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ミレニアル世代から見た林業 100年先の未来を考える

地方移住から、暮らしの再生を考える:田舎暮らしは人間臭く、面倒臭く、土や草のにおいがする

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SB-J コラムニスト・井上 有加

コロナ禍によって過密都市の問題点が明らかになり、テレワークなど柔軟な働き方も認められるようになったことで、地方移住を現実的に考える人も増えているのではないだろうか。高知へ移り住んで3年目の筆者が感じる、“都会”と“田舎”の違いとは。

柚子の香りと季節の忙しさ

毎年自家用に収穫する我が家の柚子

10月も後半にさしかかると、どこからともなく甘酸っぱい香りが漂ってくる。ここは高知県安芸市、日本一の柚子の産地だ。地元では、柚子は副業としても根付いているのが面白い。12月上旬まで続く収穫シーズンの間は、電気屋さんや板金屋さんも軽トラックいっぱいに出荷用のコンテナを積んで走っていて、時には「柚子が忙しいから」と本業の仕事を断られてしまう。柚子は玉(実)のまま出荷するか、果汁100%の「柚子酢(ゆのす)」として瓶に入れて販売したりする。高知東部で調味料の「す」といったら米酢ではなくこの柚子酢のことで、お寿司など家庭の味に欠かせない。市内にある柚子の搾汁工場には何千トンもの黄色い実が運び込まれ、ポン酢の原料として出荷されている。

かくいう我が家も、副業と呼べるほどではないが畑に6本の柚子の木がある。それでもトゲだらけの木から実を収穫し「柚子搾り機」で1~2斗ほど搾りきるのに、家族総出で丸一日かかる。だから秋になると「うちはいつ採る?次の日曜?」などとソワソワしてくるのだ。一年分の自家用の柚子酢を確保すると、今年も終わったとほっと一息つく。

南国土佐ではお盆前から真夏の稲刈りが始まる

田舎暮らしというと四季を感じながらのんびり過ごせるイメージだが、こんなに季節に追われて忙しいものだとは思わなかった。季節のサイクルに合わせて働く一次産業の仕事はもちろんのこと、家庭でも旬を逃すまいとタケノコ掘りに山菜採り、畑の世話に漁期のアユ釣りにとみんな忙しい。シーズンになると一気に採れる同じ野菜や果物を、なんとか食べきろうと知恵を絞るのも結構大変だ。でもやっぱり、旬のものが一番美味しく、逃す訳にはいかない。そんな調子で、高知に来てから季節の変化にはとても敏感になっている。

高知の人が大好きな山菜「イタドリ」はあちこちの野山で争奪戦だ

ボーダレスな、仕事と家庭と子育てと

安芸市の名所「野良時計」

ここで、筆者の暮らしの基本情報をお伝えしておこう。ここ高知県安芸市は太平洋に面しながら森林率も89%という自然豊かな環境だ。人口は17,000人を切り高齢化率は40%。高知東部の中心都市で、スーパーや飲食店、県立病院などもあり生活に必要なものは一通り揃う。温暖な気候を生かした施設園芸がさかんで、冬春ナスの生産量は日本一を誇る。漁港では新鮮なしらすが水揚げされ、国道には丸太を満載したトラックが走り、漁業や林業も身近に感じられる。

私は結婚後、愛知と東京に住んだが、夫の実家に帰ってきて義父母と敷地内同居している。今年の春に娘が生まれて5人家族になった。自宅は市街地から車で15分ほど山手に入った60世帯ほどの集落にあり、インターネットの光回線や下水道は来ていない。子どもの数は数えるほどで、空き家が点在している。それでもAmazonは届くしNetflixも見られ、東京とさほど変わらない部分もある。

集落から安芸市街と太平洋が一望できる

仕事について。朝、支度を済ませて、0歳の娘を車に乗せて出勤する。自宅から職場までは約5分、その間に信号もなければ、もちろん渋滞もない。仕事は家業である工務店を継承して3代目。事務所でも家族が揃って一日過ごす。娘はデスクのすぐ横にあるベビーベッドではしゃいだり泣いたり自由に過ごしており、夫も社長業の傍ら父親業をしながら仕事している。

家族経営のいい所は、こんな風に子連れ出勤が気兼ねなくでき、助け合えること。困る所は、家に帰っても仕事の話ばかりになってしまうこと。うまく気持ちを切り替える工夫が必要だ。ただそれは、親の働く背中を子どもが見られる環境ともいえる。高知では、親の仕事はと聞かれたら「大工さん」「○○屋さん」と、職業名で答える自営業者が多い。私がこれまで住んだ町では、勤務先の企業名を答えるサラリーマン家庭が多かったからそれが新鮮で、子どもにとっての職業観も都会とは違っているのではないかと思う。

