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シェムリアップから人を育む

セルフケアで育てる個々のリーダーシップが組織を強くする

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青木 健太
カンボジアの農村の美しい朝

起き上がれなかった日

いまでもその朝の背中の感覚をはっきりと覚えている。2015年、カンボジアはシェムリアップの自宅で、僕はベッドから起き上がることができなくなってしまった。カラッカラのガス欠のバイクみたいに、どんなに火を入れようと思ってもエンジンがかからない。背中がベッドから離れないのだ。鳴り続ける電話を見ることさえもできなかった。

すべての人が、これまでの人生で何らかの「(マインドとしての)リーダーシップの危機」を迎えたことがあると思う。小学生のときに感じた人もいれば、社会人になってから感じた人もいるだろう。エネルギーがなくなって立つことができなくなった瞬間。僕にとっては、あの朝こそがその瞬間だった。

17年前に友人と共に起業したNGOは、目指していた「子どもが売られない世界」がカンボジアの社会変化の中で見え始め、カンボジアから撤退することを決めた。しかし、僕はカンボジアに残ることにした。最初のNGOは友人たちに託し、僕自身は現地に残るさまざまな問題を「ものづくりを通じたひとづくり」というかたちで応援しようと決めたのだ。当時カンボジアで雇用していた100人弱のスタッフとともに新しいNGOとして自立して運営していくことにしていた。

しかし「3年後に今の本部からはもうお金が送られません。僕たち自身で事業でお金を稼いだり、寄付を増やしていく必要があります」と発表した日、カンボジア人スタッフの動揺は予想以上に大きかった。後でカンボジア人マネージャーが教えてくれたことだが、ある部門では半数のスタッフがその日のうちに転職活動を始めたという。

違うんだ、僕たちには独立しても生き残っていく算段があるんだ、だから共に頑張ろう。絶対にやっていけるんだ。NGOとしてのひとづくりと、企業としてのものづくりは両立できるんだ! そういうメッセージを繰り返し組織に向けて発信し続けた。あのガス欠の朝が訪れたのは、そんな日々のさなかだった。

偉大なリーダーになりたいと格好をつけていた自分

今ならわかる。本当はあのとき確かな算段なんかなかった。ない中で「経営者」としての役割から声を上げ続けていた。でも、自分の心と繋がっていないエネルギーには源泉がない。いつか尽きてしまう。組織の危機の中、休むこともできないと走り続けていた僕を待っていたのがあの燃え尽きた朝だった。

結局、あの朝の僕を救ってくれたのは、僕を信じてサポートしてくれた仲間たちだった。家にまで来て僕を引っ張り出してくれ、何とか全社向けのワークショップを行い、その後はお互いでそれまでのことを振り返った。

そこでわかった「経営者としてのあるべき像」に囚われ、苦手なこと・できないことをそうとも言えずに格好をつけていた自分。その僕に不安を覚えながらも頼り切り、見切りをつけようとも考えた仲間たち。僕たちみたいな、たかだか100人弱の小さな団体でもこれだけ役割や関係性に縛られてリーダーシップが枯渇してしまうんだということを僕たちは学ぶことができた。

有り難いことに、それからはより深い信頼関係のもとでチームで経営することが出来ている。僕は自分が得意なことと得意じゃないことを知り、弱みを見せることも少し恐くなくなった。また自分のあり方を大事にするauthentic leadership(オーセンティック・リーダーシップ)という考え方を知り、より自分のリーダーとしてのあり方に自信を持つことができるようになった。そしてその考え方は、ポジションに関わらず、組織のメンバーや関わる人たちにも大切にしてほしいと思うようになった。

システムの変革は自分を大事にすることから始まる

資本主義の末端、途上国のものづくりの現場は、1円でも安くて良い物をタイムリーに大量にと迫ってくるサプライチェーンのシステムの圧力に常にさらされている。そんな大きなシステムの中で、笑顔も人間らしさも大事にできず「役割」や「KPI」に従ってしまう「従業員」たちもまた大量生産されている。

一方で私たちの経営するカンボジアの工房では笑顔が絶えず、常に働く女性たちの人生の旅を応援するためのさまざまな取り組みやスタッフたちの熱い思いで溢れている。果たしてその違いはなんなのだろうか。

偉大な経営者の志やビジネスモデルが支えているのだろうか。いや、これまでに正直に述べてきたようにそれは違う。能力なんか人によって大きな違いはない。そして、「短期的に社会にウケやすい能力にエネルギーを注いだかどうか」で人が評価される世の中は不健康だ。それは動くゴールポストを追いかけるようなもので、いつまで経っても深い充実感や充足感を得られることはない。

実際のところ、誰に聞いても「笑顔がある職場」の方が「笑顔がない職場」より良いと語るだろう。大事なのは、自分が大事にしたいことを大事にできないシステムの圧力に反し、抗うリーダーシップを一人ひとりが持つかどうか、それを支える仲間がいるかどうかである。

そしてその個々のリーダーシップを育むために最も大事なことは、あなたが自分自身を大事にするかどうかである。疲れや消耗、違和感、志の芽、そういった自分の感覚を、大きなシステムの中で無視せずに格好を付けずに、自分が向き合えるかどうか。それを行う時間や場所、習慣を自分で用意するかどうか、にあると僕は確信している。

システムの変革は個人のauthenticなリーダーシップから始まり、そしてそのリーダーシップはセルフケアから始まる。これがこの17年間の経営者の旅の中で得た最も大事な学びであった。そしてあの朝、ベッドから動けなかった自分すら大事な学びのプロセスのさなかだったと、今なら受け入れることができるのだ。

苦難を乗り越えた後、工房前にて集合写真(中央最前列が筆者)
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青木 健太
青木 健太(あおき・けんた)

1982年生。東京大学在学中の19歳のときに、2人の仲間とともに「かものはしプロジェクト」を創業(2002年)後にNPO法人化。 2008年、カンボジアに渡る。貧困家庭出身の女性たちを雇用し、ハンディクラフト雑貨を生産・販売するコミュニティファクトリー事業を統括。 2018年、新法人SALASUSUとして、カンボジアの事業とともに独立