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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

サステナブルな社会を実現する企業は「多様な人材」をどう捉えなおすか

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Presented by PwC Japan

個人の人生に深く関わる「働き方」は、近年多様性を受容し真のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)をどう実現するかという企業の課題にも密接に関連している。しかし日本では、従業員の価値観やライフステージ、ライフスタイルに合わせた働き方の選択を実現できている企業が多いとは言い難いだろう。企業が社会的な責任を果たし、成長し続けるために、人的資本をどのように捉えなおし、どうD&Iに取り組むのか。真にサステナブルな個人と企業の関係とは――。PwC Japanグループ(以下、PwC Japan)は、サステナビリティ経営へのトランスフォーメーション(変革)を総合的に支援する専門組織「サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス」を昨年設立した。そのエグゼクティブリードの坂野俊哉氏と、テクニカルリードの磯貝友紀氏に、山岡仁美・SB国際会議D&Iプロデューサーが聞いた。

「ヒューマンリソース」から「人財力」へ

山岡仁美氏(以下、敬称略): 前回のインタビュー時に、PwC Japanではサステナビリティに関する新たなサービスを開発・運用開始しているとおうかがいしました。その中で見えてきた課題などはありますでしょうか。

坂野俊哉氏(以下、敬称略) ひとつに、企業の経営層の方々が共通して強い関心を示すテーマが人材だということがわかりました。

サステナビリティ経営の考え方の前提として、企業はさまざまな資本をインプットして、何らかの付加価値とともにアウトプットしています。そのアウトプットが外部不経済を生んでしまうと、巡り巡って資本をインプットする際にその調達を害することになってしまい、自分で自分の首を絞める悪循環になってしまいます。

資本とは一般的に、原材料や人材などです。さらに派生して例えば「知的資本」や「調達力」、世の中に良い企業だと認識されることによる「評判力」などが長期的な企業の稼ぐ力となります。それらが複雑に作用しながら将来の企業の収益に影響してくるわけです。

さまざまな分野の企業の経営者が口を揃えて「わが社で一番重要な資本は人材である」とおっしゃることからもわかるように、人材という資本がほかの資本に与える影響が重要視されています。最近のサステナビリティ経営の潮流としては、株主や顧客のみならず、従業員やNGOなど多様なステークホルダーが影響を及ぼすという認識があり、このような多様な社会の中で企業の長期的な成長には、人材がすべての根底にあるという考え方に、経営層の意識は変わってきていると言えます。そして、個々人の力を最大限に発揮してもらうためにはどうしたらよいのかを真剣に考えることがCEOの責任となっているとも言えます。

ヒューマンリソースという言葉は、人もお金同様にリソースのひとつとして捉えられている印象がありますが、人材を「人財」と書くケースに見られるように、単にリソースという観点だけで人材を見ることは減っているように思います。今はヒューマンリソースから人財力へ、さらにその先へ進化しているのではないかという意識変化が経営層にあります。

山岡:マネジメントとして、企業や組織の生命線として、人材をどう捉えるべきなのかを改めて見直す時期に直面していますね。言い換えれば、それを見直すかどうかが、企業の生き残り戦略にも密接に関係してくると思います。

一人の人間の中にある多様な側面を企業は受け入れられるか

山岡:企業の人材雇用、育成、活用という面では具体的にどのように変わってきていますか。

磯貝友紀氏(以下、敬称略):サステナビリティが優秀な人材を獲得するための重要な要素になってきています。今回私たちがグローバルで行った、消費者、従業員のサステナビリティに関する意識調査[1]では、消費者と従業員の大多数が、「ESGのさまざまな要素について自分と同じ価値観を持つ企業を利用したい、またはそこで働きたい」と回答しています。

[1] PwC Japan、2021年、PwC消費者サーベイシリーズ『コンプライアンスを超えて:消費者や従業員は、ESGについて企業にもっとできることがあると期待している』