仕事でのお客様との距離感も、都会とは違う。お金を出す側ともらう側、サービスを受ける側と提供する側、という二者の境界が田舎ではあいまいだ。せまい町だからスーパーや美容院でお客様に出会うことも多く、子どもが保育園の同級生なんてこともある。出産した時には、何人ものお客様から心のこもったお祝いをいただいたことに驚き心が温かくなった。田舎の人間関係は、どうやらお金やサービスのやり取りだけでは割り切れないようだ。同じ生活圏で暮らす仲間という意識が強いのだろうか、人間と人間との濃密なお付き合いになっていく。

コミュニティの広さが世界の広さ

自宅のある集落は田畑と果樹園に囲まれている

仕事を終えて帰り道、集落へは川にかかる細い橋を渡って入る。この橋は車1台分が通れる幅しかないため、渡る時には向こうから車が来ないか確認してから譲り合って進む。急いでいる時には面倒くさいが、ちょっと優しくなれる思いやりの橋という感じで気に入っている。

集落の人達とは顔を合わせる機会も多く、私もだんだんとコミュニティの一員という意識が芽生えてくる。春と秋の神社のお祭りに、観音様のお参り、防災訓練。集落に多い「井上さん」一族が集まって先祖を祭る、先祖祭りという独特の風習もある。血がつながっていなくても、病気や不幸があればお見舞いし、めでたい事があれば喜び合う。余った野菜を譲り合い、みんなで子どもをかわいがる。

年に2度の「先祖祭り」を行う祠

そんな家族のような距離感には心地よさもあるが、常に誰かに見られているような緊張感もある。家の駐車場に車が数日停まっていないと「旅行に行っちょったがかえ?」と聞かれるし、見慣れない車があれば「誰が来ゆうぞね?」となる。それは市内でも同じで、知人には車を覚えられているから、いつどこのお店にいたというのも丸わかりである。

田舎では噂話がさかんだとは知っていたが、思っていた以上だ。噂になるのはたいてい悪い事や不幸な事で、それに背びれ尾ひれがつき、SNSよりもはるかに素早く広まってしまう。そんな話ばかり聞くのは気持ちがいい事ではないが、気が付けば自分も噂の拡散に加担しそうになっているから気を付けたい。人というのは、自分の身を守るためや自分の地位を確かめるため、身の回りの情報はできるだけ集めたい生き物なのだろう。その範囲が集落や町という狭いコミュニティなのか、ネット上にまで拡大しているか、という違いしかないのかもしれない。世界を狭めるも広げるも自分次第だ。

田舎で楽しみを作る、夢を叶える

受け継いだ山林を家族で歩く

東京にいた頃は、週末の度に刺激を求めて旅行していたが、高知に来てから遠出はめっきり減った。四国山脈に阻まれ県外に出るのが難しい分、身近な場所で楽しみを見つけようと目が向くようになった。近くに映画館などお金を出して遊ぶ施設はないが、自分が好きにできる空間は都会よりも広い。庭や畑で過ごし、野山で素材を集めて何か作るのもいいし、自分の山林を手入れして育てることは風景を作る壮大な遊びともいえる。楽しみをどこかに買いに行くのではなく、自分で考えて生み出そうとするようになったのも移住後の大きな変化だろう。

「田舎に来て、諦めた夢もあったのではないか?」そんな風に言われることもある。地方移住に対しては未だに“都落ち”のようなイメージがあるようだ。夢破れてではなく、夢を叶えるために田舎に生きる人がいる。四季の中で暮らしたい、家族や好きな人と働きたい、地元に帰って家業を継ぎたい、もちろんお金も稼ぎたい。田舎は、そんな夢を叶えるためのフィールドだ。地元の資源やアイデアを生かして、ローカル発の新しい価値を発信している若い経営者達も身近にたくさんいる。

お嫁に来てたまたま骨を埋めることになった地域は、より人間らしく、よりクリエイティブになれ、夢を叶えられる場所だった。移住は、自分の考えや生活を変えなければならない部分もあるが、そんな変化や新しい出会いを存分に楽しめている。どうせ新しい生活に変わらざるを得ないのなら、自分の新しいフィールドとして“田舎”を探してみてはどうだろうか。田舎暮らしは人間臭く、面倒臭く、土や草のにおいがするが、田舎でしか叶えられない夢もあると思う。

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井上 有加
井上有加(いのうえ・ゆか)

1987年生まれ。京都大学農学部、同大学院農学研究科で森林科学を専攻。在学中に立ち上げた「林業女子会」が国内外に広がるムーブメントとなった。若手林業ビジネスサミット発起人。林業・木材産業専門のコンサルティング会社に5年間勤務し国内各地で民間企業や自治体のブランディング支援に携わる。現在は高知県安芸市で嫁ぎ先の工務店を夫とともに経営しながら、林業女子会@高知の広報担当も務める。田舎暮らしを実践しながら林業の魅力を幅広く発信したいと考えている。

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