米国がパリ協定を離脱しても、主要経済国や企業の気候変動対策は止まらない
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米国がパリ協定から離脱した2017年と同様に、世界の国や企業は動じることなく気候変動対策をさらに推進しようとしている。一方で、米国は離脱によるビジネス機会の損失、大国としてのリーダーシップや競争力の衰退が浮き彫りになっている。(翻訳・編集=小松はるか)
8年前の今頃、トランプ大統領が初めてパリ協定から米国を離脱させたとき、米国と世界の大手企業の経営者らは、たとえ米国政府が正反対の優先順位を掲げていても、団結し、意義のある気候変動対策を推進する方針を示した。
山火事がロサンゼルスを破壊し続け、米南東部が一生に一度しかないような量の雪と氷に覆われるなか、復帰したその大統領は、パリ協定から米国を再び離脱させた。しかし、前回同様に、世界の企業や政府の主導者が揺らぐことはない。それらの国や企業が公約を推進する一方で、米国に関しては、膨大な経済的チャンスの損失や、世界の大国としてのリーダーシップや競争力の衰退が目立ち始めている。
それは、新大統領とは異なり、世界の大半の国々はいまや気候変動の現実と気候変動対策の責務、そしてそれがもたらす機会を理解しているからだ。
クリーンエネルギーの成長は現在、本格化しており、米国経済はすでにその恩恵を受けている。テキサス州やアイオワ州は風力発電で、カリフォルニア州は太陽光エネルギー発電で全米をリードする。さらに、CO2の除去やクリーンテクノロジーの製造・開発により、全米の郡レベルにいたるまで高い利益を得るチャンスがあることも分かっている。
加速する気候の変動性が世界の市場やサプライチェーンを脅かすなか、レジリエンスは今、未来に通用するビジネスのKPIとなっている。気候変動への備えは今や、企業のレジリエンスにとって欠かせない要素だ。世界の気候変動適応市場は2倍以上になろうとしており、2024年の229億ドルから2032年までには492.4億ドルになることが見込まれている。
異常気象事象が深刻化し、自然資源は減少し、世界の気候規制が強化されるなか、膨大な数の研究が、大幅な経済的損失や、対策を講じないことによる移行リスクを分析している。その一方で、適応やレジリエンス、脱炭素、自然の保護への企業の投資はすでに具体的な利益を生み出している。
いくつかの環境問題に関して党派の分裂が続いているにも関わらず、米国の人々は成長するクリーンテクノロジー経済のなかにビジネスチャンスがあることを認識している。民主党と共和党が激戦を繰り広げるスイングステート(浮動票が多い州)の一つ、ミシガン州の経済開発公社による2024年の調査では、米国民がクリーンテクノロジーの継続的な開発、クリーンテクノロジーを実装するためのビジネス上のインセンティブや訓練の機会、安定したキャリアパスをはっきりと望んでいることが示されている。
党派を超えて調査に回答した62%が、クリーンテクノロジーの開発を継続することが重要であることに同意。71%は、自身のコミュニティがサステナブル分野の成長と、労働者への新たな機会の提供により利益を得られるだろうとの考えを示している。しかしながら、回答者はクリーンテクノロジーを用いた解決策が実を結ぶには、政府による支援が必要だと認識している。インフレ抑制法のような法律は重要な一歩だが、回答者の86%は企業に対する政府の強力なインセンティブがなければ、クリーンテクノロジーによる解決策が広範囲に普及することはないだろうと考えている。
自国や自社の目標に集中する、前向きなリーダーたち
気候変動対策を再び逆行させるという米政権の決断は、必然的にあらゆるセクターからの反響を招いた。
世界資源研究所(WRI)のアニ・ダスグプタ会長兼CEOは声明でこう述べている。
「パリ協定から立ち去ることは気候変動の影響から米国を守りません。一方で、成長著しいクリーンエネルギー経済において、中国や欧州連合(EU)に競争上の優位性を手渡すことになり、米国の労働者のチャンスを減らすことになるでしょう。米国が自発的に政治的影響力を諦め、急成長するグリーンエネルギー市場を形成するチャンスを逃すことは、理解できないことです。さらに、米国は傍観者となることで、他の主要経済大国に対して公約を果たすよう責任を負わせる手段が減ってしまうでしょう」