一方、経営者側の視点でも「今までの人材だけではこの変化には対応できない」「これまで先人が培ってきた信用に加え、今の時代の新しい考え方で新しい信用を築かねばならない」という言葉や、「サステナビリティに関する技術とインパクトがわかる人材が必要である」という声も聞いています。

会社が人材に求める要素、従業員が会社に求める要素、どちらも変わってきています。いま、人材に求められているのは、変化を見据えそれを解決する提案力や、ステークホルダーへの理解、一カ所ではなくさまざまな企業や部署での経験、またはそうした経験に対するオープンな感覚などです。逆に人材が会社に求める大きな要素は、長期目線での経営やパーパス、多様性への包容力などです。

山岡:少し前にはヒューマンキャピタルという言葉も出ていましたが、さまざまな価値観や違いを生かすことが企業の取り組みとして急務の一つとなりそうです。

坂野:これまでは企業が成し遂げたいことを掲げ、そのために必要な人を集めるという構図でした。しかし従業員は個々の顔を持つ人です。会社員という帽子を脱げば家庭の一員であったり、一消費者であったり、別のコミュニティの一員かもしれません。一人の従業員にも多様な側面があるわけです。一人の人間の中にあるダイバーシティに真正面から向き合い、捉えることが求められていくと思います。

山岡:多くの価値観をいかに理解し、組織としての付加価値にしていくかが非常に重要だと推察できますね。そうなるとD&Iが大きなテーマになってくると思います。国内企業のD&Iの進捗はどのように見られていますか。

磯貝:各企業で真剣に取り組まれているとは思います。ただ、私は20年ほど前にオランダで仕事をしていましたが、その当時のオランダ国内の状況にもまだ達していないように感じます。ようやく最近LGBTQのインクルージョンに向けた取り組みが始まりつつありますが、さらに推進していくためには多様な生き方を認め、それを前提として生産性を上げるという企業側の努力が必要になります。その点で、日本はまだまだ会社側の意向に従業員が合わせるという傾向が強いと思います。

人生のステージに合わせた働き方への配慮も端緒についたばかりですね。子どもを持つ女性への配慮ということで2年間の育児休暇を制度としている企業もありますが、そもそも育児のために夫婦のどちらかが2年間休まなければいけないということがD&Iを阻んでいます。本来であれば、両親ともに育児に参加できる社会的なバックアップがあった上で、例えば女性だけが2年間ものキャリアギャップを選択するのではなく、短期間で職場復帰を選択することも可能な社会が理想だと思います。

また今の日本国内において、結婚前のカップルが、勤務地を希望して赴任することが認められることはほぼないのではないでしょうか。従業員が自分たちの生活形態を優先させながら、希望の場所で仕事できることに対する配慮も、従業員の私生活を守るという観点で必要になっていくと思います。

「べき論」から脱却する内発的な課題意識を

山岡:ジェンダーの多様性は違いが最もわかりやすいところですが、それすらまだ、本質的なD&Iが実現されているとは言い難い状況ですね。男性はこうするべき、女性はこうするべきという「べき論」が根底に張り付いてしまっている状況もあると思います。

坂野:「べき論」があるということは、過去の成功した経験に基づいて習慣ができ、文化が醸成されているということだと言えます。その中で例えば女性は家庭を守るべきだ、といった価値観を持つ人もいるでしょう。しかしサステナビリティを考えるときは、過去ではなく将来に目を向けて話さなければなりません。将来に向けて、以前とは大きく環境が変わっているという認識と、将来の変化を察して、過去の経験に基づいた「べき論」を克服していく力が必要です。

私たちはサステナビリティ経営のお話をする際に、「外発的」「内発的」という表現を使って説明します。例えば国内企業で女性役員比率を上げようとする動きがありますが、外部の指標や風潮といった外発的な要因で取り組むのではなく、自社の将来のあるべき姿を実現するために環境の変化を読み取りながら何をしなければいけないか、何をしていきたいか、どうなりたいかという姿を描き、自問自答した上で女性役員比率を上げるという手段を取り、説明できるのであれば、これは内発的な動機と言えます。

