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コミュニティ・コラム

サステナブル建築をけん引する建築事務所「スノヘッタ」 創業者が語る哲学とこれまでの取り組み

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LAGI(Land Art Generator Initiative)

[語り] LAGI [構成] 杉田真理子 [編集] 岡徳之

オスロ市のオペラハウス / Opera House in Oslo

ノルウェー・オスロやアメリカ・ニューヨークなど世界7都市に拠点を置く建築設計事務所、Snøhetta(以下、スノヘッタ)。建物があたかも湾から浮かび上がった氷山のように見えるデザインで有名なオスロ市のオペラハウスなど、自然と一体化したデザインで世界中から高い評価を得ています。そんなスノヘッタは、気候変動やサステナビリティに積極的に貢献しようとしていることでも有名です。どのようなアプローチを取っているのか。スノヘッタの共同創業者、シェティル・トレーダル・トールセン氏(Kjetil Trædal Thorsen)に話を聞きました。


シェティル・トレーダル・トールセン氏
Kjetil Trædal Thorsen

「真のサステナビリティ」を追い求めて

スノヘッタは現在、建築、ランドスケープ、インテリア、アート、プロダクトデザイン、グラフィックデザイン、デジタルデザインなど、さまざまな分野を横断する活動を展開しています。多分野であるけれど、「建築とデザインが社会や環境の改善に貢献できる」という哲学に忠実なスタンスが徹底されているのが特徴です。そこには事務所の設立背景が関わります。

1989年に設立されたスノヘッタは、その2年前に出された国連の持続可能性に関する報告書「Our Common Future」に強く影響を受けました。これはノルウェーの元首相で環境と開発に関する世界委員会の議長を務めたグロー・ハレム・ブルントラントの功績に敬意を表し、通称「ブルントラント報告書」と呼ばれ、現在のSDGsに通じる「持続可能な開発」の概念が打ち出された革新的なレポートでした。

スノヘッタはそれに沿う形で、設立当初から「1. 社会的サステナビリティ」「2. 環境的サステナビリティ」「3. 経済的サステナビリティ」の3つを軸に活動してきました。例えば、2001年にエジプトで設計した「新アレクサンドリア図書館」では、「1. 社会的サステナビリティ」を具現化しました。

Bibliotheca Alexandrina

このプロジェクトでスノヘッタは、図書館を開放的で利用しやすい公共空間として設計するだけでなく、建設に携わる地元労働者の安全確保にも努めました。具体的には、清潔な水を使ったトイレの設置、現場スタッフへの職業訓練や十分な給与支払いのほか、スタッフを国内と国外で半数ずつ募り、互いに学び合う機会も提供しました。

「この経験からスノヘッタは、環境問題の上辺だけをなぞるようなことはせず、『真のサステナビリティ』とは何かを考えるようになりました」とトールセン氏は話します。

環境的サステビリティにおける功績

先ほどの3つのサステナビリティの中でも、「2. 環境的サステナビリティ」にフォーカスし、建物の消費電力の抑制に成功した事例が、ノルウェー・ポールスグルンにあるオフィスビル「Powerhouse Telemark(パワーハウス・テレマルク)」です。

Powerhouse Telemark 1

トールセン氏は、このプロジェクトを「スノヘッタとして、気候変動に対する一歩進んだアクションを世界に提示できた事例」と振り返ります。

パワーハウス・テレマルクは、ノルウェーの不動産会社・R8 Propertyをクライアントに、2020年に完成したオフィスビルです。従来のオフィスビルに比べ、1年間の消費エネルギーを70%削減するだけでなく、太陽光パネルを用いた再生可能エネルギーの活用により、消費量以上の電力を生み出すことができます。

東向きに45度の角度で傾いたファサードは、パワーハウス・テレマークが位置する平坦な工業地帯の中で一際目立つデザイン。また、緩やかに24度傾斜した印象的な屋根は太陽光パネルと蓄電池で覆われており、南から最大限の日光を取り込むことができるようになっています。

同時に、建物全体に三重窓を使用することで、高断熱を実現。構造にはコンクリート製の厚板を使用し、日中の熱を蓄え、夕方にはゆっくりと熱を放出します。また、地熱発電の仕組みを用いることで効率的な冷暖房も実現しています。

Powerhouse Telemark 2

さらに、CO2排出量を抑えるべく、ビルの運営だけでなく、建設と運送、素材の選定に至るまで総合的に配慮されました。素材では、地元の木材、石膏、環境配慮型のコンクリートなど、加工せずにそのまま使用でき、耐久性のあるものが使われています。

「単に『気に入っているから』という理由だけで、遠く離れた場所で作られた素材を採用し、輸送すれば、CO2排出量は増えてしまいます。輸送だけでなく、素材の生産、建設現場での作業、着工後の建物の運営、メンテナンス、解体、リサイクルと、すべての工程でCO2は発生します。それらすべての工程を、できるだけクリーンエネルギーで賄う必要があるという強い意識が不可欠です」(トールセン氏)

