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特集:脱炭素

岩手県久慈市、地域新電力の「地域を守る強い意志」:エネルギー地産地消の「実質」を見極める 

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北村和也

久慈市 (いわての旅)

今回は、前回と同じく「エネルギー地産地消の『実質』を見極める」をテーマに、岩手県の太平洋沿岸の小都市・久慈市で進められている地域新電力の取り組みを紹介する。設立からまる4年が経つ小売電気事業者と地域の話である。

自治体を含め地元資本100%のこの会社、一貫して底に流れるのは、地元愛と断言できる。そんな甘いものが本当にあるのだろうか。彼らとは長い付き合いだが離れた都会に住む部外者の私にとっては疑問符が取れるまでに一定の時間がかかった。そこに愛はあるのかと、まさにテレビCMの世界である。そして、結論は「ある」のである。実際には、愛より、「地域を守る意志」の方がぴったりくるかもしれない。

日本のチベットに生まれた岩手発の自治体新電力

岩手県久慈市は人口3万5000人程の地方都市である。東日本大震災では津波で犠牲者も出した。岩手県では北岩手という地域に属しているが、この辺りは総称して日本のチベットと呼ばれたこともある。

4年前のこと、その地に自治体も出資する新電力、久慈地域エネルギーが誕生した。宮城建設という地場の建設会社を筆頭に久慈市に本社のある民間企業と市が資本を出した。まさに久慈エリア100%の会社で、当時、東北地方で初めての市町村出資による新電力としてレアな存在であった。

背景は地方が抱える危機感だった。久慈市も遠くない将来に人口が半減するとされている。宮城建設の幹部や市長を含め市の担当の方々と話したのは、対応策として地元に地域活性化のひとつの核を作るという構想であった。電力小売りの完全自由化がスタートしたばかりであり、新電力設立という考えは思いのほか簡単に受け入れられた。

地元を何とかしたいという強い意図

具体的な資本構成や料金設定、議会対策までとんとん拍子で話が進む中、2つの言葉が思い出される。今回のコラムのテーマにつながる象徴的なものである。

ひとつは、現在の久慈地域エネルギーの社長若林治男氏が当時語った言葉。「設立の理由は一つ、地元の衰退を何とか食い止めたい。儲けは考えていない」。

もうひとつは、市の施設への電力供給の料金をどうするか、相談をした時の市長の発言で、「エネルギー費の流出を抑えて地元の経済をよくするためだから、値下げの必要はない」であった。

この地域はもともと郷土愛が強く、いったん外に出てもできれば地元に戻りたいと考える人が多いと後から聞いた。また、岩手県は県の総合計画のメインテーマに「幸福」を置き、毎年、「いわて幸福白書」をまとめている。抽象的な言葉を県の目標として掲げるのは、日本でここだけである。

モノではなく愛や幸せを目指す土地柄は、個人的に共感を覚える。それを背景にした、地域を守ろうという強い力が、久慈では自治体新電力に結び付いたのかもしれない。

久慈市 秋祭りの様子 (いわての旅)

地元の水力発電所からの電力を地産地消

3万人強という人口規模は、公共施設への電力供給をベースとする自治体新電力にとっては、テクニカルにはぎりぎりのサイズである。また、地域の巨大トップ企業の東北電力からの厳しい攻勢にも実際にさらされた。それでも久慈地域エネルギーは、久慈市と地元の企業、また岩手県とも協力しながら各種の取り組みを進めている。

岩手県は県の企業局が140MWを超える水力発電所を保有し運営する全国でも有数の水力利用県である。長年、東北電力に売電するしかなかったが、電力小売りの完全自由化と長期契約の終了を機に2年前の2019年に売電先の公募を行った。

久慈市内には小型の水力発電所(滝発電所)があり、久慈地域エネルギーはそれをターゲットに応募して見事に契約を勝ち取るのである。それ以外の水力発電はすべて従来通り東北電力が落札したが、生まれたばかりの自治体新電力が小さな風穴を開けることとなった。地元枠という配慮はあったが、この地域新電力が存在してなかったら、こんなことは起きなかった。

滝ダムからの再生エネ電力は、「アマリングリーンでんき」と名付けられ、久慈地域エネルギーを通して久慈市内に供給されている。需要先のひとつは市の施設であるアンバーホールで、市の脱炭素化の一翼を担っている。

県と地元のダム、市と地域新電力というすべてのプレーヤーが地元なので、これによって見事な経済循環が地域内で生まれることとなった。これこそ、真の「エネルギーの地産地消」であると言って過言ではないだろう。

滝ダムの電力の久慈市内利用が評価され、岩手県企業局より「再生可能エネルギー地産地消」認証書の交付を受ける(2020年11月) 久慈地域エネルギーの若林社長(左)、久慈市の遠藤譲一市長

市のカーボンニュートラル政策の強いサポート役

滝ダムの利用が大きな支援となっているように、市の脱炭素政策にとって久慈地域エネルギーは重要な存在である。

久慈市は、自治体新電力の設立と資本参加を機に、積極的に動く。国際的な脱炭素に向けた協議体であるRE100の自治体や中小企業版である「再エネ100宣言 RE Action」に立ち上げから参加した。環境省が進める「2050年二酸化炭素排出実質ゼロ宣言」の表明も岩手県や県北の自治体と一緒に行っている。この時も市の担当者が私に語ったことがたいへん印象的であった。「久慈地域エネルギーがなければ、とてもこれらの参加や宣言はできなかった」と。

待ったなしの脱炭素へ地域主導で対応すること、そして、それに合わせた経済循環による地域活性化は国の基本方針でもある。久慈エリアは、その実行のツールとして、自治体新電力をすでに手にして有効に活用している。

政府が求める太陽光発電の自家消費の拡大では、PPA(第三者所有型の電力供給契約)という手法を、施工や金融を含むすべてを地元だけで行う仕組みですでにスタートしている。また、来年2021年に募集される脱炭素先行地域(全国で100超)にエントリーするため、市と久慈地域エネルギーなどで熱心な議論が始まっている。

取り組みが遅れているといわれる日本の再生エネ拡大や脱炭素であるが、この岩手のすみっこで、地域の力を結集し確実に前に向かっていることを知っておいてもらいたい。

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北村和也 (きたむら・かずや)

日本再生可能エネルギー総合研究所代表、日本再生エネリンク代表取締役
民放テレビ局で報道取材、環境関連番組などを制作した後、1998年にドイツに留学。帰国後、バイオマス関係のベンチャービジネスなどに携わる。2011年に日本再生可能エネルギー総合研究所、2013年に日本再生エネリンクを設立。2019年、地域活性エネルギーリンク協議会の代表理事に就任。エネルギージャーナリストとして講演や執筆、エネルギー関係のテレビ番組の構成、制作を手がけ、再生エネ普及のための情報収集と発信を行う。また再生エネや脱炭素化に関する民間企業へのコンサルティングや自治体のアドバイザーとなるほか、地域や自治体新電力の設立や事業支援など地域活性化のサポートを行う。