今、多くの日本企業に求められているのは、この外発的な行動から内発的な行動への転換です。それができなければ「べき論」から脱却することは難しいでしょうし、これが一番の課題ではないかと思っています。

山岡:日本の企業が、明るい将来の姿を思い描きながら内発的行動を起こしていくためにはどうすればいいでしょうか。

磯貝:日本では企業だけでなく、顧客や消費者側にも変化を阻む要因があるように思います。顧客、すなわち需要側の要求レベルが高く、供給側の企業が必死になってそれに追いつこうとするという姿をよく見かけます。消費者側にも「やさしさ」や「寛容さ」が必要なのではないでしょうか。企業としてできることは、顧客に対しても従業員を守るような対応を徹底する、そういうルールをつくりそれに従って事業をするということですね。

坂野:人的資本である従業員が気持ちよく働くことができ、生産性を上げてもらうために企業として何をすればいいのかを、トップダウンで考える必要があります。単に給与水準を上げればいいという単純なものでもありません。一般的に人間の能力は心身ともに健康なときに最大限発揮されると言われます。では、従業員が本当に心身ともに幸福であるとはどういうことでしょうか。そのような視点で人材を捉えることができるかどうかが、事業側に求められています。

山岡:多様性を受け入れることで企業の価値につながり、競争力を向上させるというメリットが出てきますね。一方で当然、従業員個人の生き方にもメリットが生まれると思います。

磯貝:そうですね。個人のことなので一概には言えませんが、少なくとも現在の仕事に対するやりがい、将来の自己成長につながる実感を持つことは、個人の職場や会社に対する満足感につながっていきます。

山岡:ウェルビーイングが維持できている状態ですね。そればかりではなく、エンゲージメントが高い状態、働く側と会社の「相思相愛」状態、と私は言っていますが、企業側がその実現のためのマネジメントをすることが求められていると思います

坂野:サステナビリティ経営は未来の変化に対応するという、従来の企業にとっては難しい要求です。その実現には技術の発展も重要です。働く個人の幸福を考えたときに、「私は勉強してもっと自分の能力を伸ばしたい、そのために残業も厭わない」という人もいれば、「人生のステージが変わって家庭を大切にしたい」という人もいます。それぞれ価値観や働き方は違っても同様に貴重な人財だと考えれば、働く場所を自由にするテレワーク導入は必然的で、実際に技術の後押しで現在徐々に多様な働き方が受け入れられつつあります。

また、従業員は個人で働いているわけでなく、分業と協業で組織が成り立っているという点にも着目すべきでしょう。チーム力の向上には質の高いコミュニケーションが必要ですが、技術の発展によってさまざまなかたちのコラボレーションが可能になっています。

個人力と組織力の両面で、新しい技術を活用して、従来にはなかったマネジメントが実現できるようになってきているのです。そのため、これからは100人いれば100通りある個々人の幸福のポートフォリオに、企業側がきちんと対応することが求められていくと思います。

山岡:企業としても発展性があり、個人としても幸福を実現するという状態が見えてきそうです。

人的資本の循環が社会を強くする

山岡:企業側はどのように働く環境づくりや制度設計をすればいいのでしょうか。

坂野:会社というのは「合目的(目的が合致していること)で」「分業と協業で目的を達成する」ものですから、まずは会社のパーパスを明確に伝えることが必要だと思います。パーパスを表明し、それに賛同した人が集まる。その上で、従業員それぞれも人生の中の貴重な時間を使うのですから、「私が人生で目指すことは何か」といった個人のパーパスを考える必要があります。個人のパーパスと会社のパーパスにつながりがある、ということが重要です。

会社も個人も、何のために存在するのか・生きているのかと改めて問いながらコミュニケーションが始まり、その過程で雇用契約が結ばれ、持続していくことが理想です。

磯貝:PwC Japanのパーパスは「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」であり、私たちは業務を通じてその実現を目指しています。それが個人のパーパスとどう重なり合うのか、私たちは真剣に考えています。会社と個人のパーパスにつながりを感じられることがお互いにとっての幸せな状態を実現する近道だと考えています。