ノルウェー・トロンハイムにあるオフィスビル「Powerhouse Brattørkaia(パワーハウス・ブラットールカイア)」でも、太陽光パネルを用いた再生可能エネルギーの活用は徹底しています。

Powerhouse Brattørkaia

このビルでは、太陽光パネルを建物の表面、目一杯に配置することで、1年で約50万キロワット、ビルが消費する量の2倍の電力を生産し、余剰電力を周辺の建物や交通機関に送ることが可能です。

ビルが消費する電力をすべて太陽光発電で賄おうとした場合、冷暖房や換気など空調管理をできるだけ電力に頼らずに行う必要があります。そのために、Powerhouse Brattørkaiaでは、自然光で採光を行ったり、太陽光の蓄熱で室内の温度を調整したりといった工夫が施されています。

そのほか、スノヘッタでは、建設時に必要な電力も、化石燃料由来のものではなく、クリーンエネルギー由来のもので賄うケースを増やしています。さらには、将来の解体時に必要なエネルギーも、太陽光で発電するエネルギーですべてカバーすることが可能なのだとか。

日本の土地に合ったサステナブル建築のヒント

当然ながら、スノヘッタが本拠を置く北欧・ノルウェーと日本とでは、自然環境など建築に関わる条件が異なります。

トールセン氏はこう語ります。「北欧には、まだ広大な土地があるため建物を縦長にする必要がなく、同時に、太陽が常に低い位置にあるため、低階層の建物を作るほうがエネルギー効率もよいのです。やはりその土地の特性に合わせて、建築やエネルギー生産を考える必要があります」。

では、日本のように、使用できる土地がすでに限られている国にも適用できるサステナブルな建築のアプローチはどのようなものでしょうか。その点で、参考になるのが、スノヘッタをはじめとする民間企業や公的機関との共同研究プロジェクト「Zero Emission Neighbourhoods」です。

Zero Emission Neighbourhoodsの事例

トールセン氏は、土地が限られている場合、生産したエネルギーを近隣コミュニティでおすそ分けするという発想が重要だと言います。「それぞれの建物のことだけを考えていたら、目標は達成できません。再生可能エネルギーへのシフトは、都市計画のレベルで考える必要があるのです」。

Zero Emission Neighbourhoodsは、そうした課題意識のもと、近隣コミュニティでエネルギーを生産・シェアする可能性を求めて、2016年にスタート。2050年までに、ノルウェーがCO2排出量ゼロの国になることを目指して活動しています。

ノルウェー国内で選出された34のパートナーと、エネルギーソリューションの提案、スマート技術の導入を各地域で推進するとともに、それらの技術を活用できる環境配慮型の近隣コミュニティの形成について実践を通じて学んだナレッジを交換し合っています。

トールセン氏は語ります。「なにも新しく広大なインフラを整備しなくても、既存の建物を活用すれば街区一帯でエネルギーを生産できることが、この研究プロジェクトで明らかになりました。例えば、既存の建物の屋根はすべてエネルギーの生産に活用できるのです。そのためには、エネルギーの消費と生産に関する、地域コミュニティのためのプログラムが必要です。特に密度の高い都心エリアであれば、まずはコミュニティで対話することから始めましょう。屋上の空き状況や余剰電力量などが可視化されるはずです」。

LAGIでも同様に、土地の限られた都市部では、地域コミュニティ主導のエネルギーインフラ開発の重要性を唱えています。そして、対話をリードできるチームを形成するのを出発点とし、設計・入札までのプロセスを5つのステップに分けたガイドを作成しています。興味ある方は英語ですがコチラよりご覧ください。

さて、このように、スノヘッタは建築事務所の範疇を超えて、気候変動対策や社会・経済的サステナビリティ実現に貢献しようと試みています。スノヘッタの建築デザインは、どれもが心を打つ美しさを持ち合わせていますが、そこには、環境への徹底的な配慮と、地域コミュニティへの還元といった思想が織り交ぜられているのです。日本とは土地などの条件・文化の異なる事例でありながらも、彼らの哲学・取り組みから学べることは多いでしょう。

LAGI(Land Art Generator Initiative)
LAGI(Land Art Generator Initiative)

世界の建築家やデザイナー、エンジニアが集う“サステナブルデザイン”の国際イベントを企画・運営するアートNPOのLAGI(2009年設立、2022年から日本展開)。「再エネ施設のデザインコンペ」「STEAMワークショップ」を通じて、脱炭素まちづくりを目指します。コンペはコペンハーゲンやメルボルン等の10の環境都市で開催実績があり、現在2都市で進行中。ここでは、「建築・建設産業からのCO2排出量は、全産業の40%を占める」という現状を打破し、地域社会に還元する「サステナブルデザイン建築」のトレンドや実例をご紹介します。

https://japan.landartgenerator.org/about/overview/