギーを作り出すことで地域の持続可能な目標を直接的にサポートします」(モノアン氏)
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サステナブルデザインの未来を、日本はけん引していけるはず
そうした中で、日本のプレイス・ブランディング会社と組む形で日本に進出することになりました。2人は「日本のクリエイターは、これからのリジェネラティブな未来を担っていく存在でしょう」と、期待を寄せています。
LAGIがこれまで開催してきたコンペティションの優秀作品のいくつかは、日本人クリエイターが参加する建築チームによるもの。2016年の大賞『Regatta H2O: Familiar Form, Chameleon Infrastructure』、2018年の大賞『Light Up』は、自然との融合や細部へのこだわりが評価されました。
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今後の日本展開においては、このコンペティションの開催だけでなく、日本の各都市に合わせた再生可能エネルギーインフラのデザインを提案していきたいと言います。
「東京のような都心部ではすでにスペースが限られているため、これ以上の大規模な開発は難しい。もちろん山間部の森を削ることもしたくありません。であれば、エネルギーの消費者たちが暮らす、高密度の都市環境に合わせた、小型で効率の良いエネルギーインフラのあり方を提案できればと考えています」(フェリー氏)
また、「東京の他の地域へのエネルギー依存をどう和らげていくか。そして、脱工業化の進む沿岸部の産業エリアをどう活用していくかも重要です。土地が汚染された工場跡地を美しいエネルギー施設に作り変え、公共の公園として活用することで、周辺の住宅地開発にも役立つはず。実現のためにどういった風景を描くべきか。実現したとき、どんな新しい風景が現れてくるのか。これは日本の建築家・エンジニアへの挑戦でもあります」(同氏)
さらに、エリザベス氏は、東京や沿岸都市で確立したモデルを他の大都市へと横展開していくことが、LAGIが日本で事業を展開していく意義だとも言います。「日本で成功すれば、都市条件の似た海外都市にも応用できるはずです」(モノアン氏)
LAGIの日本進出を契機とし、日本にもサステナブルデザイン建築の潮流は訪れるか、今後の動向を期待して見守りたい。