坂野:心身ともに健康な状態で生産性を上げるということや、会社が目的を一つにした集まりであること、分業と協業で成り立っているといったことはとても単純な前提です。そのような単純な前提を改めて、個人も会社も確認することが求められていると思います。

さらに言えば、人も会社も価値観は変化します。人的循環が起こり、ライフステージや状況、考え方によって自分の働く会社をどんどん移動できるのが持続可能な社会なのではないかと思います。そのためには企業側がオープンになることも必要です。

実際に米国では大手小売り企業が中心になり、流通業界の人の流動性を高めていこうという取り組みがあります。個社だけではなく、流通業界全体の視点で人材を育成し、業界からの離脱を減らそうという意図です。そのようにオープンに人を育てていくという試みは今後も業界単位で出てくると思います。

山岡:そう遠くない将来に、日本でも新卒一括採用はなくなるのではと言われています。さまざまなキャリアを持った人材を生かし、ポジティブに出入りのある社会が望ましいのかもしれません。

人材のサステナビリティに必要なD&Iへの本質的理解

山岡:企業の人材に対する取り組みが実際に成果と結び付いているか、それをどう検証していけばいいのでしょうか。

磯貝:サステナビリティ活動が将来の財務に及ぼす影響の経路であるインパクトパス(経路)(前回インタビュー参照)の可視化が重要です。まず企業が自社の将来的なあるべき姿について内発的に課題意識を持ち、それを実現するために何をするべきかというインパクトパスを定義します。そうすると、パスの中で定量化できるものと、そうでないものがでてきます。例えば実際のアクションは測定可能なので、まずは測定可能なものをしっかりと捕捉することが必要です。

一方で、ウェルビーイングが上がればリテンションレート(従業員の定着率)が上がると想定されるものの、リテンションレートは測れても、ウェルビーイング自体には明確な指標がありません。しかしウェルビーイングに関する取り組みとリテンションレートや生産性といった結果の関連性についてシミュレーションを繰り返すことで、自分たちの仮説が正しかったのかを検証することはできます。PwC Japanではそのような手法を用いてクライアント企業のサステナビリティ活動の数値化を支援しています。

坂野:一般的に言えば、人材を生かすというのは、個人の力を生かし、組織の力を上げるということですから、検証にあたっては個人のエンゲージメントがあるかどうか、組織のシナジーがどう発揮されたか、といったことを細かく指標化するのですが、それぞれの指標がつながっていることが重要です。指標間のつながりに目を向ければ、例えば、なぜダイバーシティを実現すれば生産性が上がるのか、といったことを理解できるようになります。

山岡:お話の中で、検証することはあくまでもツールであり、本質的に重要なことは考え方そのものの変化なのだと感じました。

坂野:人間の活動による環境的・社会的な外部不経済をこのままにし続けると、社会や人間が立ち行かなくなるという認識から、長期的な視点でそれらを改善していくことが必要です。その中でも特に重要視されているのが、社会課題の対象としての人的資本であり、課題を解決するメンバーとしての人的資本です。

サステナビリティは、世代や人によっても捉え方が異なります。ここ数年で重要性が増し、社会的に対応を迫られたことで外発的に対応している人もいれば、腹落ちして自らの意思で内発的に取り組んでいる人、まだサステナビリティとの距離が遠い人もいる状況です。一方で若い世代のように、サステナビリティという考え方が初めから存在しており、当然のものとして捉えている世代もあります。地球や環境の問題は、10年後、20年後の社会を担う世代にとっては自分自身の将来の問題です。

サステナビリティの認識にはこのような差があるため、内発的な動機が伴う行動なのかどうか、という点で考えることが重要です。サステナビリティ経営や企業マネジメントも同様です。個々の課題はそれを包含する環境・社会の視点を含めて考える必要がありますし、そうした視点を持つ人が急速に増えていることから、表面的ではなく実質をともなった対応がこれからますます求められると感じています。


文・沖本啓一  写真・原啓之