「米政権が後退する一方、全米の州や市、企業は気候変動対策を前進させ続けるでしょう。さらに、多くの共和党員や民主党員の強力な支援により、インフレ抑制法の税制優遇措置は、全国のコミュニティに経済的利益をもたらし続けます。間違いなく、米国は気候変動との地球規模の戦いに今後も大きく携わっていくでしょう」
1月21日には、C40(世界大都市気候先導グループ)に参加する首長らが、意義のある気候変動対策を変わらず推進することを発表した。アリゾナ州フェニックス市の市長であり、クライメート・メイヤーズ(気候変動を推進する超党派の市長ネットワーク)の議長およびC40副議長のケイト・ガイエゴ氏はこう述べている。
「連邦政府の行動に関わらず、首長たちはパリ協定に対する約束を撤回することはありません。何もしなかった場合の損失が大きすぎます。最近、私たちがロサンゼルスの壊滅的な山火事や、フェニックス市の夏の極端な温度、ノースカロライナやフロリダの容赦のないハリケーンを目の当たりにしてきたように、変動する気候による影響は目の前まで押し寄せています。
米国の有権者は、私たちに現状に必要な対策を講じ、意義のある解決策をとるよう期待しています。そのために、慈善活動家や企業経営者から議会や政府の一員にいたるまで、全米でパートナーとの連携を拡大しているのです。私たちはパリ協定の下で目標を達成し、各都市がレジリエントであり、将来世代にとって成功といえる実行計画を立てているところです」
欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は、スイス・ダボスで開かれた世界経済フォーラムの年次総会で「欧州は最後までやり抜き、自然を保護し、気候変動を止めようと取り組むすべての国と協力していきます」と話した。また中国外務省の郭嘉昆(かく・かこん)副報道局長は「気候変動は人類が直面する共通の課題です。課題の外にいる国はありません。影響を受けない国はないのです」と言った。
ビジネス領域では、アマゾンのCSO(チーフ・サステナビリティ・オフィサー)であるカラ・ハースト氏がニューヨーク・タイムズに、アマゾン社が大統領の決断を理由に気候変動目標を撤回することはない、と語った。
「私たちは目標のために尽くします。最後までやり遂げます。そこから方向を変えることはありません。多くの企業は、今後も掲げ続けていく長期的目標を持っています」
イケアのジェスパー・ブローディンCEOも同意する。
「この数年間、でこぼこ道を走る列車に乗り続けている私たちは、年を追うごとに、どうパリ協定の遂行を成功させるかだけでなく、それが実際にどのようにビジネスに利益をもたらすかも理解するようになっています」
また、積極的な気候変動対策を約束する1万6000社以上からなるプラットフォーム「We Mean Business」も以下のような声明を出している。
「米国の新政権がパリ協定からの離脱を決めたことには深く失望していますが、一国の決定が世界の行動を変えることはありません」
世界の主要経済国の多くは、パリ協定に則り、最新の気候変動計画において野心的な目標を掲げている。各国は、そうした計画こそが投資を呼び込み、競争上の優位性を獲得するためのメカニズムだと理解している。さらに、世界の大手企業の多くは、事業やバリューチェーンで直面する気候変動リスクの増加、そして競争力と財務的な成功への最も安全な道として、気候変動リスクを積極的に管理することを意識している。
「企業は、長期的な事業投資を行うために、市場の安定性、政策の一貫性、予測可能性を求めています。さらに、変化していく政策の方向性は米国への投資を妨げます。米国連邦政府がクリーンエネルギーの未来を方向づける国際的政策から身を引くことは、米国の企業や人々に害をもたらすものであり、他の主要経済大国により多くの投資や人材を呼び込むチャンスを与えることになります。他の国々はクリーンエネルギーへの移行を加速させ続けるでしょう。なぜなら、それがビジネス的にも経済的にも理にかなっているからです」
環境や社会、政治、気候変動に関する不安が増加するこの時代において、政治や規制の状況にかかわらず向上に取り組み続ける企業や政府は、時の試練に耐えて生き残っていくだろう。