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パーパスとサステナビリティの方程式

【佐々木恭子コラム】第5回:オーストラリア企業におけるパーパス

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SB-J コラムニスト・佐々木 恭子

これまでの連載では、欧米の「パーパス論」を日本企業がどのように捉え、実践しているかについて、事例をもとに考えてきました。私の研究では日本企業だけでなく、欧米(アングロサクソン)の社会経済制度を持つオーストラリアの企業についても同様の調査をしました。今回はオーストラリア企業におけるパーパスの捉え方と実践内容を日本企業と比較しながらご紹介していきます。

パーパスは戦略ツール

オーストラリアの大企業10社へのインタビュー調査を通じて明らかになったのは、彼らはパーパスを最初から事業戦略のツールの一つとして捉えているという点です。これはパーパスの2つの側面の中では「目標の側面(Goal-based perspective)」にあたります。例えば、インタビューに参加した10社のうち7社がCEOの交代と同時に戦略を再策定する流れの中でパーパスを策定していました。ある参加者は、CEOが代わるときにはCFOなど他の役員も同時に代わり、彼らによって事業戦略そのものが見直されるが、通常パーパスも同じタイミングで策定もしくは改定される、と説明しました。日本企業のように創業者の考えがパーパスに反映されている、と答えた企業は1社もないのが特徴的でした。

米国ブラックロック社のCEOラリー・フィンク氏が世界の大企業のCEO宛に「A Sense of Purpose」という書簡を送付した2018年、パーパスは「オーストラリアのビジネス界における2018年のバズワード」と評されました。その後、多くのオーストラリアの大企業がパーパスを新たに策定したのです。その際、「アクティビストや“小うるさいエリートたち”に惑わされず、企業は最良の製品やサービスを提供し、利益の最大化を追求すべきだ」「社会的課題を重要視するあまり、利益追求をおろそかにすべきではない」という利益至上を訴える主張もなされ、論争が巻き起こりました。世界最大の投資家の書簡に基づきパーパスを策定する動き、それに対して利益の確保を主張する反論が生まれるというのは、株主第一主義に基づくオーストラリアの特徴であり、日本との違いを確認することができます。

筆者が留学していたメルボルンにあり、世界で最も美しい図書館の一つと言われる「ビクトリア州立図書館」(筆者撮影)

パーパスと従業員エンゲージメント

調査したオーストラリア企業10社中6社は、上記の戦略的観点からのパーパスに加えて、「従業員エンゲージメント」をパーパス策定の要点として挙げました。これらの企業は、従業員に利益を超えた「働く意味」を感じてもらうことが、より良い人材を引き留め、生き生きと働いてもらうための重要なポイントで、そのためにパーパスを掲げ、実行することが重要であると認識していました。これはパーパスの2つの側面のうち「義務の側面(Duty-based perspective)」であると言えます。

従業員一人一人へのパーパスの浸透を重要視している点は日本企業と同じですが、オーストラリア企業の場合、なぜそれが必要なのかを合理的に説明しているのが特徴的です。ある企業は「今の人材は株主利益のためだけではなく、社会に貢献する目的を持った企業で働くことに意味を見出し献身的に働く、という調査結果をCEOが目にしたことがパーパス策定のドライバーとなった」と説明し、別の企業は「株主はオーストラリア国内における人材のスキル不足や退職によるコスト増を懸念している。このため株主はその企業がEmployee Value Proposition(EVP)を重要視しているかを気にしており、パーパスはその文脈で重要だ」と回答しました。つまり、パーパスを通じた従業員エンゲージメントにも株主の視点が反映されているのです。

※会社が従業員に提供する価値

オーストラリア企業におけるパーパスとサステナビリティ

オーストラリア企業はパーパスを事業戦略のツールの一つとして捉えているため、パーパスの実行手段として、どの企業も事業戦略の再構築を挙げていました。例えば、パーパスの中で「コミュニティ」を重要視している企業は、(経済的格差が問題視されている)先住民向けのサービスの提供に注力し始めたり、パーパスに基づき事業の脱炭素化を宣言するなど、サステナビリティの要素がパーパスの実行手段に色濃く反映されていました。

しかし、実際に事業戦略にどのようにサステナビリティを組み込むのか、といった視点では企業間での違いもありました。私の研究では企業のサステナビリティ行動を測る指標としてSDGsを用いましたが、パーパスの策定からそれに基づく事業戦略の背景に、株主利益が強くある会社は、自社のサステナビリティ行動に一貫性がある一方、SDGsはあくまで投資家とのコミュニケーションツールとして捉える傾向にありました。しかし、パーパスに基づく事業戦略を策定するにあたり、短期的な経済的価値と社会的価値が必ずしも一致しないことに気が付き、悩みながら進めている会社は、SDGsをコミュニケーションツールとして活用するだけではなく、事業や企業活動に反映させるなど包括的に実行していました。また、これらの会社には、経済的価値に対しては短期と中長期を同時に志向したり、社会的価値を経済的価値とは別に測定する動きも見られました。

このように、オーストラリア企業への調査を通じて、日本企業との違いが明らかになるだけではなく、パーパスに基づく事業戦略がどのように持続可能な社会の構築にインパクトを与えるのか、サステナビリティの捉え方の違いによって現れることが示唆されました。

次回は日本企業とオーストラリア企業への調査のまとめとして、特に日本企業がパーパスに基づくサステナビリティ経営をさらに進めるためのヒントをご紹介します。

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佐々木 恭子
佐々木 恭子 (ささき・きょうこ)

修士課程(環境学)を修了後、環境関連のベンチャー企業にて大手企業向けにコンサルティング、省庁・自治体向けに環境関連調査などを担当。2007年より事業会社の環境、CSR、サステナビリティの部署にて、グローバルCSR体系の立ち上げと国内外事業所への社内浸透、サステナビリティ関連の情報開示等に従事。2020年~豪モナシュ大学社会科学研究科在籍。パーパスとサステナビリティ(SDGs)の取り組みの関係について、日豪2ヵ国の大企業を対象に研究。2023年11月博士号(社会学)取得。

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